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再選に突き進む仏マクロン大統領

~熾烈な二番手争いでマクロン包囲網を築けず~

田中 理

要旨
  • 4月に迫るフランス大統領選挙は、引き続きマクロン大統領の優位が揺るがない。ルペン・ゼムールの両極右候補は、右派寄り有権者以外から決選投票で広範な支持を集めることが困難とみられる。共和党のペクレス候補は、選挙キャンペーンの失敗や党内の大物政治家の離反が響き、初回投票の突破が危ぶまれる。波乱があるとすれば、投票率の大幅な低下、決選投票での反マクロン票や左派票の行方、投票直前のテロ事件や移民関連の問題発覚など。

4月10日のフランス大統領選挙の初回投票まで2ヶ月を切った。最新の世論調査では引き続き、正式な出馬表明はまだだが、再選を目指すマクロン大統領が25%前後の支持で安定したリードを保っている。それを2017年の前回選挙の雪辱を期す極右政党・国民連合のルペン党首、ドゴール派の伝統政党・共和党の予備選を勝ち抜いたぺクレス元予算相(現イル=ド=フランス地域圏首長)、ジャーナリスト出身で作家やテレビのコメンテーターとして活躍する無所属のゼムール氏の3候補が15%前後の支持で追い、熾烈な二番手争いを繰り広げている(図表1)。

(図表1)フランス大統領選・初回投票の世論調査
(図表1)フランス大統領選・初回投票の世論調査

大統領の権限が強いフランスでは一般に国民の大統領選挙への関心が高く、1958年に現在の政治体制(第五共和制)が始まって以降の初回投票の投票率は70~80%台と高水準を保ってきた(図表2)。伝統政党に属さないマクロン大統領が2017年に就任して以降、共和党と社会党による二大政党支配が綻びをみせ、その後の国民議会(下院)、地域圏議会、市町村議会の各選挙では軒並み投票率が低下傾向にある。大統領選挙の世論調査では「投票に関心がある」や「投票に参加する」との回答割合が前回選挙と比べて低く、投票率が低下する可能性が高い(図表3)。フランスには投票所に行けない有権者を対象とする代理投票の制度があるが、郵送やオンラインでの投票は認められない。投票当日の天候やコロナの感染動向も投票率に影響を及ぼすとみられる。

(図表2)フランス大統領選挙の投票率
(図表2)フランス大統領選挙の投票率

(図表3)フランス大統領選挙に「関心がある」と回答した割合
(図表3)フランス大統領選挙に「関心がある」と回答した割合

大統領選挙の世論調査のパフォーマンスは総じて高いが、過去に波乱が起きた際には投票率が低かった。2002年の選挙の初回投票では、社会党の現職首相のジョスパン氏が、極右のルペン候補(今回の大統領選挙に出馬するルペン候補の父親)との二番手争いに敗れ、決選投票への進出を逃した。その時の初回投票の投票率は71.6%と第五共和制下の過去最低を記録した(前掲図表2)。

今のところ投票態度を決めかねている有権者の動向を加味しても、マクロン大統領のリードは揺るぎそうにない。3候補による二番手争いは引き続き接戦だが、ルペン候補が僅かに優勢を保つなか、ぺクレス候補の支持が伸び悩み、失速気味だったゼムール候補がやや息を吹き返している。当初マクロン大統領を脅かす存在とみられたペクレス候補は、二番手争いを繰り広げる極右2候補に対抗するため、フランスの主権やアイデンティティ回復を訴え、移民に厳しい態度を採ったことが裏目に出て、ゼムール陣営から中途半端な右派転回を攻撃されるとともに、党内の中道穏健化の大物議員の支持取り付けに失敗した。選挙戦の立て直しを目指した14日の大規模集会でのパフォーマンスも低調だったとされ、更なる支持低下が避けられないとの見方も浮上している。ぺクレス候補の失速は、マクロン大統領やゼムール候補の支持拡大につながる可能性がある。

昨年秋に新たな極右候補として旋風を巻き起こした後、失速気味だったゼムール候補は、ペクレス候補を攻撃対象とすることで、共和党内の最右派勢力から再び支持を奪っている。ぺクレス候補の失速で3番手に浮上する可能性も出てきたが、ルペン候補を逆転するにはまだ距離がある。無所属で政治基盤を持たないゼムール氏は、立候補に必要な500名の推薦人をまだ確保できていない。3月4日の正式な立候補の届出期限までに推薦人を確保できない場合、ゼムール支持票の多くはルペン候補に流れる公算が大きい。

頭一つ抜け出しているルペン候補は、治安維持や移民抑制の立場を維持するが、前回選挙の目玉政策であったフランスのEU離脱(フレグジット)の主張を取り下げ、経済政策では、歳出拡大、退職年齢引き下げ、富裕層増税など左派寄りの主張が目立つ。フランス国民の懸案事項を尋ねた世論調査では、「購買力」との回答が最も多く、「コロナ」、「環境」、「移民」、「治安」を上回る(図表4)。この点も、3候補のなかで最も所得分配を重視するルペン候補に有利に働こう。

(図表4)フランスにとっての懸案事項(2022年1月調査)
(図表4)フランスにとっての懸案事項(2022年1月調査)

候補者が乱立する左派勢は、1月末に候補者一本化に向けた非公式投票を行い、海外地域圏ギアナの左派系地域政党「ワルワリ」の党首で、オランド大統領の下で司法相などを務めたトビラ氏が最多の支持を集めた。だが、前回2017年の初回投票で20%近くの票を獲得した最左派「不服従のフランス」のメランション候補、環境政党「欧州エコロジ=緑の党」を率いるジャドー候補、かつての二大政党で凋落著しい「社会党」のイダルゴ候補は、何れも候補者一本化を受け入れなかった。

今回が最後の大統領選挙の挑戦とみられるメランション氏は、自らが左派の統一候補となる以外の選択肢を受け入れる余地はない。ジャドー候補は自らが率いる環境政党が、社会党に代わる左派の中心政党となることを目指しており、今回の選挙をその足掛かりにしたいと考えている。大統領選挙では振るわない社会党だが、地域圏や市町村議会では引き続き強固な地盤を持つ。大統領選挙の直後に控える国民議会(下院)選挙を睨み、立候補の取り止めをするつもりはない。

候補者一本化が遠退くなか、何れの左派候補も初回投票を突破する望みは薄い(前掲図表1)。ただ、初回投票で左派候補を支持した有権者の動向は決選投票の行方を左右することも考えられる。決選投票の世論調査では、二番手争いを繰り広げる3候補の何れと対峙した場合も、マクロン大統領が勝利するとみられている(図表5)。初回投票を突破した候補は、決選投票に向けた新たな支持層獲得を目指し、政策主張を軌道修正する。その場合も、ルペン・ゼムールの両極右候補が左派寄り有権者の広範な支持を集めることは困難とみられ、初回投票でペクレス候補を支持した層以外からの大幅な票の上積みは望めない。一方で、ぺクレス候補が選挙戦の立て直しに成功して初回投票を突破した場合、反マクロン票や初回投票での敗退が決定的な左派票を取り込むことで、マクロン大統領にとっては手強い相手となりそうだ。

(図表5)フランス大統領選・決選投票の世論調査
(図表5)フランス大統領選・決選投票の世論調査

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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