ニュージーランド中銀、豪州との往来正常化を好感も緩和の長期化を強調

~現行の緩和姿勢の長期化を改めて強調し追加緩和にも含み、NZドル相場は上値の重い展開~

西濵 徹

要旨
  • ニュージーランドは主要国のなかで最も感染対策に成功した国のひとつであり、今月19日には隣国豪州との間で出入国制限が緩和されるなどの動きもみられる。ただし、感染収束にも拘らず景気は早くも踊り場を迎える一方、不動産市場のバブル化が懸念されるなど中銀及び政府は対策を迫られている。よって、足下の政府及び中銀は景気下支えと不動産バブル懸念の間で「板挟み」状態に置かれていると判断出来る。
  • 中銀は昨年来異例の金融緩和に踏み切り、2月の定例会合では長期に亘って緩和を維持する姿勢を強調した。景気の踊り場入りが確認されたことで長期金利の上昇が一服するなか、中銀は14日の定例会合で金融政策を据え置くとともに、改めて現行の緩和政策を長期に亘って維持することを強調した。このところのNZドル相場は米ドルに対して上値が重い一方、日本円に対して底堅い動きをみせているが、中銀は緩和の長期化や利下げに含みを持たせたことで先行きもしばらくは同様の展開が続く可能性が高いと見込まれる。

ニュージーランドにおいては、昨年来の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミック(世界的大流行)を受けて同国内でも感染拡大の動きが広がり、感染封じ込めを目的とする海外からの入国制限のほか、全土を対象とする外出制限を実施するなど強力な行動制限が採られた。その後の新規感染者数は度々増加したほか、2月には最大都市オークランドにおいて市中感染が確認されて行動制限が再強化されるなど動きもみられたものの、強力な感染対策が奏功して年明け以降における1日当たりの新規感染者数は多くても30人未満で推移しており、2月半ば以降の死亡者数もゼロで推移する展開が続いている。結果、足下における累計の感染者数は2,600人弱、死亡者数も26人に留まるなど主要先進国の間で最も感染対策に成功した国のひとつと捉えられる。隣国の豪州も同様に感染封じ込めが進んでいることを受けて、今月19日からは両国間で出入国制限が緩和されて隔離なしで双方を往来出来るようになるなど、徐々に幅広い経済活動で正常化に向けた取り組みが前進する。また、オークランドで再強化された行動制限についても、その後は市中感染が確認されないことを受けて段階的に緩和されており、景気の底入れに繋がることが期待される。なお、上述のように感染封じ込めが進んでいることから、同国経済は景気の底入れが進んでいるとみられたものの、昨年10-12月の実質GDP成長率は2四半期ぶりのマイナス成長となるなど、早くも踊り場を迎えていることが確認されている 1。事実、企業マインドの動きをみても、世界経済の回復などを背景に製造業は比較的堅調な推移をみせる一方、行動制限の再強化などが足かせとなる形でサービス業は調整局面が続く対照的な動きが続いてきたなか、経済活動の正常化が進むことで改善の動きを強めることが期待される。他方、景気下支えに向けて中銀は大胆な利下げに加えて量的緩和政策を実施するなど、異例の金融緩和に動いていることを受けて同国金融市場は『カネ余り』の様相を強めており、昨年半ば以降は不動産市場への資金流入の動きが強まった結果、足下の不動産価格は急上昇するなど『バブル化』が懸念されている。こうした事態を受けて、中銀は2月に住宅ローンに対するLVR(ローン資産価値比率)規制を4月から復活させるほか、5月以降は投資目的の住宅ローンを対象に規制を一段と厳格化することを決定するなどの動きをみせている2 。さらに、政府も先月に投資家を対象にした税制措置(税回避に必要となる住宅保有期間の倍化(5年→10年)、住宅ローンの金利支払いを費用計上して家賃収入と相殺する措置の廃止)に加え、38億NZドル(GDP比1.2%)規模の新基金を創設してアーダーン政権が『目玉政策』としてきた低価格住宅の供給を通じた不動産開発計画(Kiwi Build)を推進する考えを表明している。このように、中銀及び政府は景気下支えの一方で不動産バブル懸念に対応せざるを得ない『板挟み』状態に置かれている。

図1
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図2
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なお、中銀は昨年来、利下げや量的緩和政策に動くとともに、昨年末には低金利政策を長期に亘って維持する考えを強調することにより、中銀の政策目的に規定されている物価安定と雇用最大化の実現を通じて景気下支えを図る方針を示してきた3 。他方、年明け以降の金融市場においては、中銀が早期に金融政策の正常化に動く必要に迫られるとの見方を反映して長期金利が上昇する動きをみせたことを受けて、中銀は2月の定例会合において現行の金融緩和の維持を決定するとともに、長期に亘って金融緩和を継続する方針を強調する姿勢をみせた4 。中銀によるこうした姿勢に加え、同国経済が踊り場を迎えていることが明らかになったことを受けて上昇の動きは一服しており、足下の長期金利の水準は『新型コロナ禍』前をうかがう程度となるなど落ち着きを取り戻している。こうしたなか、中銀は14日に開催した定例会合において政策金利を0.25%、大規模資産買い入れ策(LSAP)の規模も1,000億NZドルで据え置き、融資資金調達プログラム(FLP)も維持するなど現行の金融緩和を維持するとともに「金融緩和を継続する」との認識を改めて強調した。会合後に公表された声明文では、世界経済について「2月の前回会合以降改善が続いており、財政及び金融政策が回復を支えているが、不確実性は高く国ごとに差異が生じている」との認識を示す一方で「一次産品価格は堅調な世界需要の恩恵を受けている」との見方を示した。一方、同国経済については「国内消費は回復した後に夏場にかけて減速しており、短期的なデータは引き続き大きく変動している」ものの、「隣国豪州との往来正常化は観光関連産業の下支えに資する一方、政府による住宅政策の効果や物価及び雇用に与える影響の確認には時間を要する」との見方を示した。その上で「中期的な景気見通しは2月の前回会合の際に示したシナリオにほぼ沿っている」との見通しを示す一方、「見通しは引き続き感染動向や企業及び家計部門のマインドなどによって大きく左右されるなど依然として非常に不確実である」との認識を示した。一方で物価動向については「世界的なサプライチェーンの混乱や国際原油価格の上昇など一時的な要因によって押し上げられている」としつつ、「金融緩和が長期に維持されなければ中期的な物価動向及び雇用は目標を下回る可能性高いと見込まれる」との認識を示すなど、引き続き足下の金融緩和の長期化が必要との考えを示した。そして、「インフレ率を目標の中央値(2%)で安定するとともに雇用が最大限持続可能な水準以上になると確信出来るまで、現在の刺激的な金融政策を維持する」と改めて示すとともに、「こうした条件を満たすには相当な時間と忍耐が必要になる」との姿勢を示した上で「必要に応じて政策金利を引き下げる用意がある」とするなど、追加緩和にも含みを持たせる姿勢をみせた。このところの通貨NZドル相場を巡っては、中銀による金融政策の正常化期待が後退していることも影響して米ドルに対しては上値の重い展開をみせる一方、日本円に対しては底堅い動きが続く対照的な状況にあるが、しばらくは同様の展開が続く可能性が高いと見込まれる。

図3
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図4
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以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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