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ポスト・メルケルのもう1つの顔

~緑の党がベアボック氏を首相候補に選出~

田中 理

要旨

緑の党が首相候補に選出したベアボック共同党首は、閣僚や州首相経験のなさを不安視する声もあるが、メルケル首相を彷彿させる政治スタイル、唯一の女性候補である点、若さや新鮮さが変化を求める有権者へのアピールポイントとなろう。ただ、有権者の与党キリスト教民主同盟(CDU)離れは4月に入って一服した可能性があり、緑の党が政権を奪取するには、もう一段の追い風が必要となりそうだ。ワクチンの接種スピード加速で、連邦議会選が行われる秋頃には集団免疫の獲得と経済活動の回復が見込まれ、この点も与党に有利に働こう。

秋のドイツ連邦議会選で台風の目となりそうな環境政党・緑の党は19日、同党の首相候補に共同党首を務めるベアボック氏を選出した。緑の党は最新の世論調査で20~23%の支持を獲得し、26~31%でリードする現与党・キリスト教民主同盟(CDU)を猛追する(図表1)。気候変動問題への関心や二大政党への幻滅を追い風に、都市部のホワイトカラーや若者を中心に支持を集め、長年CDUと共に二大政党の一角を占めてきた社会民主党(SPD)に代わる中道左派の中心政党としての立場を固めつつある。対するCDUは、コロナ感染の封じ込めやワクチン接種の遅れ、マスクの公共調達を巡る所属議員のスキャンダルなどが響き、年明け以降に大きく支持を落としている。両党の支持率の差はまだ大きいが、緑の党がSPDと左派連立を組み、そこに中道リベラル政党の自由民主党(FDP)が加わる「信号連立(3党のイメージカラーの組み合わせが信号の配色に似ている)」で議会の過半数を確保するのも手が届くところにある(図表2)。その場合、3党の中で最大議席を持つ緑の党が首相を輩出する可能性が高く、ベアボック氏が連邦議会選後の政界引退を示唆しているメルケル首相の後継者となる。

ベアボック氏はニーダーザクセン州出身の40歳で二児の母。技術者とソーシャルワーカーの両親の下で育ち、学生時代はトランポリンの全国大会で数々の入賞経験を持つアスリート。米国と英国に留学経験があり、流暢な英語を操る。緑の党に入党後、同党所属の欧州議会議員のスタッフ、党議会グループの外交・安全保障アドバイザーを経て、ブランデンブルク州から出馬し、2013年のドイツ連邦議会選で初当選した。経済・エネルギー委員会と欧州問題委員会に所属し、党議会グループの気候変動問題担当の報道官を務め、2017年の連邦議会選で再選した。二期目は家族・高齢者・女性・若者委員会に所属、ベアボック氏と首相候補の座を争ったハベック氏とともに2018年に党の共同代表に選出され、翌年の党大会で圧倒的な支持を獲得して再任された。緑の党はかつては極端な環境重視に加えて、反戦や反原発を掲げる批判政党だったが、最近ではより柔軟な現実路線を採用し、ベアボック氏自身も党内では穏健派に属する。ポスト・メルケルのライバルとなるCDU(ラシェット党首兼ノルトラインベストファーレン州首相)、CDUの姉妹政党でバイエルン州で活動するキリスト教社会同盟(CSU)(ゼーダー党首兼バイエルン州首相)、SPD(ショルツ副首相兼連邦財務相)の候補と比べると、連邦・州レベルともに首相・閣僚経験がなく、経験不足を指摘する声もあるが、その政治スタイルや分析志向がメルケル首相に似ていると評価する声もある。気候変動や社会政策での政策アピールに加えて、唯一の女性候補で若さや新鮮さを武器に選挙戦を戦う。緑の党は旧東ドイツ地域で苦戦しているが、ベアボック氏は旧東ドイツのポツダムに居住し、ブランデンブルク州を政治拠点としており、旧東ドイツ地域での党勢拡大での貢献も期待されている。

だが、緑の党がこのまま政権を奪取するにはもう一段の追い風が必要となりそうだ。有権者のCDU離れは4月に入って一服した可能性がある。ドイツでは主に8つの世論調査会社が政党支持率を定期的に発表しているが、4月入り後を調査日に含むものが6調査あり、そのうち5調査でCDUの支持率が僅かながらも底入れしている。英国や米国に比べて遅れていたワクチンの接種スピードも、新たに欧州連合(EU)で承認されたワクチンの供給開始、ワクチンの配布や接種手順の改善、かかりつけ医での接種開始などが奏功し、4月に入って倍増している(図表3)。このまま順調に進めば、秋の連邦議会選の頃までにはドイツでも集団免疫の獲得と経済活動の再開が視野に入るとみられ、この点は与党の追い風になると考えられる。したがって、CDUの一段の支持低下につながる新たなリスクイベントが起きない限り、連邦議会選後はCDUが緑の党と手を組む「黒緑連立(両党のイメージカラー)」が引き続き最も可能性が高いシナリオと言えそうだ。

図表1
図表1

図表2
図表2

図表3
図表3

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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