ウクライナ危機・経済対策の行方

~資源価格急騰を受けて財政出動の議論が加速~

星野 卓也

要旨
  • 俄かに追加の経済対策実施に向けた議論が高まっている。ロシアのウクライナ侵攻を受けて、資源価格が急騰。政府は予備費も活用して価格抑制を実施しているが、4月以降も同様の措置を取るならば追加の措置が必要になる。経済対策が策定されるならば、3月の本予算成立後、4月に閣議決定といったスケジュール感になろう。
  • 今回のウクライナ危機の長い目での政策への影響としては、経済安保・サイバーセキュリティの重点化、エネルギー戦略の見直しなどが考えられる。今回のウクライナ危機との関連は明らかでないが、サイバー攻撃はすでに国内の自動車生産にも実害を及ぼしており、政府も対応強化を求められそうだ。
目次

資源価格急騰で経済対策策定論が高まる

ロシアのウクライナ侵攻を受けて、資源価格が急騰している。家計や企業への負担増が不可避の情勢の中で、俄かに経済対策の策定に向けた動きが高まっている。

念頭に置かれているのは、資源価格の上昇に伴って民間部門の負担が増えている(増えることが見込まれる)点だ。政府はウクライナ侵攻以前から原油高への対応として、ガソリン価格を170円/Lに抑えることを念頭に石油元売り会社への補助金支給を実施(2021年度補正予算)してきたが、原油価格が騰勢を強めたことを受け、3月には予備費を活用して補助金上限をリッター5円→25円に引き上げた。資源エネルギー庁によれば、これにより店頭小売価格も抑制されている(資料)

この措置は3月末までであり、年度明け以降も継続するならば新たな措置が必要になる。ガソリン税暫定税率のトリガー条項凍結解除(ガソリン約25円/Lの値下げ効果)も議論の対象になっており、これを発動した場合、年間の減税額は国・地方合わせて1.57兆円になる。

資料.石油元売り業者に対する補助金の価格抑制効果

資料.石油元売り業者に対する補助金の価格抑制効果
資料.石油元売り業者に対する補助金の価格抑制効果

円建てドバイ原油価格(週平均)
円建てドバイ原油価格(週平均)

レギュラーガソリン・全国平均価格
レギュラーガソリン・全国平均価格

(出所)資源エネルギー庁より転載。

経済対策実施なら年度明けのタイミングに

実際に経済対策が策定される場合、月内の2022年度本予算成立後に議論が本格化、閣議決定は4月が想定される。コロナ感染拡大初期の2020年4月には、年度開始すぐの4月7日に第1次補正予算が閣議決定されており(のち修正のうえ4/20に再度閣議決定)、これに近いスケジュール感だろう。2022年度本予算の再編成を求める意見もあるが、スケジュールの観点で難しいと考えられる。

内容としては、既にみたようにエネルギー価格急騰に対応した家計・企業負担の緩和に主眼が置かれそうだ。これは、今回のウクライナ危機が日本経済に及ぼすメインの経路である。エネルギーのほか、食料品価格の上昇を抑制するような対策も考えられる。

財源は殆どが国債発行であろう。補正予算編成の際には税収見込みの上方修正や不用額の発生、昨年度剰余金などを財源として充当することがよくみられるが、年度初ということもありそれは見込まれない。

規模の見方に注意

政府では、経済対策の規模として「10兆円」を念頭に議論がなされているようだ。着地はまだ不透明だが、仮に報じられている「10兆円の経済対策」が現実になった場合でも、それは「10兆円の追加歳出」と同義ではなく、実際の追加歳出額がこれを下回る可能性がある点には注意したい。最近の政府の経済対策では過去に編成した予算の未消化分を経済対策として計上する、といった対応が恒例化している。また、ロシア・ウクライナ情勢が流動的である点を踏まえると、コロナ予備費と同様に使途を定めない形で予備費を積む、といった対応がとられる可能性もある。この場合、経済対策の規模を大きくみせることはできるが、実際にその額が使われるかどうかはわからない。

長い目での政策への影響:経済安保の優先順位が高まる見込み

今回取り沙汰されている経済対策で具現化するかは不明だが、やや長い目で見れば今回のウクライナ侵攻は経済安全保障の政策優先順位を高める契機になると考えられる。今回のウクライナ侵攻との関連は明らかではないものの、3月の大手自動車メーカーの取引先に対するサイバー攻撃によって、自動車生産にすでに実害が出ている。国際情勢不安定化の中、政府はサイバーセキュリティの強化に一層の重点を置くことになるのではないか。

このほか、国際的なグリーン・脱炭素を巡る議論に揺らぎが生じる可能性がある。今回のウクライナ侵攻は、グリーン化路線の中で各国が炭素エネルギーへの投資を絞る中で生じており、資源価格の上昇を悪化させる要因にもなっているとみられる。他国にエネルギー資源を依存するリスクや脱炭素社会に段階的に移行していくことの難しさも露呈した形であり、国際的にグリーン化機運が一時的に弱まることも想定されよう。世界的なエネルギー戦略の見直しは、国内のエネルギー政策にも影響を及ぼす可能性がある。

以上

星野 卓也


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

星野 卓也

ほしの たくや

経済調査部 主席エコノミスト
担当: 日本経済、財政、社会保障、労働諸制度の分析、予測

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