デジタル国家ウクライナ デジタル国家ウクライナ

洪水被害がドイツ首相選出に与える影響

~首相候補ラシェット氏の危機管理能力~

田中 理

要旨

ドイツ最大与党の党首で首相候補のラシェット氏は、洪水被害の被災地を訪問した際、笑顔で談笑する写真が欧州各紙に掲載され、批判を浴びている。同氏は被害の大きかった州の州首相を兼務しており、災害への備えや対応に問題がなかったかも批判の対象となり得る。今のところ世論調査で与党はリードを保っており、ラシェット氏個人への批判は秋の連邦議会選挙の行方を左右するには至っていない。最大のライバルとなる環境政党・緑の党が、首相候補のベアボック共同党首による盗用疑惑の痛手から抜け出せずにいることに助けられた。ただ、洪水被害は気候変動対策の強化を訴える緑の党の追い風となる可能性もあり、今後の世論調査の動向に注目が集まる。

7月中旬にかけて記録的な豪雨と大規模な洪水が欧州各地を襲い、ドイツやベルギーを中心に少なくとも200名余りが犠牲となり、今も数百名の安否が不明となっている。洪水被害がとりわけ大きかったのは、ドイツ西部のラインラント=プファルツ州とノルトライン=ヴェストファーレン州や川を隔てて国境を接するベルギー東部で、犠牲者の多くがこの2国に集中する。ドイツの犠牲者の数は166人に上り、自然災害の犠牲者の数としては、1962年にドイツ北部を襲った洪水(347人が犠牲)以来の多さとなる。欧州委員会のフォンデアライエン委員長、ベルギーのデクロー首相、ドイツのメルケル首相、ドイツのシュタインマイヤー大統領等が相次いで洪水被災地を訪問している。

ノルトライン=ヴェストファーレン州のラシェット州首相もシュタインマイヤー大統領とともに、同州で洪水被害が大きかったエルフシュタット市を17日に訪問した。シュタインマイヤー大統領が厳粛な面持ちで被害者を追悼する声明を報道関係者向けに発表している最中、その背後にいたラシェット氏が周囲の人物と談笑し、満面の笑みを浮かべている写真が、週末の欧州各紙に掲載され、厳しい批判を浴びている。例えばドイツの大衆紙ビルトは「ラシェットが笑い、ドイツが泣いた」との見出しで、問題となった写真を伝えている。同氏は最大与党・キリスト教民主同盟(CDU)の党首で、秋の連邦議会選挙で政界引退を表明しているメルケル首相に代わる同党とその姉妹政党(キリスト教社会同盟:CSU)の首相候補でもある。ラインラント=プファルツ州の被災地を訪問したメルケル首相が、同州のドライヤー首相の手を取り、沈痛な面持ちで被災現場を視察し、被災住民と話をする写真が各紙に掲載されたのとは対照的だ。ラシェット氏はツイッター上で急いで謝罪したが、後継首相としての資質を疑う声も一部で浮上している。

今回の洪水被害では、豪雨の数日前から警報アラートを発動し、スマホアプリやメディアを通じて周辺住民に注意や避難を呼び掛けたが、一部の被災住民には警報が届いていなかったとされる。政府の対策の不備を問われたゼーホーファー内務相は、災害への備えや対応は連邦政府主導で行うには限界があり、現地の状況を踏まえて地方政府主導で行うべきと説明し、連邦政府の対応を擁護した。被害地域の州首相を兼務するラシェット氏は、この点でも批判の対象となり得る。

今のところラシェット氏個人に対する批判は、秋の連邦議会選挙の行方を大きく左右するには至っていない。現在、各種の世論調査でCDUは30%前後の支持を集め、20%前後で停滞する環境政党・緑の党とのリードを広げている(図)。今回の洪水被害の原因が気候変動にあるとの見方も多く、気候変動対策が急務であるとの認識が欧州市民の間で改めて高まっている。本来であれば、気候変動対策の抜本的な強化を訴える緑の党の追い風となる筈だが、同党は首相候補のベアボック共同党首の申告漏れや盗用疑惑などで支持を失った痛手から今も抜け出せずにいる。メルケル首相は迅速な災害復興や気候変動対策の強化を約束し、連邦議会では災害復興予算の検討を急いでいる。ただ、ラシェット氏の問題写真が掲載されて以降を調査期間に含む世論調査はごく僅かだ。ラシェット問題が尾を引くか、緑の党が支持低迷から抜け出すきっかけとなるか、今後の世論調査の動向から目が離せない。

図表
図表

以上

田中 理


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ