スリランカ、「債務の罠」の苦境に堪らず中国へ債務緩和を要請

~外貨不足で通貨安に歯止めが掛からず、市場への影響は限定的も、地政学的な重要性に要留意~

西濵 徹

要旨
  • スリランカは昨年8月、新型コロナ禍後のアジアで初めて利上げ実施を決定した。当時は感染爆発により景気に下押し圧力が掛かる一方、物価高や通貨安が進むなかで利上げに追い込まれたと判断出来る。他方、その後はワクチン接種の進展を受けて感染動向は改善しており、景気底入れを示唆する動きもみられる。ただし、原油高や通貨安を理由に足下のインフレ率は一段と加速するなど、極めて厳しい状況に直面している。
  • 近年のスリランカは対中接近を強める一方、中国による「債務の罠」に嵌る展開が続いてきた。ただし、新型コロナ禍による経済的苦境にも拘らず、ラジャパクサ政権は対中接近を一段と進めている。こうしたなか、ラジャパクサ大統領は同国を訪問した中国の王毅国務委員(外相)に債務の返済条件の緩和を要請した模様である。外貨不足が続くなかで通貨安に歯止めが掛からず、デフォルトに陥るリスクは高まっている。国際金融市場への影響は限定的な一方、地政学的な重要性を勘案すればその動向を注視する必要は高まっている。

スリランカでは昨年8月、中銀が利上げ実施を決定するなど、新型コロナ禍後のアジア新興国で初めに金融引き締めに舵を切った(注1)。なお、当時のスリランカは感染力の強い変異株(デルタ株)による新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染爆発に見舞われるなか、パンデミック(世界的大流行)の影響で外国人観光客が低迷するなどGDPの1割強を占める観光関連産業などが大打撃を受けるなど、景気低迷の真っ只中にあったと捉えられる。そうした状況の一方、一昨年以降の欧米など主要国を中心とする世界経済の回復を追い風とする国際原油価格の上昇に加え、国際金融市場では全世界的な金融緩和を背景とする『カネ余り』にも拘らず、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱さを理由に通貨ルピー相場が調整して輸入物価が押し上げられるなか、インフレ率が中銀の定めるインフレ目標を上回る水準まで加速したことが利上げ実施を後押しした。その意味では、中銀による利上げ実施の決定は、景気低迷にも拘わらず物価上昇が続くスタグフレーションの状況下で完全に『追い込まれる』形で成されたものと判断出来る。他方、同国内における感染動向を巡っては、ワクチン接種が遅れたことが感染爆発を招く一因になったとみられるなか、その後は中国による『ワクチン外交』などを通じたワクチン調達の積極化を受けて、今月9日時点における完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は64.47%、部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)も74.46%と国民の約4分の3は少なくとも1回はワクチンへのアクセスが確保されるなど着実に進展している。昨年8月末にかけて新規陽性者数は拡大傾向を強めるとともに、それに伴う医療インフラのひっ迫を受けて死亡者数も拡大傾向を強めるなど感染動向は急速に悪化したものの、ワクチン接種の進展からその後の新規陽性者数は頭打ちに転じるとともに、死亡者数の拡大ペースも鈍化するなど感染動向は改善している。なお、アジア新興国においては昨年末に南アフリカで確認された新たな変異株(オミクロン株)による感染再拡大の動きが広がりをみせており、同国においてもオミクロン株の感染が確認されるなど予断を許さない状況にあるものの、今月9日時点における人口100万人当たりの新規陽性者数(7日間移動平均)は24人と底打ちの兆候はうかがえるもピーク(268人:昨年8月31日時点)の10分の1程度となっている。こうしたことから、昨年末にかけては人の移動が底入れの動きを強めるとともに、国境再開の動きを追い風に外国人観光客数は依然として新型コロナ禍前を大きく下回る水準ながら底打ちするなど、景気回復を促す動きが確認されている。その一方、国際原油価格の高止まりに加え、国際金融市場での通貨ルピー安圧力がくすぶるなかで足下のインフレ率は加速の動きを一段と強めているほか、経済活動の正常化が進むなかで労働需給がひっ迫感を強めてコアインフレ率も加速するなど、物価を巡る状況は一段と厳しさを増している。

図 1 スリランカ国内におけるワクチン接種率の推移
図 1 スリランカ国内におけるワクチン接種率の推移

図 2 スリランカ国内における感染動向の推移
図 2 スリランカ国内における感染動向の推移

図 3 インフレ率の推移
図 3 インフレ率の推移

スリランカを巡っては、『インド洋の真珠』という異名を持つなど地理的にアジアと中東を結ぶ海上交通の要衝であることから、中国が習近平指導部の下で推進する外交戦略である『一帯一路』、米国や日本、隣国インドなどによる『自由で開かれたインド太平洋構想』が重要拠点と睨むなど、両陣営による『パワーゲーム』の舞台となってきた。他方、2019年の大統領選ではゴタバヤ・ラジャパクサ大統領が当選するとともに、その後に大統領の兄で『親中派』の元大統領として対中接近を図ったマヒンダ・ラジャパクサ氏が首相に就任したほか(注2)、翌20年に実施された総選挙においても政権を支える最大与党SLPP(人民自由同盟)が勝利するなど(注3)、対中接近が一段と進む動きがみられた。こうしたことの影響は一昨年以降における新型コロナ禍に際して多くのアジア新興国でワクチン接種が遅れる状況が続いたなか、同国の接種率は周辺国に比べて高い水準で推移してきたことに現れている。ただし、ラジャパクサ元政権による対中接近では、その政治的『地盤』である南部のハンバントタに中国からの融資で大規模な国際港(ハンバントタ港)と国際空港(マッタラ・ラジャパクサ国際空港)が建設されたものの、稼働率の低さゆえに債務返済の目途が立たず、結果的に2017年に中国国営企業がハンバントタ港に対する99年間の租借権を得ることで合意した経緯がある。こうした動きは、ここ数年G20(主要20ヶ国・地域)首脳会議など国際場裏において中国による『債務の罠』として問題提起されており、同国をはじめとする南アジアや東南アジアのみならず、アフリカ諸国などでも同様の動きがみられる。こうした状況にあるにも拘らず、政権による対中接近は続いており、昨年9月には日本による支援が決まっていた鉄道事業の中止を決定したほか、2019年にシリセナ前政権が日本とインドによる支援実施で合意されたコロンボ港の開発を巡って撤回を発表するとともに、昨年11月には中国企業による支援を受け入れる方針を明らかにしている。こうした状況は、足下で高止まりが続いている対外債務残高を一段と膨張させる懸念があるほか、通貨ルピー安に歯止めが掛からない状況では債務負担の増大が幅広い経済活動の制約要因となるなど一段と厳しい状況に追い込まれるリスクがある。さらに、新型コロナ禍を受けた外国人観光客の受け入れ低迷に加え、同国の主力の輸出財は衣類をはじめとする繊維製品のほか、農産品が大宗を占めるなど国際商品市況の上昇が追い風となりにくい状況が続くなか、対外収支構造は一段と脆弱さを増している。結果、昨年12月末時点における外貨準備高27.71億ドルと月平均輸入額の1.6ヶ月分と極めて過小感が懸念される事態となっている上、IMF(国際通貨基金)が国際金融市場の動揺に対する耐性を示す適正水準評価(ARA:Assessing Reserve Adequacy)も『適正水準』である100~150%を大幅に下回るなど極めて厳しい状況に直面している。このように対外債務の返済を巡って厳しさが増すなか、ラジャパクサ大統領は9日に同国を訪問した中国の王毅国務委員兼外交部長(外相)と会談した際に、中国政府に対して債務支払いを巡る条件緩和を要請した模様である。報道によると、ラジャパクサ大統領は王毅氏に対して「条件緩和が行われれば、新型コロナ禍を経て経済的危機に瀕するスリランカにとり大きな支援になる」と述べる一方、王毅氏は中国企業が支援するインフラ投資計画について「両国による経済協力のエンジン」と評した上で「中国企業によるスリランカ投資を後押しし続ける」と述べるなど、両国による関係深化を改めて強調した格好である。他方、その背後で国際金融市場においては米FRB(連邦準備制度理事会)による『タカ派』傾斜を受けた米ドル高の動きに加え、経済のファンダメンタルズの脆弱さも相俟って通貨ルピー相場は調整の動きを強めており、同国経済を取り巻く状況は一段と厳しさを増している。国際金融市場における同国の存在感の小ささを勘案すれば、仮に同国がデフォルト(債務不履行)に陥ったとしても市場全体に与える影響は限定的とみられる。一方、地理的及び地政学にみて同国は重要な要衝であることを勘案すれば、同国が中国の影響下に置かれることは、中東のエネルギー資源への依存度が極めて高い日本経済にとってもリスク要因となることは避けられず、その動向を注視する必要性は高まっていると判断出来る。

図 4 対外債務残高の推移
図 4 対外債務残高の推移

図 5 外貨準備高と適正水準評価(ARA)の推移
図 5 外貨準備高と適正水準評価(ARA)の推移

図 6 ルピー相場(対ドル)の推移
図 6 ルピー相場(対ドル)の推移

以 上

西濵 徹

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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