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ポスト・ジョンソン、そして二人が残った

~スーナク元財務相とトラス外相が後継首相の座を争う~

田中 理

要旨
  • ジョンソン首相の後継選びは、スーナク元財務相とトラス外相が一般党員による決選投票で対峙する。世論調査やブックメーカーの賭け率ではトラス候補がリードするが、投票締め切りまでに1ヶ月以上もあり、今後の選挙戦やテレビ討論会でのパフォーマンスが投票結果を左右しよう。物価高騰による国民生活への打撃が続くなか、経済政策が選挙戦の重要な争点となる。スーナク候補が財政規律を重視するのに対し、トラス候補は税負担軽減と規制緩和で経済活性化を目指す。

英国では20日、ボリス・ジョンソン首相の辞任に伴う与党・保守党の後継党首選の5回目投票が行われ、リシ・スーナク元財務相とリズ・トラス外相の決選投票進出が決まった(図表1)。4回目の投票で脱落したベイドノック元レベリングアップ担当相の支持票を最も多く集めたトラス候補が、それまで二番手につけていたペニー・モーダント通商政策担当相を逆転した。決選投票はこれまでの議員投票と異なり、一般党員による郵送・オンライン投票で行われ、9月5日までに後継党首が選出される。保守党は議会の過半数を確保しており、後継党首がそのまま首相に任命される。

(図表1)英保守党党首選の結果
(図表1)英保守党党首選の結果

保守党員を対象とした7月17日に発表された世論調査では、スーナク候補とトラス候補が決選投票で対峙した場合、42%対49%でトラス候補が勝利するとみられている(図表2)。ブックメーカーの賭け率でもトラス候補がリードしている。ただ、約1週間前の調査と比べて、両候補の支持率の差は縮まっている。決選投票の締切まではまだ1ヶ月以上もあり、今後の投票キャンペーンやテレビ討論会などで世論調査は変動する可能性がある。物価高騰による国民生活への打撃が続くなか、経済政策が重要な争点となりそうだ。投資銀行家として成功を収め、インドの大富豪の娘を妻に持つスーナク候補には、庶民感覚が欠如しているとの批判もつきまとう。

(図表2)英保守党党首選・決選投票の世論調査
(図表2)英保守党党首選・決選投票の世論調査

スーナク候補はジョンソン政権の前財務相として、緊縮的な財政運営を取り仕切っていた人物。コロナ危機対応で積極的な財政支援を打ち出したが、向こう3年以内の財政均衡化を目標に掲げ、増税を通じて歳出を賄うことを原則としている。将来的な減税の可能性も否定していないが、それはあくまでインフレが沈静化した後としている。対するトラス候補は、税負担軽減と規制緩和による投資呼び込みと経済活性化を目指している。減税を全面に打ち出し、来春に予定される法人税率の引き上げ撤回、今春に引き上げた国民保険料の引き下げ、環境税の撤廃や事業税の見直しを主張している。こうしたトラス候補の主張に対して、スーナク候補は無責任で、更なるインフレ加速と金利上昇を招くと批判している。外交政策では、トラス候補が現政権の外相としてウクライナ危機対応でロシアに厳しい態度を採ってきたほか、それ以前は通商政策担当相としてブレグジット後に様々な国とFTA締結を成し遂げた。スーナク候補の外交政策での姿勢は不明だが、何れの候補が後継首相となった場合も、現政権から大きな方針転換はないだろう。ブレグジット後の北アイルランドの運営規則の見直しを巡るEUとの対立についても、大きな政策方針の転換は想定されない。北アイルランド議定書を一方的に修正する法案を巡って、EUとの対立が続く公算が大きい。強硬離脱派の支持を受けるトラス候補は、2016年の国民投票で残留票を投じた経緯もあり、より強硬な姿勢に傾きやすいことが考えられる。金融政策運営では、財政規律を重視するスーナク候補の場合、金融引き締めの度合いは相対的に弱まる。トラス候補はBOEの政策対応がインフレを招いていると批判し、低インフレを実現している日銀を模範とすることやマネーサプライ目標の導入を示唆している。実現可能性は低いとみられるが、金融政策の混乱を招く恐れがある。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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