EUが包括的な気候変動対策を発表

~炭素国境調整措置導入で貿易相手国も対応を求められる~

田中 理

要旨

欧州委員会は7月14日、温室効果ガスの削減目標引き上げを反映した包括的な気候変動対策を発表した。そこでは、排出権取引制度の見直し、加盟国の排出削減目標引き上げ、気候変動対策が不十分な国からの輸入品に炭素価格を上乗せする炭素国境調整措置などが盛り込まれた。こうした気候変動への取り組み強化は、人々の生活や地球環境の保護に不可欠なものだが、短期的には脆弱な家計、零細企業、交通利用者の負担増加につながる恐れがある。実際の負担に直面した際、一部の加盟国・企業・個人の反発が予想される。また、炭素国境調整措置の導入には、EU域外の貿易相手国の反発を招き、報復関税の発動など貿易戦争につながる恐れもある。なお、こうした提案を最終的にEUが採用するには、加盟国や欧州議会との長く難しい調整が必要となる。今後の協議の過程で、内容の一部が修正される可能性がある点には注意が必要となろう。

EUの行政執行機関である欧州委員会は7月14日、2030年のEU域内の温室効果ガスを1990年比で少なくとも55%削減する包括的な気候変動対策「フィット・フォー・55(Fit for 55)」を発表した。2050年の気候中立社会の実現と気候変動分野での競争力強化や雇用創出を目指すEUは、昨年12月に温室効果ガスの削減目標を引き上げることで合意し(1990年比で40%削減→55%削減)、先月末には欧州理事会と欧州議会(両者はEUの共同立法機関)が2050年までの気候中立目標と2030年の中間目標を法律で義務づける「欧州気候法」を採択した。欧州委員会は2019年12月に「欧州グリーンディール」を発表して以来、その実現に向けたロードマップや、それを肉付けする各種の戦略や計画を矢継ぎ早に発表してきた。今回の提案は新たな中間目標の達成と公平で効率的な実現に向けて、従来の提案を修正・強化するものだ。

提案の内容は多岐にわたるが、相互に結び付いており、「価格(排出権取引や国境炭素調整)」、「目標(国別・産業別の排出削減目標や再生可能エネルギーの利用目標など)」、「規則(目標見直しを反映した既存規則の見直しや新規規則の制定)」、「支援(気候変動対策の負担を軽減する基金の創設など)」に大別され、それらをバランスよく組み合わせることで、経済的な打撃、市場の失敗、参入障壁を軽減するとしている。提案の概略は以下の通り。

  • 「EUの排出権取引制度(EU-ETS)」の年間排出枠を引き下げ、毎年の削減率を引き上げる。新たに海運をEU-ETSの対象に追加し、航空機の無償割当を段階的に廃止する。道路交通と建築物を対象とした新たな排出権取引制度を創設する。

  • 加盟国は排出権取引から得られる収入を、気候変動やエネルギー関連のプロジェクトに振り向ける。道路交通と建築物に関する新たな排出権取引制度から得られる収入は、脆弱な家計、零細企業、交通利用者への社会的影響を緩和するために利用する。

  • 建築物、道路輸送、域内海上輸送、農業、廃棄物、小規模産業については、各国の1人当たりGDPに基づき、新たな排出削減目標を割り当てる。

  • 森林の保全や植林を推進する「森林戦略」を新たに発表。加盟国は大気中の炭素を除去する責任を共有し、目標達成のために炭素吸収源の拡大が求められる。

  • 「再生可能エネルギー指令」を改正し、再生可能エネルギーの利用目標を引き上げる(2030年までにエネルギー全体の40%)。その実現に向け、輸送、冷暖房、建物、産業の各分野における再生可能エネルギーの具体的な利用目標を設定する。バイオエネルギーの利用に関する持続可能性の基準を強化する。

  • 「エネルギー効率指令」を改正し、EU全体でのエネルギー使用量の削減に向け、より野心的で拘束力のある目標を設定する。加盟国の年間の省エネ義務をほぼ倍増させ、公共部門ではエネルギー効率の高い建物への改修が求められる。

  • 乗用車と小型商用車(バン)の温室効果ガスの排出基準を強化する。新車の平均排出量を2030年に2021年比で55%、2035年に同100%削減することを義務づける。2035年までにEU域内で販売する全ての新車を電気自動車など「ゼロ・エミッション車」とする。「代替燃料インフラ規則」を改正し、加盟国に対して充電容量の拡大や主要幹線道路での充電・燃料補給ポイントの設置を求める。

  • 持続可能な航空・船舶燃料の生産や利用を促進する「代替燃料インフラ規則」を新たに制定する。EUの空港で給油される航空用燃料に持続可能な燃料を一定以上混合することを求める(ReFuelEU Aviation Initiative)。EUの港に寄港する船舶が利用する温室効果ガスに上限を設定し、持続可能な船舶燃料やゼロエミッション技術の導入を促進する。

  • エネルギー製品への課税をEUのエネルギー・気候政策に合わせるように「エネルギー課税指令」を改正し、化石燃料の使用を奨励する時代遅れの税免除や軽減措置を廃止する。

  • 気候変動対策が不十分な国からの輸入品に炭素価格を上乗せする「炭素国境調整措置(CBAM)」を新たに導入する。これはEUが採用する野心的な気候変動対策が、「炭素リーケージ(炭素効率の低い輸入品に国内品が脅かされたり、炭素集約的な生産が海外に移転することで世界の排出量が減らないこと)」につながることを防ぎ、EU域外の国や産業が脱炭素に向けた取り組みを強化することを促す。

こうした気候変動に対する取り組みの強化は、人々の生活や地球環境の保護に不可欠なもので、中長期的にはメリットがコストを上回るとみられるが、短期的には脆弱な家計、零細企業、交通利用者などの負担が増す恐れがある。また、加盟国のエネルギーミックスや気候変動を取り巻く環境の出発点は大きく異なる。そのため、国・産業・個人間で公平に移行コストを分配する視点が重要となってくる。欧州委員会は気候変動対策の負担を軽減するため、排出権取引から得られる収入を、イノベーション、経済成長、クリーン技術開発に向けた投資を促進するために用いることを提案している。また、EU予算を原資に新たに「社会気候基金」を創設し、エネルギー効率の改善、新たな冷暖房システム、よりクリーンな交通システムへの投資資金を加盟国に提供する。EUは2021~27年の「多年度財政フレームワーク(EU予算)」と「次世代のEU(欧州復興基金)」の資金の少なくとも3割を気候変動対策に振り向けるとしている。ただ、急激な取り組み強化や負担の集中に直面すれば、一部の加盟国・産業・個人の反発を招く恐れがある。例えば、フランスで2018~19年にマクロン大統領に対する大規模な抗議活動に発展した「黄色いベスト運動」は、燃料価格の高騰と炭素税の引き上げにより、車の利用が生活に欠かせない郊外や農村部の住民の不満が爆発したことに発端があった。

炭素国境調整措置の導入は、炭素リーケージの防止や世界的な気候変動への取り組み強化を促す一方、EU域外の貿易相手国の反発を招き、報復関税の発動など貿易戦争につながる恐れもある。また、WTOルールとの整合性が問われる可能性や、新興国を中心に温暖化交渉への悪影響を懸念する声もある。提案された炭素国境調整措置は、2023年からの移行期間を経て2026年からの本格導入を目指すもので、対象物品もセメント、鉄鋼、アルミニウム、肥料、電気の輸入に限定されるが、間接的な排出(商品の生産に使用された電力からの炭素排出量)を対象にするか、輸入製品の炭素排出量や炭素価格をどのように計算するかなど、具体的な制度設計については不透明な部分も多い。

なお、排出削減の中間目標達成に向けた今回の政策パッケージは、あくまで欧州委員会による提案段階のもので、最終的にEUが政策として採用するには、加盟国や欧州議会との長く難しい調整が必要となる。今後の協議の過程で、内容の一部が修正される可能性がある点に注意が必要となる。

以上

田中 理

田中 理

たなか おさむ

経済調査部 主席エコノミスト
担当: 欧州・米国経済

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