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インフレ加速は一時的か?

~ECBと市場の見解の相違が続く~

田中 理

要旨
  • インフレの上振れが続くなか、市場参加者の間で来年中にもECBが利上げを開始するとの見方が広がっているが、ECBは28日に終わった理事会で、足元のインフレ加速が一時的で、来年中にピークアウトするとの見解を改めて強調し、市場の早期利上げ観測を牽制した。ラガルド総裁の発言からは、来年3月末でパンデミック緊急資産買い入れプログラム(PEPP)を打ち切ることは規定路線。PEPP終了時の崖回避のための方策や条件付き長期資金供給オペ(TLTRO)の追加実施は12月の理事会で検討される。

ECBは12月に今後の政策方針を決定・公表することを再三示唆しており、28日に終わった理事会の注目点は足元で加速するインフレに対する評価と12月の政策決定に向けた何らかの示唆や検討状況に集中した。ラガルド総裁は理事会での議論がインフレに集中したと説明し、記者会見の多くの時間をインフレ加速が一時的なものであると説明するのに費やした。総裁は足元のインフレ加速の背景を、①経済活動再開に伴う需要回復と供給制約、②需要・供給両方の要因に起因するエネルギー価格の上昇、③ドイツのVATの時限引き下げ終了を中心とした“前年の裏(ベース効果)”によるものと整理。インフレ高止まりが当初想定よりも長期化することを認めたが、様々な角度から足元や中期的なインフレ動向を検証した結果、企業は供給制約の解消に向けた取り組みを始めており、過去の経験則や分析結果からもエネルギー価格の一段の上昇は回避され、ドイツのVATに起因する押し上げは来年1月に剥落するため、インフレが一時的なものであると確信しており、来年中にピークアウトすると信じる理由が揃っていると説明した。ラガルド総裁はまた、先物金利が初回利上げを織り込む来年やその後も当面の間、ECBがフォワードガイダンスで掲げる利上げ条件が満たされることはないと発言し、市場の早期利上げ観測を牽制した。

だが、理事会後の金融市場ではユーロ高が進行し、ユーロ圏各国の国債利回りが上昇した。市場参加者は引き続き、ECBが早期の緩和縮小に追い込まれるとみている。同日発表された10月のドイツとスペインの消費者物価は一段と加速し、先物金利から計算した期待インフレ率も7年振りの水準に達した(図)。ラガルド総裁はインフレの二次的効果(波及)を判断するうえで賃金動向に注目していることを示唆したが、今のところ賃金交渉や賃金データに賃上げ加速の動きは確認されない。来年3月のパンデミック緊急資産買い入れプログラム(PEPP)終了とつなぎの資産買い入れ強化は既にコンセンサスとなっているが、インフレに対する見方の違いから、その後の資産買い入れ終了や利上げ開始を巡っては、ECBと市場の見解に大きな開きがある。12月の理事会に合わせて発表される新たなECBスタッフ見通しでは、ラガルド総裁が示唆した通り、来年中にインフレがピークアウトする姿が描かれよう。インフレ率の高止まりが修正後の見通し対比で長期化する場合や、賃上げや価格転嫁など二次的効果が確認される場合、ECBは慎重な緩和縮小姿勢の修正を迫られよう。筆者はインフレ率のピークアウトとともに、市場の行き過ぎた早期緩和縮小期待が後退すると考えている。

ラガルド総裁は質疑応答の発言の中で、PEPPを来年3月末で終了することを示唆した。PEPPの終了時期に関するECBのガイダンスは、「少なくとも来年3月末まで、その後もコロナの危機的局面が終了したと判断されるまで継続する」とのもの。総裁が来年3月末で終了すると断言したことからは、ECB内部でPEPP打ち切りが既定路線となっていることが示唆される。この点、PEPP終了時に資産買い入れ規模が一気に縮小し、金融環境が引き締まることを軽減する方策として、①通常の資産買い入れプログラム(APP)を増額したうえで、徐々に減額する、②新たな資産買い入れプログラムを開始したうえで、徐々に減額する、③PEPPを一時的に延長したうえで、徐々に減額する―ことが考えられる。PEPP後の具体的な政策オプションの検討は12月の理事会待ちとなるが、今回のラガルド総裁の発言からは③の可能性が遠退く。詳しい制度設計によるが、①と②では買い入れの対象や構成での柔軟性が異なる。②と比べて①の方が周辺国国債の利回り上昇を招きやすい。また、12月が最後となる条件付き長期資金供給オペの第三弾(TLTRO3)をこのまま打ち切るか、追加実施するかについても、12月の理事会で決定することを示唆した。

図表
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以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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