フィリピン、次期政権は経済政策に期待も「コンビ仲」は大丈夫?

~政権運営の主導権争いが政策運営に影響を与えるか否かを注視する必要性は高まっている~

西濵 徹

要旨
  • フィリピンでは、先月の大統領・副大統領選でマルコス=サラ陣営が圧勝した。ただし、マルコス氏は選挙期間中に政策綱領を公表しないなど政策運営の不透明さが懸念されたが、主要な経済閣僚にいずれもテクノクラートを配置するなど穏当な政策が期待される。他方、ウクライナ情勢の悪化による国際商品市況の上振れで足下のインフレは昂進するなか、金融市場では米FRBなど主要国中銀のタカ派傾斜を理由に通貨ペソ安圧力が強まる。景気回復は道半ばのなか、次期政権は発足当初から難しい対応を求められそうである。
  • 30日の正式就任を前にサラ氏は19日に地盤である南部ダバオ市で就任式を開催した。サラ氏は結束を呼び掛ける一方、自身の得票がマルコス氏を上回ることを強調するなど存在感を誇示する動きもみせた。選挙後にサラ氏の存在感が薄れるなか、就任式を別途開催することで存在感を際立たせる狙いもうかがえる。マルコス氏の次を狙う動き、もしくはマルコス氏は相続税未納問題など大統領就任後の失職懸念もくすぶるなかで大統領への昇格を狙うとの見方もある。他方、マルコス氏は農相兼任により政権運営の主導権を取る動きをみせるなど、次期政権は発足早々からマルコス氏とサラ氏の主導権争いに揺さぶられる可能性もある。

フィリピンでは、先月実施された大統領選でフェルディナンド・マルコス・ジュニア(ボンボン・マルコス)氏が、同時に実施された副大統領選でサラ・ドゥテルテ=カルピオ氏が勝利したほか、ともに3,000万を上回る票を獲得するなどマルコス=サラ陣営が圧勝した(注1)。大統領選を巡っては、現行憲法上現職のドゥテルテ氏が出馬出来ない一方で依然として高い人気を誇るなか、サラ氏はドゥテルテ氏の長女であることも影響して事前の世論調査では一貫してサラ氏が首位となるなど、国民の間に『サラ待望論』があったとみられる。しかし、サラ氏は選挙戦終盤で突如副大統領選に出馬するとともに、世論調査でサラ氏に次ぐ2位で推移してきたマルコス氏とタッグを組む『1位・2位連合』を形成することで優位に選挙戦を展開する戦略に打って出た。この背景には、マルコス氏とサラ氏の選挙地盤が異なることで補完関係が成立することに加え、マルコス氏がかつて長期独裁政権を敷いた故マルコス元大統領の息子であり当時を知る高齢層や知識人を中心に忌避感が根強く、ドゥテルテ大統領の強権的な手法にも忌避感がくすぶるなか、タッグを組むことでそうした懸念を覆い隠すとの双方の打算も影響したとみられる。結果、マルコス氏の得票数は3,163万票弱(得票率58.77%)、サラ氏の得票数も3,221万票弱(得票率61.53%)とともに史上最多得票を獲得する形で圧勝することが出来た。ただし、マルコス氏は選挙戦を通じて政策綱領を公表しないなど政策運営に不透明感が高かったなか、選挙戦の後にマルコス氏は次期政権下での政策課題に経済、エネルギー価格、雇用、教育を挙げるとともに、サラ氏が教育相を兼任することが明らかにしており、教育を重視する姿勢を示した。他方、経済政策を担う担当閣僚には、財務相に現中銀総裁のベンジャミン・ジョクノ氏、貿易産業相に現フィリピン経営管理協会会長のアルフレド・パスクアル氏、国家経済開発庁長官に現フィリピン競争委員会会長のアルセニオ・バリサカン氏、中銀総裁に現中銀政策委員のフェリペ・メダリャ氏といずれもテクノクラートを据えるなど極めて穏当な政策運営が期待出来る。次期政権による経済政策を巡っては、ドゥテルテ政権下で大統領主導によるインフラ拡充計画(ビルド・ビルド・ビルド)を継続する可能性が高いと見込まれてきた通り、経済閣僚の顔ぶれをみる限りはドゥテルテ政権下の路線を継承した対応が続くと予想される。他方、足下のフィリピン経済は1-3月の実質GDPの水準がコロナ禍の影響が及ぶ直前の水準をようやく上回るなどマクロ面でコロナ禍を克服する動きが確認される一方、ウクライナ情勢の悪化による幅広い国際商品市況の上振れを受けてインフレは昂進しており、家計消費をはじめとする内需が経済成長のけん引役となってきたなかで逆風に直面している。さらに、中銀は先月の定例会合において3年半強ぶりの利上げに動くなど金融引き締めに舵を切ったが(注2)、国際金融市場においては米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀のタカ派傾斜を受けて新興国通貨を取り巻く状況は厳しさを増すなか、慢性的に経常赤字を抱えるなど経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)が脆弱であることも理由に通貨ペソ相場は調整の動きを強めるなど、輸入物価を通じたインフレ昂進が懸念される状況に直面している。こうした事態を受けて、中銀のメダリャ次期総裁はインフレ抑制に向けて一段の金融引き締めが必要になるとの考えを示す一方、景気回復の度合いが周辺国に比べて遅れていることも影響して「FRBに合わせる必要はない」と述べるなど、上述のように米FRBがタカ派傾斜を強めるなかでも利上げペースは緩やかなものとする姿勢をみせる。ただし、足下のペソ相場が調整の動きを強めていることを勘案すれば、ペソ相場及び物価安定の観点から景気動向に関係なく大幅利上げを迫られる可能性もくすぶるなど、次期政権は発足当初から難しい状況に直面することは避けられそうにない。

図 1 インフレ率の推移
図 1 インフレ率の推移

図 2 ペソ相場(対ドル)の推移
図 2 ペソ相場(対ドル)の推移

規定ではマルコス次期大統領及びサラ次期副大統領の就任は今月30日に予定されており、上述のようにタッグを組む関係にあることを勘案すれば、通常は同日に同じ場所で就任式を開催するとみられた。なお、大統領選と副大統領選は別々に開催されるためにタッグでない組み合わせとなることもあり、現職のドゥテルテ大統領とロブレド副大統領は選挙戦ではそれぞれ別の候補とタッグを組んでいたため、それぞれの就任式が別の場所で開催されるなどの例はある。しかし、上述のようにマルコス氏とサラ氏はタッグを組む関係にあるものの、サラ氏は正式な就任前である今月19日に自身の選挙地盤であり、直前まで市長を務めていた南部ミンダナオ島のダバオ市で就任式を開催した。式にはマルコス氏のほか、ドゥテルテ大統領夫妻も出席するとともに、サラ氏は「課題が山積するなかで国家としての団結が求められている」と述べるなどマルコス次期政権での結束を強調する姿勢をみせた。一方、自身の得票数がマルコス氏を上回ったことを前提に「3,200万人の声は大きく明白だ」と強調するなど歴代で最も存在感のある副大統領となることは間違いなく、政権内での主導権争いが激化する可能性も予想される。政策運営を巡っても、自身が教育相を兼任することを踏まえて子供のために力を尽くすと述べるなど主導権を取る姿勢をみせている。なお、サラ氏は正式就任前に自らの就任式を別途開催した理由について、マルコス氏の大統領就任式に出席するために別の日程で開催した旨の説明を行ったが、選挙後はマルコス氏に注目が集まる陰で存在感の後退が指摘されるなかで異例の対応をみせることにより改めて存在感を際立たせようとしたとの見方が出ている。また、過去にはエストラーダ氏、アロヨ氏が副大統領として政治基盤を構築した後に大統領選で勝利して大統領に就任した例もあり、サラ氏はマルコス氏の次の大統領を目指すべく存在感の誇示を図ろうとの意図が影響したとの見方もある。ただし、仮にサラ氏の存在感が高まる事態となれば、マルコス氏との間で軋轢が生じることも予想される。他方、マルコス氏を巡っては故マルコス元大統領に関連した相続税に加え、人権侵害に対する米国での賠償金も未納であることを理由に、『反マルコス』の市民団体が最高裁判所に対して大統領選出馬の資格要件に関する提訴を行っており、仮に大統領就任後に資格喪失と判断されれば失職する一方、副大統領が大統領に昇格することになる。過去にはアロヨ氏が副大統領であった2001年に当時のエストラーダ大統領に対する弾劾が成立したことで大統領に昇格し、憲法規定上昇格した大統領は次期大統領選に出馬可能であるため、2004年の大統領選に出馬、勝利して計9年半に亘って大統領職を務めた経緯がある。今回サラ氏が大統領選ではなく、副大統領選に出馬した背景にこうした『ウルトラC』を狙ったとの見方もあることを勘案すれば、今後はいずれにせよマルコス氏とサラ氏の関係の行方に注目が集まると予想される。なお、マルコス氏は20日に行った記者会見の場で、ウクライナ情勢の悪化による食料品価格の上昇懸念に対応すべく自身が農相を兼任する方針を明らかにし、自らが率先して事態に取り組む考えを示した。大統領による閣僚兼任は異例であるが、足下では食料品など生活必需品を中心とするインフレが国民生活に影響を与える懸念が高まるなか、選挙期間中にコメ価格の半減を主張してきたこともあり、政策運営の主導権を取る狙いもうかがえる。上述のように現政権下では大統領と副大統領の間に確執があることを勘案すれば、マルコス氏とサラ氏の軋轢が何らかの影響を与える可能性は低いが、政策運営に悪影響が出る事態となれば話は別であり、その行方を注視する必要性は高いと言える。

以 上

西濵 徹

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ

Recommend

おすすめレポート