独ショルツ新首相が直面する課題

~新政権誕生で早くも問われる政策手腕と連立内の意見調整~

田中 理

要旨
  • ドイツでは8日、社会民主党(SPD)、緑の党、自由民主党(FDP)の3党による連立政権が発足し、SPDのショルツ氏が新首相に就任した。当面の優先課題は、感染が再拡大するコロナ危機への対応となる。感染予防の強化を訴えてきたSPDのラウターバッハ氏を保険相に据え、ワクチン接種の義務化や危機対応の強化に踏み切る可能性が高い。ウクライナ情勢を巡る緊張が高まっており、外交分野でも新政権の対応が試される。ロシアや中国への外交姿勢の強化を訴える緑の党のベアボック共同党首が外相に就任。対ロシア制裁の強化、ノルドストリーム2の稼働などを巡って、連立内や米国との難しい調整が必要となる。中長期的には、新政権の目玉政策である気候変動対策と、エネルギーの安定供給やドイツの産業競争力をどう両立するかが問われる。ショルツ首相の選出投票では連立を組む3党の少なくとも21議員が反対票を投じた。ドイツ国政史上初の3党連立は、発足当初から様々な難題に直面する。政策軸が大きく異なる緑の党とFDPをどう束ねるか、新首相の手腕が問われる。

ドイツ連邦議会は8日、9月26日の連邦議会選挙で勝利した中道左派の社会民主党(SPD)のショルツ氏を賛成395・反対303・棄権6の賛成多数で新たな首相に選出し、SPD、環境政党・緑の党(Grüne)、リベラル政党・自由民主党(FDP)の3党による連立政権(各党のイメージカラーの組み合わせから「信号連立」と呼ばれる)が発足した。第二次大戦後の西ドイツと東西再統一後のドイツでは、中道右派のキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)とSPDの二大政党が、FDPや緑の党と連立を組み、交代で政権を担ってきた。近年は有権者の多極化が進み、二大政党の集票力低下と連邦議会で議席を獲得する政党が増えたこともあり、「二大政党の何れか+小政党」の2党で安定した政権を発足することが難しくなりつつある。4期16年に及んだメルケル前政権も、うち3期12年が二大政党が手を組む「大連立」となり、両党間の政策距離の接近が国民の二大政党離れを加速させ、極端な政策を主張する右派ポピュリスト政党・ドイツのための選択肢(AfD)の台頭を招いたとの批判もある。今回の選挙後はSPD主導の大連立の選択肢は除外され、国政レベルでは初の3党による連立政権の樹立に向け、3党が協議を重ねてきた。緑の党とFDPの間では気候変動対策や財政運営を巡って政策の相違も多く、当初、連立協議が長期化するとの不安もあった。だが、史上最低の支持に沈んだCDU/CSUが連立政権を率いる可能性は早々に潰え、他に連邦議会の過半数の支持を確保可能な連立の組み合わせがないなか、3党は政策相違を乗り越え、目標としていた年内の政権発足に漕ぎ着けた。ドイツでは政策の細部にわたる連立綱領をまとめるのが通例のため、連邦議会選挙から政権発足まで時間が掛かるのが一般的だが、半年近くに及んだ2017年の前回選挙と比べて、政治空白は73日と比較的短期間にとどまった(図表1)。

(図表1)ドイツ連邦議会選挙後の政権発足に要した日数
(図表1)ドイツ連邦議会選挙後の政権発足に要した日数

新政権が直面する課題は多い。新型コロナウイルスの感染再拡大にどう対処するかが、まずは当面の優先課題となろう。ドイツは秋以降、感染第4波に見舞われており、1日当たりの新規感染者数が5万人を突破し、過去の感染拡大時の2倍以上に達する(図表2)。ワクチン接種の進展で死者の数は過去のピーク時と比べて少ないが、それでも昨年春の感染第一波を上回っており、一部地域で病床が逼迫傾向にある。旧東ドイツ地域を中心にワクチン接種に懐疑的な国民も少なくなく、2回接種を終えた人口の割合は69%と、西欧諸国の中では低い部類に属する。連邦議会選挙後の暫定政権を率いたメルケル首相は先月18日、医療体制が逼迫している地域を対象に、公共施設や飲食店の利用を接種完了者やコロナ感染から最近回復した人に限定し、ワクチン未接種者には陰性証明の提示を求める措置を開始した。さらに今月2日にはワクチン未接種者への規制を強化し、生活必需品を除くほぼ全ての施設への立ち入りを禁止することを発表した。こうしたなかでコロナ危機対応を引き継ぐ新政権は、ワクチン接種の義務化や危機対応を一段と強化する可能性を示唆している。ショルツ首相は新政権の保険相に、政府の医療制度改革の評議会メンバーなどを歴任した疫学者で、SPD所属の連邦議会議員であるラウターバッハ氏を任命した。同氏はコロナの感染拡大以来、ドイツの主要メディアに度々出演し、厳しい感染予防策を訴えてきた人物だ。歯に衣着せぬ物言いで反感を買うことも少なくなく、SPD内にも敵が多いとされる。

(図表2)ドイツの新規感染者数と死者数
(図表2)ドイツの新規感染者数と死者数

外交分野でも早速、新政権の対応が試される。米国のバイデン大統領は7日、ロシアのプーチン大統領とオンラインで会談し、ウクライナとの国境周辺に軍を集結させているロシアが同国に軍事進攻する場合、欧州の同盟国とともに対ロシア制裁を強化することを示唆した。米国は経済制裁の一環で、ロシアとドイツを結ぶガス・パイプライン「ノルドストリーム2」を稼働させないことをドイツに迫っている。連立政権内には対ロシア外交を巡って穏健派のSPDと強硬派の緑の党、ノルドストリーム2の稼働を巡って賛成派のSPDと反対派の緑の党の間で必ずしも意見が一致している訳ではない。新政権の外相には緑の党の共同党首で首相候補として選挙戦を戦ったベアボック氏が就任する。ベアボック氏は緑の党内で現実主義者として知られるが、人権問題などを巡って、ロシアや中国に対してより強硬な外交政策を主張している。また、緑の党は伝統的に反核の立場を採ってきた。新政権は連立合意の中で、今年1月に発効した核兵器禁止条約の締約国会議(来年3月に初回会合が開催)にオブザーバー参加する方針を示唆している。同条約は米国やロシアなどの核保有国は元より、北大西洋条約機構(NATO)加盟国や日本も参加していない。NATO加盟国でオブザーバー参加を決めたのは、ノルウェーに次いでドイツが2ヵ国目となる。ドイツは独自の核兵器を持たないが、同国内には同盟国である米軍の核兵器が配備されている(核共有)。新政権は核共有を維持する方針だが、NATOへの積極貢献を求める米国との間で難しい舵取りを迫られる。 中長期的には新政権の目玉政策である気候変動対策と、エネルギーの安定供給やドイツの産業競争力をどう両立するかが問われる。新政権は気候変動対策を強化し、2030年までの石炭火力の廃止と再生可能エネルギー比率の80%への引き上げ(図表3)、太陽光発電や風力発電など再生可能エネルギーの普及促進、電気自動車や充電スタンドの普及促進を目指している。気候変動対策を取り仕切る新設の経済・環境保護相は、緑の党の共同代表のハーベック氏が就任し、副首相を兼務する。こうした対策に必要な財政資金の裏付けを巡っては、財政規律を重視するFDPのリントナー党首が就く財務相との調整も必要になる。

(図表3)ドイツ政府の電源構成計画
(図表3)ドイツ政府の電源構成計画

ショルツ首相の選出投票(無記名投票)では、連立を組む3党の少なくとも21議員が同氏を支持しなかった。ドイツ国政史上初の3党連立は、発足当初から様々な難題に直面する。政策軸が大きく異なる緑の党とFDPをどう束ねるか、新首相の手腕が問われる。

以上

田中 理

田中 理

たなか おさむ

経済調査部 主席エコノミスト
担当: 欧州・米国経済

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