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窮地に立たされる英ジョンソン首相

~コロナ感染拡大、補選惨敗、離脱担当相辞任~

田中 理

要旨
  • 英国ではコロナの感染拡大、感染予防を強化する議会採決での与党議員の大量造反、首相を含めた与党議員の感染予防違反の発覚、保守党牙城の選挙区での補選惨敗、強硬離脱派の離脱担当相の辞任など、ジョンソン首相を取り巻く政治環境が急速に悪化している。来年中にも首相の与党党首辞任を求める投票が提起されるとの見方も浮上している。政権が窮地に追い込まれたことで、北アイルランド議定書を一方的に破棄する16条発動が遠退いた一方、今後も強硬離脱派に配慮した政権運営が必要となる。オミクロン株の感染拡大、北アイルランド情勢の緊張継続、政局不安定化など、今後の英国の動向から目が離せない。

英国ではこのところ、政権に打撃となる出来事が相次いでおり、ジョンソン首相を取り巻く政治環境が急速に悪化している。第1に、新型コロナウイルスの感染再拡大が一段と広がっており、18日の新規感染者は9万人を突破し、過去のピークを上回っている。感染力の高いオミクロン株への置き換えも急速に進んでおり、同株は重症化しないとの見方がある一方で、英国内で初の死者も確認されている。政府は経済活動への悪影響やクリスマス休暇を控えた世論に配慮し、当初、感染予防の再強化に及び腰だったが、今月に入って入国時の検査義務付け、ブースター接種の加速、公共の場でのマスクの着用義務付け、在宅勤務の推奨、イベント入場時のワクチン接種証明の提示義務付けなどの対策強化に舵を切った。だが、関連法案の議会採決では与党・保守党議員の大量造反が相次いでおり、党内からの反発が広がっている。一方で、政府にコロナ対策を助言する委員会は、一段と対策を強化しなければ、入院患者が増加し、医療資源を圧迫するとして警笛を発している。今月初旬にはコロナの感染予防で集会が制限されていた昨年12月に、保守党本部や首相官邸でクリスマスパーティーを開いていた事実が相次いで発覚し、与党は厳しい批判に晒されていた。

第2に、16日には保守党が200年近くも議席を維持してきたノース・シャロップシャー選挙区の下院補欠選挙で、与党候補が野党・自由民主党の候補に大差で敗れ、1832年以来で初めて議席を失った。今回の補選は保守党のパターソン下院議員が議会規則に違反する企業への便宜供与で議員辞職したことに伴って行われた。強硬離脱派のパターソン氏はジョンソン首相とも近く、当初、政権はパターソン氏を擁護し、議会規則違反を勧告した関連委員会の審査手続きに不備があるとして、手続きの見直しを求めていた。だが、政権に近い議員を身びいきする決断に反発が起こり、政権は方針転換を余儀なくされ、パターソン氏は議員辞職した。

第3に、離脱後に物流混乱や暴力事件が頻発する北アイルランド情勢を巡っては、運営方針の修正を巡ってEUとの協議が膠着している。18日にはEUとの離脱協議や北アイルランド議定書の見直し協議を主導したフロスト離脱担当相が辞任した。フロスト氏は辞意の理由として、コロナ対応などを巡る最近の政権との方針の違いを挙げた。後任はトラス外相が兼務する。トラス氏は2016年の国民投票で残留票を投じたが、その後は離脱支持の立場を採ってきた。幾つかの閣僚ポストを経験後、国際貿易相として移行期間中や離脱後に多くの通商協議をまとめた手腕が評価され、9月の内閣改造で外相に就任した。EUに厳しい態度で交渉に臨んだ強硬離脱派のフロスト氏が辞任したことで、北アイルランド議定書の見直し協議の進展に期待する声も一部にある。だが、外相を兼務するトラス氏をサポートする欧州担当の国務相には強硬離脱派のヒートン=ハリス氏を据え、立場が危うい政権は強硬離脱派の意向に配慮せざるを得ない。

こうしたなか、来年中にもジョンソン首相に対して保守党党首の辞任を要求する投票が提起されるとの見方も浮上している。離脱期限の延長を余儀なくされ、野党・労働党の協力を求めたメイ前首相が辞任したのも、同様のプロセスだった。スーナク財務相とトラス外相が有力な後継候補とされ、トラス外相の離脱担当相への兼務は、膠着する北アイルランド協議の打開と外交方針の一本化と同時に、早期の解決が難しい北アイルランド協議を任せることで、後継候補としての立場を弱める狙いもあるとされる。政権が窮地に追い込まれたことで、北アイルランド議定書の一方的な破棄につながる同議定書第16条の早期発動が遠退いたとみられる一方で、強硬離脱派に配慮した政権運営が必要な状況に変わりはない。オミクロン株の感染拡大、北アイルランド情勢の緊張継続、政局不安定化など、今後の英国の動向から目が離せない。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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