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北アイルランド協議に新展開

~EUが検査や事務手続きの大幅緩和に応じる~

田中 理

要旨
  • 移行期間終了後の北アイルランドでの物流混乱や暴動発生は、北アイルランド和平を脅かしかねない。英国とEUは北アイルランド議定書の見直しを巡って協議を重ねてきたが、議論は平行線のまま、完全離脱から10ヶ月余りが経過した。英国の政府関係者は最近、議定書の一部効力を停止する強硬手段に出る可能性を示唆。EUは13日に英国本土から北アイルランドに出荷する際の検査や事務手続きを大幅に緩和する新たな譲歩案を発表した。両者は近く集中協議を開始する予定で、欧州司法裁判所の関与などを巡って、両者の溝が埋まるかに注目が集まる。北アイルランド問題を巡る英EU間の緊張が緩和に向かうのか、強硬手段発動で貿易戦争に発展するのか、今後の英EU関係を占ううえで重大な局面に差し掛かっている。

北アイルランド議定書の見直しを巡る英EU間の協議は、新たな局面を迎えている。これまで加盟国の議会承認が必要となる議定書の大幅な見直しに応じない姿勢を示してきたEUは13日、①リアルタイムの貿易データへのアクセスと「英国内での販売に限る」旨の表示を義務付けることなどを条件に、英国本土から北アイルランドに出荷する食品や動植物の多くについて、物理的な検査を免除する、②北アイルランドの輸入業者に課す事務手続きを大幅に簡素化する、③英国本土から北アイルランドへの医薬品出荷に支障が出ないように法律を改正する―運営見直し案を公表した。EUはこの見直し案によって、英国本土と北アイルランド間の検査の80%と事務手続きの50%が削減されると説明している。

EUによる新たな提案は、英国側が要求する議定書の改正を伴うものではないが、英国が7月に公表した要望書の多くを満たす。そこでは、①議定書の見直し協議が続く間、英国本土から北アイルランド向けの食品出荷が滞らないようにEU規則の適用を免除する「効力停止(スタンドスティル)期間」を設ける、②英国本土から北アイルランド経由でEUに出荷される恐れがない物品については、物理的な検査の対象から除外する、③英国本土から北アイルランドへの医薬品出荷については、議定書の対象から除外する、④北アイルランドに関する紛争処理に欧州司法裁判所が関与しない―ことを要求していた。

EUは年末までに英国との間で運営見直しの内容で合意したいとしている。英国のフロスト離脱担当相は最近、EU側が議定書の見直しに応じない場合、同議定書の第16条を発動し、議定書の一部効力を停止する可能性を示唆していた。同条は議定書の適用が経済・社会・環境上の困難をもたらす場合、一方的な措置を行うことを認めている。EU側は英国が第16条を発動する場合、報復関税などの対抗措置を採ると警告を発している。今回のEU側の提案はかなり踏み込んだ内容で、EUとしては最大限の譲歩をしたものと言えよう。ただ、EU側は欧州司法裁判所の関与では一切譲歩しない姿勢を貫いている。英国や北アイルランドの議会関係者の間では、EUの新たな提案を歓迎しながらも、欧州司法裁判所の関与を問題視する声が多い。

ジョンソン首相は難しい対応を迫られている。今回の提案を受け入れ、EUから大幅な譲歩を勝ち取ったとアピールすることもできるが、党内からは強硬離脱派の突き上げがあることに加え、次の総選挙(議会任期満了は2024年5月だが、現政権は議会任期固定法の改正を目指している)でもブレグジットを争点とすることで野党・労働党の追い上げを交わす目論見も崩れる。さらに、英国政府は現在、深刻な物不足や物価高による国民の批判に晒されており、安易な妥協をすれば弱腰と捉えられる恐れもある。英国政府は現在EU側の提案内容を精査しており、近く英EU間の集中討議が開始される予定だ。欧州司法裁判所の関与が合意の障害となるのか、それ以外の細かい論点で両者にどれだけの溝があるかは、今後数週間で明らかとなろう。北アイルランド問題を巡る英EU間の緊張が緩和に向かうのか、第16条発動で貿易戦争に発展するのか、今後の英EU関係を占う重大局面に差し掛かっている。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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