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オミクロン株侵入後の見通し

~内外から景気下押しの要因~

熊野 英生

要旨

日本でもオミクロン株の感染者が水際で発見された。まだ国内感染によって、緊急事態宣言の再突入に追い込まれる状況までは相当に距離があると考えられる。その一方で、水際対策が突破されて、ワクチン効果が十分には効かずに、感染拡大が起こったときの準備について、現段階から頭の体操をしておく方がよいだろう。

目次

基本的な考え方

オミクロン株の影響は、テール・リスクから、より蓋然性が高いリスクとなってきている。11月30日にナミビアから入国した男性が、オミクロン株の感染者であることが判明した。水際対策で、これほど早く感染者が発見されたことは、私たちに衝撃を与えている。そこで、今後、オミクロン株の上陸があった場合の景気シナリオについて考えておきたい。事前にどのような影響をもたらしそうかを考えておくことは、疑心暗鬼に陥らないためにも重要である。

まず、確認したいことは、仮に、日本で再び緊急事態宣言のときの状況に戻る可能性があったとしても、そこまでにまだ相当に距離があるということだ。

当面、国内感染が広がるまでには、次の3つの関門があると考えられる。それは、①水際対策、②ワクチン効果、③医療のキャパシティ、である。この3つが突破されたときに、国内感染が拡大して、緊急事態宣言に至る可能性がある。緊急事態宣言が発令されると、景気は大きく落ち込むことになる。逆に言えば、現状は、そうなるまで相当に遠い状況だと考えられる。

ワクチン効果が焦点

現時点で各国は、外国人の新規入国を停止している。水際対策はそれなりに有効だろう。しかし、夏のデルタ株のときもそうだったが、水際対策はいずれ突破される可能性がある。海外では水面下で感染者が増えて、それが警戒対象でない国に広がっている可能性がある。すると、外国人だけではなく、帰国してくる日本人からもオミクロン株は侵入してくる。帰国者に対して、念入りに検査や自宅待機をしても、その備えは万全とは言い切れない。

そう考えると、次の防護壁はワクチン効果になる。製薬会社の経営者は、オミクロン株に対する自社のワクチン効果が低下するだろうと発言したために、株式市場では感染拡大への不安が広がっている。この情報の信頼度は、まだ確認されていない。反対に、重症化を防止する効果は、既存のワクチンであってもあるという見方もある。これも、しっかりと確認できていない。

米国CDCのファウチ氏は、オミクロン株の分析に2週間がかかると、11月28日に発言している。その結果が待たれるところだ。

ワクチンの有効性に関しては、感染リスク防止、発症リスク防止、重症化リスク防止がある。「ワクチン効果が低下する」という不安は、いずれの効果についてなのだろうか。デルタ株については、発症防止効果が低下するとされた。しかし、今はそうした発症防止効果の低下はあまり問題視されていない。こうした経緯を考えると、製薬会社の経営者の発言を過大に解釈することも、少し慎重にみた方がよい。

厚生労働省のHPにあるQ&Aでは、ワクチン効果に対する見解が示されている。その内容について以前の記述では、発症リスクと重症化には対応できるが、感染リスクには十分とは言えないとされてきた。これは、ワクチン接種をしても、無症状の感染者になる人がいて、その人たちが知らないうちに他人に感染させる可能性があるということに警戒する必要があるということを示していた。従って、私たちはワクチン接種後もマスクを着用して、感染リスクに備えた。ワクチンの感染防止効果がオミクロン株に対して低下するのならば、改めてマスク着用と三密対策などを徹底する必要がある。

政府は、現在、3回目のブースター接種を開始させた。時間が経過すると、重症化リスクは防止できても、感染リスクと発症リスクへの予防効果が低下するからである。厚生労働省のQ&Aでは、「ワクチン接種から5か月後には47%にまで有意に低下した」という米国の研究が引用されている。ブースター接種は、その効果を再び高めるためである。オミクロン株に対しても、感染リスク・発症リスクの予防効果がある程度あるのであれば、こうした対策は有意義だと考えられる。

なお、現在のワクチンの有効性が感染・発症・重症化リスクのいずれに関しても低い場合は、新しいワクチン開発を待つ必要がある。ある製薬会社では、100日以内に出荷可能という見方も示されている(少し早過ぎる印象はあるが)。別の見方として、臨床試験に60~90日かかるという見解もある。

ワクチンがよく効かない場合

問題なのは、オミクロン株が国内に侵入して、ブレイクスルー感染を広げることだ。全国ですでにワクチン接種を2回済ませた人に対しても、感染が広がると、緊急事態宣言に再突入する可能性がある。

感染ステージの判断は、引き続き、医療体制の逼迫度がひとつの基準になる。10・11月の感染収束が進んだ時期に、病床確保はいくらか進んだと考えられる。また、大型経済対策の中でも、病床確保などの緊急包括支援交付金が用意されることになっている。

もしも、国内感染が広がったときは、最後の防護壁として、準備してきた医療のキャパシティ拡大によって、緊急事態宣言を極力回避することになるだろう。ただ、それはオミクロン株の感染スピード次第である。感染拡大ペースが速いと、医療逼迫によって緊急事態宣言に追い込まれることになる。

なお、もしも、緊急事態宣言に追い込まれたときには、大型経済対策が役立つ。この経済対策には、医療以外の項目でも、仮に10・11月の感染収束がそのまま続いていたならば、不要になるかもしれなかった支出項目が数多く目に付く。例えば、雇用調整助成金の延長や、事業復活支援金、時短要請協力金(地方創生臨時交付金)などである。不幸中の幸いで、もしもオミクロン株による感染拡大が起こったときには、経済対策が有効なセーフティネット機能として作用することになるだろう。

消費抑制効果

私たちは、もしも感染拡大が起こったときの準備について、現段階から頭の体操をしておく方がよいだろう。まず、当面の景気に及ぼす影響は、消費マインドの慎重化であろう。2022年1~3月に宿泊旅行を計画していた人は予約を控えることになる。イベントを開催して、集客を見込んでいた事業者も計画実行を延期する可能性がある。個人消費の中で、観光・娯楽などサービス消費は減少するだろう。

さらに、オミクロン株の国内感染者が増える状況が生じれば、外出が減って、対面での飲食や買い物が手控えられるだろう。感染の第5波のあった2021年7~9月は実質GDPが前期比年率▲3.0%(民間最終消費支出同▲4.5%)、第4波のときは2021年1~3月の実質GDPは同▲4.1%(民間最終消費支出同▲5.0%)となった。個人消費を中心に、2022年1~3月以降の景気が下押しされることが予想される。

サプライチェーンへの悪影響

もう1つの景気悪化のルートは、海外経済の悪化と、世界的な供給体制(サプライチェーン)に障害が起こることである。製造業へのダメージだ。

オミクロン株に対して、既存のワクチンがある程度効果を上げたとしても、先進国や主要な新興国は、感染を抑制できるだろうが、未だにワクチン接種が進んでいない新興国では、オミクロン株の打撃は深刻化するだろう。海外への輸出需要を減退させる。ワクチン格差が各国間に生じていることは、オミクロン株の打撃が新興国には残りそうだと予想させる。それらの新興国経済の悪化は、日本の輸出企業にはマイナスだ。

また、日本の生産体制では、東南アジアで2021年夏に感染拡大が起こったことにより、自動車産業では半導体を含めて各種部品調達が困難になって、減産を余儀なくされた。サプライチェーンの不全である。アジアの港湾が閉鎖されて物流が止まったり、感染地域での工場閉鎖によって部品が入手できなくなった。原油高騰と材料不足も、工場の操業度を引き下げた。

鉱工業生産でも、2021年7~9月は3か月連続して生産・出荷が前月比マイナスになった。10月は持ち直し、予測指数の11・12月は前月比で持ち直しが継続されそうだが、半導体不足は根強く残りそうだとされる。

米国でも、クリスマス商戦での品不足が言われている。BtoBでも、BtoCでも、供給制約は続きそうだ。こちらは、米国での物価上昇圧力を生み、FRBの利上げ観測を強めることになるだろう。米経済自体の腰は強く、景気拡大が腰砕けになることは考えにくいが、インフレ懸念に反応した利上げ観測は景気拡大にブレーキをかけることになると考えられる。

熊野 英生


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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