フィリピン正副大統領選、マルコス=サラ陣営の圧勝で終幕

~ドゥテルテ路線の継承がどのような政策に繋がるかを注視する必要性は高まっている~

西濵 徹

要旨
  • フィリピンでは9日、正副大統領選が実施された。大統領には故マルコス元大統領の長男のフェルディナンド・マルコス・ジュニア氏、副大統領にはドゥテルテ大統領の長女であるサラ・ドゥテルテ=カルピオ氏が圧勝した模様である。次期政権はドゥテルテ路線の継承を謳い、経済政策面ではインフラ投資拡充を図る一方、強権姿勢も辞さない治安対策も継続する模様である。外交面では米中間のバランス外交を志向するとの見方もあるが、その手腕は未知数である。他方、政界ではマルコス家とドゥテルテ家の影響力が拡大する動きがみられるなか、同時に実施された総選挙でも影響力が維持された模様である。強権的な政策運営や縁故主義の動きはマルコス元政権への「先祖返り」を警戒する向きもある。ここ数年の同国は「アジアの病人」と称された状況から脱却したが、今後の政策如何では人口などの魅力を生かせない状況に陥るリスクもある。

フィリピンでは9日、6年に一度の正副大統領選挙が行われた。なお、同国では正副大統領それぞれに対する投票が行われるなか、2016年の前回選挙では大統領選でドゥテルテ氏が当選する一方、副大統領にはドゥテルテ氏と様々な政策面で対立するロブレド氏が当選したことで『ねじれ状態』が生じる事態が生じた。今回の選挙戦では、最終的に大統領選に10人、副大統領選には9人が立候補したが、フェルディナンド・マルコス・ジュニア(ボンボン・マルコス)氏とサラ・ドゥテルテ=カルピオ氏のタッグがスタートから優位に選挙戦を進める展開が続いた(注1)。なお、大統領候補のマルコス氏は1960年代半ばから20年に亘って長期独裁政権を敷いた故マルコス元大統領の長男であり、2016年の前回選挙では副大統領選に立候補して優位に選挙戦を戦う動きをみせた。しかし、選挙戦の最終版で都市部や高齢層を中心にマルコス元政権下での強権政治に対する忌避感が強まり、最終的にロブレド氏に僅差で敗れるなど苦杯を喫した経緯がある。今回の大統領選でも、選挙戦を優位に進めるマルコス氏をロブレド氏が追うという前回と同じ構図での選挙戦が進んだものの、直近の世論調査においてもマルコス氏が50%を上回る支持率を維持する一方、ロブレド氏の支持率は20%程度に留まるなど大きく引き離される展開が続いた。こうした背景には、現職のドゥテルテ大統領の支持率が依然として高水準で推移するなかでマルコス氏はドゥテルテ路線の継承を謳う一方、ロブレド氏などの『反ドゥテルテ』姿勢が風を起こしにくい環境が続いたことがある。さらに、マルコス氏が現職のドゥテルテ大統領の長女であるサラ氏とタッグを組んだことで、北部を地盤とするマルコス氏と南部を地盤とするサラ氏との『補完関係』が成立したことも影響したと考えられる。また、フィリピンは若年人口が多いことで前回選挙時点に比べて若年有権者が大きく増加しており、マルコス元政権下での強権政治の『記憶』が薄れるなか、マルコス陣営はSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を活用する形で若年層に訴求した選挙戦を展開した。結果、選挙管理委員会の非公式集計によれば、大統領選でマルコス氏は3,000万票以上を獲得して半数を上回るとともに、ロブレド氏の倍以上の票を獲得する形で圧勝した模様である。大統領選で半数以上の票を得る形で勝利するのは、故マルコス元大統領が失脚する発端となった1986年のいわゆる「ピープルパワー革命(エドゥサ革命)」以降初めてのことであり、異例の熱気を以って選挙戦が展開されたことの証左とも捉えられる。他方、副大統領選については、サラ氏がマルコス氏同様に3,000万票以上と半数を上回る票を獲得するとともに、2位の候補(フランシス・パンギリナン氏)に対して3倍以上の票差となる圧勝を果たしており、次期政権下ではねじれ状態は解消される模様である。実のところマルコス=サラ陣営は政策綱領を公表しておらず、政策運営については不透明なところが少なくないものの、ドゥテルテ路線の継承を謳うなかで経済政策面では、ドゥテルテ氏が主導したインフラ拡充計画(ビルド・ビルド・ビルド)や超法規的殺人も辞さない麻薬対策などの治安改善策などの政策を継続する可能性が高いと見込まれる。外交面では中国との間で南シナ海問題を抱えるものの、ドゥテルテ政権はアキノ前政権下で常設仲裁裁判所に申し立てた仲裁裁判による裁定結果(南シナ海判決)を棚上げすることで中国からの経済的支援を受け入れるなど、対中宥和姿勢をみせてきた。他方、マルコス氏の父である故マルコス元大統領は米国と緊密な関係を構築していたため、マルコス次期政権の外交戦略については『バランス外交』が採られるとの見方もあるが、海千山千が跋扈する外交の場でどのような手腕を発揮するかは極めて未知数と捉えられる。その意味では、ドゥテルテ政権同様に担当閣僚の陣容によって戦略が明確になる可能性が高いと判断出来る。一方、ここ数年の同国政界においてはマルコス家の復権が進められるとともに、ドゥテルテ政権の発足以降はドゥテルテ家の影響力が高まる動きがみられるなか、正副大統領選と同時に実施された総選挙(議会上下院、地方首長選)でも両家が存在感を維持する可能性が高い。ドゥテルテ政権下で採られた強権的な政策運営については、人権侵害などを理由に国内外から批判が多い上、縁故主義的な動きが広がるなかで、マルコス氏の勝利はマルコス元政権下の世界に『先祖返り』することを警戒する向きもみられる。ここ数年のフィリピンは、長年に亘って低成長が続いた『アジアの病人』と称された状況からの脱却が進んできたものの、今後の政策運営如何では人口規模が1億人を超えるとともに若年層が多いなどその魅力にも拘らず、その魅力を生かすことが出来ない状況に陥るリスクにも要注意と言える。

以 上

西濵 徹

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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