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国家ファンドの運用益で減税を賄えるか?

~技術問題と規律問題~

熊野 英生

要旨

衆院選の公約では、消費税減税の財源を国家ファンドの収益で賄おうという提案が成された。「金融取引でしっかりと稼げますよ」と金融機関が顧客に説明すると、それは重大なコンプライアンス違反になる。技術的に年金資金や外為特会の利用には問題がある。日銀保有株式の利益は、技術的にクリヤーできそうだが,それを実行すれば規律が喪失し、あれもこれもという話になる。

目次

手法の限界

食料品の消費税減税5兆円の財源を巡って、各政党が活発な議論を交わしている。そうした手法には、現実味のないものもあり、慎重に吟味をすることが必要である。筆者は、①技術的に不可能なもの、②技術的には可能だが「打ち出の小槌」になると困るもの、の2つがあると考えている。政治サイドには、うまく資産運用をすれば財源が捻り出せるという幻想が多分にあると感じる。この手の議論は、過去20年来、筆者の耳に様々に入ってきた話とあまり変わりがないという印象である。

まず、「国家ファンド=政府系ファンド」を新たに設立すれば、そこから速やかに財源が捻出できるという考え方は、現実的ではない。政治家の中には、資産運用を「打ち出の小槌」のように考えていて、「プロに任せれば利益が出せる」と考えている者もいるかもしれない。しかし、仮に、同じことを金融関係者が顧客の前で発言すれば、それは重大なコンプライアンス違反になる。金融取引にもノーフリーランチ原則というのがあって、利益は簡単には転がっていない。これも金融関係者ならば全員が知っていることだ。

また、「今から新しくファンドを作る」対応も技術的に問題が大きい。例えば、外為特会のように政府短期証券を発行して、米国の長期国債を大量に買うことを考えよう。これは、円キャリー取引と同じで巨大なドル買い需要=円安圧力を生む。物価高対策をやっている一方で、物価高の原因であるドル高・円安を助長するオペレーションを政府がすることは成り立ち得ない。

実はほかにも、外為特会のすでに保有しているドル資産を売却して益出しする方法も、財源捻出として考えられる。それも、米国債などドル資産を売却する点で、ドル売り・円買い介入をすることと変わりがない。為替操作を日本政府が行うとみられるのはまずい。円安に対して、円高圧力がかかる点で好ましいかもしれないが、「米国の長期国債を売る」となると国際問題が生じる。ベッセント財務長官の怒りを買う可能性があり、こうしたオペレーションは慎むべきだ。外為特会を使うアイデアは、①技術的に不可能とみた方がよい。

公的年金資金の活用

政府が活用可能な資産は、外為特会のほか、日銀の保有株式(ETF)と年金資金(GPIF)がある。次に、年金資金はどうだろうか。すでにあるGPIFの資産の一部を新しく設立する国家ファンドに移管するアイデアである。GPIFの総資産が劇的に増えているのは事実だ。2025年9月末の運用資産残高は277.6兆円で、前年比11.8%の伸び、実額では+29.4兆円も増えている。2024年9月末では前年比13.2%で実額では+23.5兆円になる。これをすぐに国民に還元すれば、物価高対策以上の減税ができそうに感じられる。しかし、国民の財産である年金資産を勝手に政治利用するのはよくない。GPIFのHPにある「よくあるご質問」では「Q.年金積立金の運用収益が積み上がっているのならば、私がもらう年金は増えますか?」に対して、「年金積立金の運用収益や元本は、概ね100年の年金の財政計画の中で、将来世代の年金給付を支えるために使われます」と記してある。仮に、この含み益を国家ファンドに移管するのならば、5年に一度の財政検証で長期の収支計算をし直して、いくらくらいの規模を移管できるのかを検討する必要がある。

外為特会より日銀保有株

筆者は、外為特会を使うのは為替介入と同じことになって、為替マーケットの攪乱要因になることが心配される。この含み益を使おうとして、米国の長期国債を大量売却することになれば、前述の通り国際問題に発展しかねない。

実のところ、外為特会の資金は、ほんの一部が毎年のように一般会計に戻入されている。2022年度は2.8兆円、2023年度は2.0兆円、2024年度は3.2兆円である。その中には防衛増税に流用されたものもある。為替市場に大きな思惑を与えないように、政府はこっそりと外為資金を動かしているのが実情だろう。

それよりも現実的なのは、日銀の保有株式を一旦、国家ファンドに移管しておいて、売却する方法である。移管時に簿価(取得価格)にしておけば、時価で売却するときに相応の実現益が得られる。現状、日銀は年間僅か3,300億円づつ売却する方針である。おそらく、ここには日銀が政治的に株式含み益を当てにされたくないという意識が働いている可能性もあろう。

日銀の発表資料に基づき日銀保有株式の簿価を計算すると、日経平均株価で18,957.73円になる。もしも、これが日経平均株価54,000円であれば、簿価37.2兆円(日銀毎旬報告1月末)だから、含み益は68.7兆円にも達する。各政党ともこの資金を利用したいと考えるのは当然のことだろう。現在の年間3,300億円(簿価)という売却ペースでは、年間6千億円程度しか含み益を政府は利用できない(売却時株価54,000円の想定)。他の収益をも併せた日銀の国庫納付金は、2022年度19,831億円、2023年度21,728億円、2024年度21,510億円と約2兆円で推移している。各政党が、日銀のマネーを財源にしようとするのならば、ここのルールを議論する必要がある。

規律の問題

筆者は、公的年金と外為特会の活用は技術的に無理だと考えている。それに対して、可能性が最も高いのは、日銀の保有株式の含み益である。しかし、ここでもガバナンスを考えると、政治が自らの立場を有利になるように使用してよいとは考えにくい。日銀資金は、国家の持ち物であり、政治の利害に動かされてはいけないと考えるからだ。もしも、融通無碍に日銀の含み益が使えるようになると、消費税減税以外にも自分達の目的のために、日銀資金を当てにするような行動が許されてしまう。それは、際限のないものになるだろう。わかりやすく言えば、消費税減税を実行した後も、次々に日銀資金を利用するプランが湧き上がってきて、それは資金が枯渇するまで続くだろう。国家の財テクで国民生活を支援できる体制になると、財政政策運営として無秩序な状態に陥る。それは技術的に可能であっても、節度・規律を失うという意味で選択不可能な政策だと言える。

熊野 英生


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熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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