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北アイルランド協議で英国がEUに揺さぶり

~議定書の一部効力停止の条件を満たしていると宣言~

田中 理

要旨

移行期間終了後の北アイルランドで食料品不足や暴動が発生しており、英国政府は北アイルランド議定書第16条に基づき、議定書の一部効力を停止する条件を満たしているとの声明を発表した。強硬手段の可能性をちらつかせ、EUに議定書の見直しに応じるように促している。EU側は英国の懸念に理解を示すものの、議定書の見直しには応じない姿勢を表明している。EUルール適用の免除期間である9月末に向けて緊張が高まり、英EU間の通商関係にヒビが入る恐れがある。

英国政府は21日、昨年末の移行期間終了後に混乱が続く北アイルランドの運営方針を定めた北アイルランド議定書(プロトコル)の見直しをEU側に正式に要請した。同議定書の第16条では、北アイルランドに経済的・社会的に深刻な影響を及ぼしていると判断される場合、英国とEUの何れの当事者も議定書の一部効力を停止できることが定められている。英国政府は移行期間終了後に英国本土と北アイルランド間でEUの通関検査や動植物検疫が開始されたことで、北アイルランドで食料品不足や暴動が発生しており、現在の状況が第16条発動の条件を満たしていると宣言した。

EU側は英国のこうした懸念に理解を示しながらも、議定書の見直しには応じない姿勢を改めて示唆している。両者は6月末の期限を前に、北アイルランドでのEUの食品安全ルールの適用免除期間を9月末まで延長することで合意したが、議定書見直しを巡る両者の協議が難航すれば、英国政府が第16条発動という強硬手段に出る可能性もある。北アイルランド問題をきっかけに、移行期間終了直前に交わした英国とEUとの新たな通商関係にヒビが入る恐れがある。

こうした英国側の動きは、膠着する北アイルランド協議の打開に向けた牽制の一種と考えられる。24日付けの英テレグラフ紙は、ジョンソン首相が第16条発動に意欲的とする記事を掲載している。EU側は従来、強硬な交渉姿勢を続けるフロスト離脱担当相が協議の障害になっているとして非難してきたが、今回の記事ではフロスト氏がEUとの対話による解決を模索しているのに対し、ジョンソン首相がより強硬姿勢に傾いていると紹介している。首相自らが強硬姿勢も辞さない覚悟であることを示し、EU側の譲歩を引き出す狙いがあると考えられる。

英国はEUに対して、①北アイルランド関係見直しの協議が続く間、英国本土から北アイルランド向けの食品出荷が滞らないようにEUルールの適用を免除する「効力停止(スタンドスティル)期間」を設けること、②英国本土から北アイルランド経由でEUに出荷される恐れがない物品については、規制検査の対象から除外すること、③英国本土から北アイルランドへの医薬品出荷については、議定書の対象から除外すること、④北アイルランドに関する紛争処理に欧州司法裁判所が関与しないことなどを要請している。こうした英国の要請にEU側が応じる可能性は低く、9月末に向けて両者の緊張が再燃する公算が大きい。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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