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ブレグジットとコロナ後の英国を襲う物流混乱

~北アイルランド問題、EUの食品輸出安全証明、トラック運転手不足~

田中 理

要旨
  • 英国政府は6日、移行期間終了後の北アイルランドにEUの食品安全ルールを適用する免除期間を無期限で延長することを決定した。延長はこれで3回目。3月に英国が一方的な延長を決めた際には英EU間に緊張が高まったが、EU側も緊張再燃を回避する意向とみられ、今回の再々延長を問題視する様子はない。ただ、北アイルランド議定書の見直し協議は平行線のままで、問題解決に向けた打開策は見通せない。

  • これとは別に来月以降、英国の輸送業者がEUから英国に食品を搬送する際には、EUの輸出安全証明の取得が必要となる。証明書類の取得には煩雑な事務手続きが必要なうえ、EU加盟国の一部は土日や祝日の証明書発行に対応していない。トラック運転手の人手不足と相俟って、年末の物流繁忙期に向けて、英国の物流混乱や食品不足が深刻化しそうだ。

英国政府は6日、北アイルランドにEUの食品安全ルールを適用する免除期間を再び延長することを決定した。英国は移行期間終了後の同地域での物流混乱や暴動発生を受け、北アイルランドの運営方針を定めた議定書(プロトコル)の見直しをEU側に求めている。EU側は議定書の柔軟運営や現実に即した適用に一定の理解を示しているものの、条約批准と同様の手続きが必要な議定書の修正には応じない姿勢を鮮明にしている。英EU間の協議は断続的に続いており、英国側は7月には議定書の一部効力を停止できる第16条発動をちらつかせるなど揺さぶりも掛けていたが、協議は目立った進展のないまま9月末の期限が迫っていた。

当初3月末だった免除期間が延長されるのはこれで3回目となる(3月末→6月末→9月末→期限を明示せず)。3月末の期限を英国が一方的に延長した際はEU側が猛反発し、法的措置を開始するなど英EU間に緊張が走ったが、6月の再延長時は双方の合意に基づいて延長が決まった。EU側も緊張再燃を回避する意向とみられ、7月に法的措置をひとまず中断したほか、今回の再々延長を協議の継続に必要なものとして、ことさら問題視する様子はない。

英国政府が7月に公表した北アイルランド議定書見直しに関するEU側への要望は、①北アイルランド関係見直し協議が続く間、英国本土から北アイルランド向けの食品出荷が滞らないようにEUルールの適用を免除する「効力停止(スタンドスティル)期間」を設ける、②英国本土から北アイルランド経由でEUに出荷される恐れがない物品については、規制検査の対象から除外する、③英国本土から北アイルランドへの医薬品出荷については、議定書の対象から除外する、④北アイルランドに関する紛争処理に欧州司法裁判所が関与しない―ことが盛り込まれた。

6日の英国の公表文書では、①さらなる協議に必要な時間を確保するため、現行形式での議定書の運用を継続する、②これにはEUルール適用の猶予期間や緩和措置が含まれる、③こうした取り決めが変更される場合には、企業や市民が十分な準備ができるように事前に通知する―ことが記されている。現行形式での運用継続とすることでEU側の理解を求めた形だが、事実上の無期限延長により協議の長期化も予想される。

年末の物流繁忙期に向けて、北アイルランドと英国本土間だけでなく、英国とEU間の物流混乱も不安視されている。EUの単一市場から抜けた英国の輸送業者は、移行期間終了後の猶予期間が終了する10月以降、EUから英国向けに食品を搬送する際にEUの輸出安全証明が必要となる。英国の大手小売店が最近納入業者に送った書簡によれば、輸出安全証明の取得に必要な書類は約700ページに及び、幾つかのEU加盟国では証明書の発行業務を行う役所の営業時間が平日昼間のみで、土日や祝日には対応していない、と複数の英国メディアが伝えている。また、英国政府の対応も不十分で、動植物検疫に必要な獣医が不足しているほか、一部のEU関連規則の英国法への切り替えが終わっていないと指摘している。このまま猶予期間が延長されない場合、大きな混乱が生じる恐れがある。

別の問題もある。英国では近年、トラック運転手の人手不足が深刻さを増している。厳しい労働条件や低い賃金水準で若者の業界離れが進むなか、定年を迎える運転手の補充ができなかったことに加え、ブレグジットやコロナ禍で多くの移民労働者が自国に戻ったこと、税制変更でEU市民の税負担が増したことなどが重なった。輸送業者の業界団体の試算では、コロナ禍以前の英国には約60万人のトラック運転手がいたが、当時から6万人余りの人手が不足していた。経済活動再開後の物流回復の影響も加わり、最近では10万人以上の人手が不足しているとされる。採用時のボーナス支給や賃上げで求人を強化しているが、人手不足は解消されていない。政府は緊急措置として、トラック運転手の就労時間の制限を時限的に緩和している。

英国は食品輸入の25%以上をEUに依存している。既に大手ファーストフードチェーンが食品不足の影響で一部商品の提供中止や店舗閉鎖を余儀なくされているほか、スーパーや飲食店で酒類の一部が品薄になっていると伝えられる。半導体を中心とした世界的な供給不足に加えて、トラック運転手の人手不足や来月から始まるEUの輸出安全証明も英国の物流混乱に拍車を掛けそうだ。

以上

田中 理


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