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フランス大統領選を展望する

~各党の立候補者が固まる、ゼムール旋風は早くも失速気味~

田中 理

要旨
  • 来年4月のフランス大統領選挙は、各党の候補者が出揃い、いよいよ本格化する。選挙戦は始まったばかりで、その行方は引き続き流動的だ。ただ、新たな極右候補ゼムール氏の勢いがここにきて失速気味なうえ、共和党の予備選を制したのがルペン支持層にも訴求力があるベルトラン氏ではなくぺクレス氏だった。ゼムール氏のメディア露出の高さ、コロナ感染再拡大によるマクロン大統領の逆風など不確定要素も多いが、このまま選挙戦に突入する場合、決選投票に進出するのは前回大統領選と同様にマクロン大統領とルペン候補となる可能性が高まった。

※ 本稿は12月3日付けのThe DAILY NNA(ドイツ・EU版)に掲載した原稿を加筆・修正した。

ドイツで新政権の誕生が秒読み段階に入るなか、来年4月のフランス大統領選挙が欧州にとって次の大きな政治イベントとなる。2017年の前回選挙で勝利し、39歳の若さでフランス大統領に就任したマクロン氏は、フランスの政治的・経済的な復権を目指し、就任以来、矢継ぎ早に改革に取り組んできた。

政権発足直後には労働組合の反対を押し切り、企業の解雇手続きの簡素化などの労働市場改革を断行した。だが、野党や抵抗勢力の批判をよそに、行政命令形式の立法手続き(オルドナンス)を多用する強引な改革手法に反発する国民も少なくない。2018~19年には燃料税の引き上げに端を発した黄色いベスト運動(ジレ・ジョーヌ)、2019~2020年には年金改革に反対した大規模抗議デモ、最近でもコロナ危機対応に不満を持つ抗議デモがフランス各地で頻発している。エリート色が抜けないマクロン大統領に対しては、“金持ち優遇”、“国民の声に耳を傾けない”、 “傲慢”といった批判もつきまとう。就任直後に60%前後に達したマクロン大統領の支持率は、コロナ危機対応でのリーダーシップ発揮で上向いた現在も、40%前後で低迷している。

一部のフランス国民の間には反マクロン感情も渦巻いており、変革と政治刷新を掲げて勝利した前回選挙時のような楽勝ムードはない。最近の大統領選・初回投票の世論調査ではマクロン大統領が25%前後の支持でリードするが、前回決選投票で対峙した極右政党・国民連合のルペン氏、台風の目となりそうな独立系極右候補のゼムール氏、伝統的な二大政党の一角を占める共和党のぺクレス候補が熾烈な二番手争いを繰り広げている(図表1)。二回投票制で行われる大統領選挙は、初回投票で過半数の支持を得る候補がいない場合、上位二名による決選投票が行われる。初回投票の世論調査ではルペン氏とゼムール氏が極右票を分け合っている形だが、両者の支持を合計すると、マクロン大統領の支持を上回る。

(図表1)フランス大統領選・初回投票の世論調査
(図表1)フランス大統領選・初回投票の世論調査

新たな極右候補として急速に支持を伸ばすゼムール氏は、代表的な右派系新聞フィガロの政治記者などを経て、作家やテレビのコメンテーターとして活躍する人物だ。反移民、反イスラム、治安強化、フランスのアイデンティティ回復などを訴え、人種差別的な発言が物議を醸すことも少なくない。前回大統領選の雪辱を期すルペン氏が、より幅広い支持層の獲得を目指して政策を穏健化するなか、ルペン支持層の一部がゼムール支持に流れている。米国のトランプ前大統領を彷彿させる過激な主張やメディア露出の多さに注目が集まるが、歴史や古典への造詣が深い知識人としての一面も持ち、伝統的右派政党である共和党支持層の一部も取り込んでいる。前回2017年の大統領選挙で共和党のフィヨン候補に投票した有権者の25%が今回の大統領選挙でゼムール氏に投票すると回答している(図表2)。11月30日に大統領選への出馬を正式に表明したが、陣営内の問題が相次いで露呈し、一時の勢いはない。

(図表2)フランス大統領選・初回投票:前回の投票者と今回の支持者
(図表2)フランス大統領選・初回投票:前回の投票者と今回の支持者

かつての政権与党で政権奪還の機会を窺う共和党は12月2日と4日の両日、大統領選の候補者を一本化する予備選挙を行った。ブレグジット協議でEU側の主席交渉官を務めたバルニエ元外相、オ=ド=フランス地域圏首長を務めるベルトラン元労働相、首都パリが所在するイル=ド=フランス地域圏首長を務めるぺクレス元予算相などが立候補し、約15万人の党員による電子投票の結果、ぺクレス氏が同党の大統領候補の座を射止めた。初回投票の世論調査では、ルペン氏を支持するブルーカラー層にもアピールできるベルトラン氏が共和党候補の中で最も高い15%前後の支持を得ている。ぺクレス氏の支持率は10%前後にとどまり、ベルトラン氏が共和党候補になる場合と比べて、マクロン大統領、ルペン候補、欧州エコロジー=緑の党のジャドー候補に支持が流れる傾向にある。候補者一本化と選挙戦の本格化で今後ぺクレス氏が追い上げるとみられるが、ぺクレス氏の共和党大統領候補への選出は、最近のゼムール氏の失速と相俟って、マクロン大統領とルペン候補が決選投票に進出する可能性を高めるものと言えそうだ。

決選投票の世論調査は何れもマクロン大統領の再選を示唆するが、選挙戦は始まったばかりで、その行方は引き続き流動的だ(図表3)。マクロン大統領にとっての誤算は、改革の成果を国民が実感する前に、コロナ禍による経済的な打撃も加わり、国民の不満が一段と高まってしまったことだろう。コロナ危機対応での実績を訴えて選挙戦に臨むとみられるが、フランスでも新規のコロナ感染者が再び増加傾向にあるほか、南アフリカ発の変異種(オミクロン株)も新たな不安材料として浮上している。

今のところマクロン大統領再選のシナリオが最も可能性が高そうだが、直後に行われる国民議会(下院)選挙では、マクロン氏が前回選挙前に旗揚げした中道政党・共和国前進の過半数割れが確実な情勢にある。マクロン大統領にとって二期目の舵取りは一段と難しいものとなりそうだ。

(図表3)フランス大統領選・決選投票の世論調査
(図表3)フランス大統領選・決選投票の世論調査

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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