欧州難民危機の再来はあるか?

~緊迫化するアフガニスタン情勢と欧州への波紋~

田中 理

要旨

タリバンの全土掌握が進むアフガニスタンでは、弾圧を恐れて国外脱出を目指す市民が首都カブールの空港に押し寄せている。欧米諸国は自国への協力者や迫害の恐れがある女性などの難民受け入れを表明しているが、その数は限定的。2015年の難民危機の再来を恐れる欧州諸国は、域外国境管理の強化と難民対応の外部化で、無秩序な難民流入を抑制する方針。難民の流入ルートを封鎖し、トルコやイランなどに資金支援を提供し、自国への難民流入を抑制しようとしている。難民流入が抑制できたとしても、欧州各国の右派ポピュリスト勢力は難民流入への不安を掻き立て、政治的なプレゼンス拡大に利用しようとするだろう。タリバン支配下のアフガニスタンが国際的なテロリストの新たな排出源となる恐れもある。緊迫化するアフガニスタン情勢が欧州の政治地図を塗り替える予兆は今のところみられないが、中長期的な影響に注意が必要となろう。

イスラム原理主義の武装組織タリバンが権力を掌握したアフガニスタンでは、女性、宗教的マイノリティ、前政府の関係者、米軍や治安部隊への協力者などに対する人権弾圧が不安視されている。1990年台後半にタリバンが同国を支配した際は、信仰や表現の自由の抑圧、残虐な刑の執行など、様々な人権侵害があったことが報告されている。なかでも女性や宗教的マイノリティへの処遇が厳しかったとされる。同国のほぼ全土を掌握し、政権樹立を目指すタリバンは国内融和をアピールする構えで、女性に対しても“イスラム法の範囲内で”権利を認めるとするが、外国への協力者やその家族を次々と拘束するなど、前回統治時同様の厳しい統制を不安視する声も後を絶たない。首都カブールの空港には、国外逃避を求める人々が殺到し、混乱が続いている。こうしたアフガニスタン情勢の緊迫化を受け、欧州諸国の間ではシリア難民などが欧州に殺到した2015年の難民危機の再来を不安視する声もある。受け入れ能力を上回る大量の難民流入とイスラム原理主義者による相次ぐテロ事件の発生をきっかけに、欧州各国では移民や難民の受け入れに否定的で、反イスラムを掲げる右派ポピュリスト政党が勢力を拡大した。

アフガニスタン情勢は引き続き流動的だが、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば、昨年末時点でアフガニスタン国内で避難生活を余儀なくされている国内逃避民が約289万人、隣国に逃れた難民並びに庇護希望者が西隣のイランに約78万人、東隣のパキスタンに約145万人、北東部が国境を接するタジキスタンに約6000人いた(同国の人口は約3900万人)。今年に入って新たに発生した国内逃避民が約55万人、UNHCRを通じて隣国に逃れた難民はイランに2560人、タジキスタンに4746人確認され、20日時点のUNHCRの報告書では平時の約3倍に相当する1日当たり4000~5000人がイランに越境しているとされる。18日付けの日本経済新聞の記事によれば、米国が駐留軍のスタッフやその家族を中心に数万人、カナダが女性指導者・人権活動家・記者など2万人、英国が協力者や女性など今後数年間で2万人、ドイツが協力者や人権活動家など1万人、イタリアが協力者など(人数不明)、タジキスタンが最大10万人の難民受け入れを表明している。

今のところ欧州各国が受け入れを表明している難民の数はそれほど多くないが、タリバンと抵抗勢力との間の武力衝突が激化したり、女性や宗教的マイノリティに対する人権侵害の恐れが高まる場合、さらなる受け入れが必要となる可能性がある。また、避難民を受け入れている隣国も一時的に保護した後はアフガニスタンへの帰還を前提としている。だが、海外避難民の多くはタリバン支配下のアフガニスタンに戻ることが難しくなる可能性がある。周辺国の受け入れ能力が限界に達した場合、2015年の難民危機時のように、安住の地を求めて多くの難民が欧州を目指す可能性も残る。まだそれほど多くないが、トルコでは6月以降、1日数百人のアフガン難民の入国が報告されているとされる(前述の日経新聞記事)。トルコからギリシャの島に渡る難民の数は、最新の統計が確認可能な8月9~15日の週で64人と前週の37人から増えたが、前年同週の139人を下回っている。ただ、ギリシャの島の難民受け入れセンターなどには現在約6600人の庇護対象者がいるが、このうち48%がアフガニスタン出身とされる(シリアが13%)。イタリアやスペインに入国する難民や移民の多くはアフリカ出身で、今後欧州を目指すアフガニスタン難民が増える場合、シリア難民同様にトルコ経由でギリシャを目指すルートが主流となろう。この他に、ベラルーシ経由でリトアニアに入国するアフガニスタン難民も少数だが報告されている。

欧州連合(EU)諸国は2015年の難民危機とその政治的な波紋の再来を恐れ、無秩序な形での難民流入を阻止する方針に舵を切り、域外国境管理の強化と難民対応の外部化を進めてきた。域外国境や沿岸警備を担う欧州域外国境管理庁(Frontex)を強化し、2016年に欧州国境沿岸警備隊を創設した。難民流入の玄関口であるギリシャやイタリアに集中していた人的・金銭的な負担を加盟国間で分担し、EU全体での対応能力を強化した。また、EU域外の第三国との連携を強化し、近隣諸国の難民受け入れ体制を強化するための資金支援を拡充している。ギリシャからバルカン半島を北上する難民の流入ルートを封鎖し、送還可能国の対象範囲を拡大した。トルコからギリシャに渡る難民はギリシャで審査し、難民と認定されない場合、トルコに送還している。こうした難民送還受け入れでの協力と引き換えに、トルコに難民支援費用を提供している。難民の排出源となっている中東やアフリカの状況改善に向けた支援や外交的努力も強化してきた。今後のアフガニスタンへの対応もこうした方針に則り、EU域内での積極的な受け入れではなく、周辺諸国の対応能力強化に向けた支援に軸足が置かれよう。ギリシャは最近、トルコとの国境に40キロのフェンスを設置し、アフガニスタンからの難民流入を管理する方針を示唆している。

年間100万人を超える難民が欧州に殺到した2015年の再来は避けられたとしても、欧州各国の右派ポピュリスト政党は難民流入に対する不安を掻き立て、政治的なプレゼンス拡大に利用しようとするだろう。実際の難民流入数と政治的な波紋の大きさは必ずしも比例しない。タリバン支配下のアフガニスタンが国際的なテロリストの新たな排出源となる恐れもある。欧州で再びイスラム過激派によるテロ事件が発生する事態となれば、世論は難民や移民問題に敏感に反応する。今のところアフガニスタン情勢が欧州の政治地図を塗り替える予兆はみられないが、中長期的な影響に注意が必要となろう。

以上

田中 理

田中 理

たなか おさむ

経済調査部 主席エコノミスト
担当: 欧州・米国経済

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