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政府の行動制限緩和とその効果

~長期化する感染対策の弊害防止措置~

熊野 英生

要旨

9月9日に政府は、感染防止のために講じた行動制限を段階的に緩和していく方針を固めた。その意味は、緊急事態宣言を解除するのと同じではない。むしろ、11月から感染対策を長く継続していくときの弊害防止措置を加えていく狙いがある。これは、10~12月の経済成長率にはいくらか改善効果を及ぼすだろう。

目次

10月以降の景気上振れ

政府は、経済活動の正常化を目指して、10月にも段階的な行動制限の緩和について実証実験を始める。そして、11月には本格的な緩和を実施する方針である。この11月という時期は、国民の希望者全員がワクチン接種を完了することを念頭に置いている。

条件緩和の適用を受けられる対象者は、ワクチン接種を済ませた人と陰性証明※(一定時間以内)を持っている人に限定される。分科会の尾身会長が提示しているワクチン・検査パッケージと重なるものだと考えてよい。

※ワクチン・検査パッケージのイメージでは、陰性証明の有効性は、PCR検査が72時間以内、抗原検査(抗原定性検査)が24時間以内とされている。

この方針は、大変歓迎される措置である。現在、緊急事態宣言が9月30日まで延長されることが丁度決まったタイミングである。それが終了した直後、もしくはしばらくして、政府はこの行動制限緩和の実証実験に踏み出すことになる。特筆すべき点は、行動制限緩和がたとえ緊急事態宣言・まん延防止等重点措置の最中であっても、実行されることだ。従って、仮に、いくつかの地域で緊急事態宣言などが10月以降に残ったとしても、そこで行動制限の緩和が行われることによって、経済への打撃は小さくなる。景気見通しに絡めて言えば、10~12月の成長率にはプラスだろう。その効果は、11月までに国民の希望者全員がワクチン接種を済ませることで、安心感が広がることとの相乗効果も見込める。

行動制限緩和ルール

具体的に行われる行動緩和は、(1)認証を受けた飲食店が酒類提供や営業時間の制限、4人までの人数制限を緩和できること。(2)上限5千人に限定されたイベント開催でも、ワクチン接種者などは参加者によって上限引き上げが可能になること。(3)県をまたいだ移動制限の緩和も行われること。(4)大学等の部活動や課外授業などへの参加。これらは、緊急事態宣言の縛りをワクチン接種者・陰性証明保有者に対して少なくするものである。反面、医療関係者などからは、緊急事態宣言の自粛要請が尻抜けになることを警戒する意見や、緊急事態宣言に従わなくなった多くの国民にさらに気の緩みを与えるとの反対意見が出ている。

筆者は、いくつかの批判には多分に誤解があると感じている。まず、行動制限緩和は、多くの飲食店の経営が、このままでは成り立たなくなる状況を変える効果を持っていると考える。もしも、この緩和がなくて、多くの事業者が破綻すれば、政権は批判が高まって緊急事態宣言を続けられなくなる。飲食店の破綻を仕方がないと割り切って考えることは筆者には到底できない。

逆に、感染対策を長期間継続することを可能にするものだろう。事業者を破綻から救う弊害防止措置になる。最近、中小企業からは「心が折れる寸前」という悲痛な叫びを聞く。感染対策が持久戦になったからこそ、そうした弊害防止措置は不可欠なのだ。

もうひとつ、行動制限緩和にはワクチン接種証明を条件に付すことで、まだ打っていない人たちに、ワクチン接種を促進することになる。海外でも、ワクチン接種が進んで社会活動を正常化した後でも、さらに接種率を高めることに様々な工夫を行っている。日本では、11月までに国民の希望者全員に接種を済ませるとしているが、その割合は100%には届かず、7割程度になると筆者はみている。集団免疫に近づけるためには、啓蒙活動以外にも何か工夫が必要だ。ワクチン・検査パッケージの普及は、国民の接種率を高める効果がある。逆に、そうした社会の仕組みづくりをせずに、自粛要請を繰り返しても、国民の心はどんどん離れてしまうだけだ。

ワクチン接種証明の問題

ワクチン・検査パッケージの普及には、時間がかかる可能性がある。すでに、政府は7月26日から海外で利用するワクチン・パスポートとして接種証明を交付している。国内向けに接種証明を短期間で発行できるかは課題である。何よりもデジタル証明を他のシステムと連動させたかたちで実装して、飲食店などにインフラ整備を進めるとなると、とても1・2か月では対応できないだろう。菅政権が退陣するという悪いタイミングとも重なる。

また、ワクチン接種をしていない人に対する検査にも問題がある。最近は、手軽な抗原検査キットが以前に比べて普及してきた。これをごく安価で薬局・ドラッグストアで購入できるようにする案もある。

もしも、実務的な対応がうまく準備できないとすれば、11月からの本格スタートでも、行動制限緩和の恩恵に浴せる人は、実際はごく少数ということになってしまう。経済効果は大きくは見込めないことになる。

うまく行った場合の効果

これまでの行動制限によって、大きな打撃を受けていたのは、主に(1)ホテル・旅館、(2)航空・鉄道・バス、(3)飲食店、(4)娯楽などサービス、の4分野である。これらの消費水準が行動制限緩和によってどのくらいの恩恵を受けそうだろうか。不確実なのは、ワクチン・検査パッケージの利用率がワクチン接種済みの人の間でどのくらいになりそうかという点である。従って、試算の前提として、その利用率が100%だった仮定する。その上で、11月の2回の接種率が70%、12月が74%(努力により到達し得る接種率に相当)、2022年1月が83%(理想的な接種率に相当)になると考える。この数字は、分科会が想定する接種率を参考にして、筆者が仮置したものである。そうした前提で計算すると、11月の本格運用開始時には、実質民間最終消費額が+3.5%ポイント改善し、12月は+3.7%ポイント、2022年1月は+4.1%ポイントほど改善する試算値になる(図表)。一般外食、交通、教養娯楽サービスの3品目の消費支出が2019年に比べて、2021年は大きく落ち込んでいる。その下落幅がワクチン接種を済ませた人(済ませた人の割合)から2019年水準まで戻していくだろうと仮定して計算したものである。3品目の落ち込みは、2019年比▲33.7%になるが、それがワクチン接種率70%ならば+23.6%ほど改善し、実質民間最終消費に換算すると+3.5%になる。12月は接種率が74%、1月は83%へと改善していくと予想した。

図表
図表

また、繰り返しになるが、これはワクチン接種者の100%がワクチン・検査パッケージを利用するという前提での計算でもある。

そうした大きな消費改善の効果は、飲食店の認証制度の利用進捗などによっても大きく効果が異なってくる。従って、最大限の消費改善効果を弾いたものだと考えて欲しい。

熊野 英生


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熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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