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2025.10.01
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AIと競合する仕事、競合しない仕事
~「炭鉱のカナリア」が示すAI時代の新たな職業地図~
柏村 祐
- 目次
1. AI時代の労働市場における新たな分岐点
生成AIの急速な普及は、労働市場の構造そのものを変える「革命」の兆しを見せている。しかし、これは「AIが人間の仕事を奪う」という単純化された議論の枠組みで捉えるべきではない。現実には、AIは一部の仕事を「自動化」して雇用を減らす一方で、多くの仕事を「補完」して生産性を向上させ、AIトレーナーやプロンプトエンジニア、AI監査員といった新たな雇用を創出する。この二つの異なる動きが同時に進行している今、重要なのは、AIをどう活用するかという人間側の選択と、それに応じたスキルの再構築である。
本レポートでは、スタンフォード大学のブリニョルフソン教授らによる最新の実証研究『Canaries in the Coal Mine?』(炭鉱のカナリアか?)をもとに、これからの労働市場を考える。この研究が「カナリア」という比喩を使う理由は明確だ。炭鉱労働者が現場である地下に置いたカナリアの異変で有毒ガスの存在を早期に察知したように、特定の職種におけるAIの影響を詳細に観察することで、労働市場全体の変化の兆候を読み取ることができるからである。
この研究は、米国最大の給与計算会社ADPの高頻度データを用いて、AIの労働市場への影響を6つの具体的な事実として明らかにしている。本レポートの目的は、これらの実証データに基づいて、AIと競合する職種・競合しない職種の境界線を明確にし、変化する労働市場で価値を持ち続けるための戦略を提示する。
2.実証データが示す「競合」と「非競合」の明確な線引き
本章では、論文が提示する「6つの事実」(注1)のうち、特にAIと人間の「競合」の構造を理解する上で重要となる2つの事実に焦点を当て、それを裏付けるデータについて紹介する。
1) AIへの“暴露”が高い職種における若手労働者の雇用動向
「AIへの"暴露"が高い職種では、22-25歳の若手労働者の雇用が大幅に減少している」。これが当論文が提示する第一の事実である。「AI暴露度」とは、その職種の業務がAIによって代替または補助される可能性の高さを示す指標である。暴露度が高いほど、AIの影響を強く受けるとされる。
この傾向を最も明確に示しているのが、ソフトウェア開発者とカスタマーサービス担当者のデータである。図表1は、これらの職種における年齢別雇用動向を、2022年10月を基準(1.0)として示したものである。両職種ともに、22-25歳の若手層の雇用は2025年7月時点でピーク時より約20%減少しているのに対し、35歳以上の層は雇用が増加傾向にある。
論文の著者は、この傾向について、AIが特に「明示化された知識」、すなわち、教科書やマニュアルに記述されているような定型的な知識やタスクを処理することに長けているためであると推論している。経験の浅い若手労働者は、こうした「明示化された知識」を主に担当する傾向があるため、AIの影響をより強く受ける可能性がある。一方で、経験を積んだベテラン層は、データには表れにくい「暗黙知」や複雑な判断を要するタスクを担っており、その需要は維持または増加していると考えられる。

2) AIへの“暴露”が低い職種における若手労働者の雇用動向
「AIへの"暴露"が低い職種では、若手労働者の雇用が安定または増加している」。これが第二の事実である。
図表2は、このパターンを示す例として、ヘルスケアエイド(看護助手、精神保健助手、在宅ヘルパー)のデータを示している。これらの職種では、22-25歳の若手層の雇用が、35歳以上の層を上回るペースで伸びている。
論文は、こうした職種のAI暴露度が低い理由として、その業務が身体的な作業や対面での人間関係の構築を多く含むことを挙げている。現在のAI技術は、こうした物理的・社会的なスキルを代替することが難しいため、これらの職種における若手の雇用はむしろ拡大している。

ここまで見てきた2つの図表は、一貫して同じメッセージを伝えている。AIが真っ先に影響を与えるのは、「経験の浅い若手労働者が担う、定型的で知識ベースのタスク」である。
換言すれば、若手労働者はAI時代の「カナリア」なのである。炭鉱で有毒ガスの存在を知らせるカナリアのように、彼らの雇用動向は、各職種におけるAIの影響力を最も敏感に映し出している。この現象を理解することで、我々は労働市場の変化をいち早く察知し、適切な対応策を講じることができるのである。
3.「暗黙知」と「人間性」の価値
1) AIが変える仕事の定義
前章のデータ分析から明らかになったのは、AIが「競合」するのは、主に若手が担う「定型的で知識ベースのタスク」であり、「競合しない」のは「身体性」「対人関係性」「経験に裏打ちされた暗黙知」が問われる仕事である、という点である。
すなわち、AIは「人間の仕事を奪う」のではなく、「人間の仕事の定義を変える」のである。AIが代替するのは「作業」であり、人間に残され、むしろその価値が高まるのは「判断」と「共感」である。
この構造的な変化は、若手にとって脅威であると同時に、チャンスでもある。若手がかつて担っていた「教科書通りの作業」はAIに委ねられ、代わりに求められるのは、ベテランがもつ「なぜそうするのか」という背景を理解する力、つまり「暗黙知」であり、そして人間同士の信頼関係を築く「人間性」である。AIに作業を任せることで、若手はより早い段階から「判断力」や「人間力」を鍛える機会を得ることができる。
2) AI時代の行動指針
では、これからの時代、ビジネスパーソンはどのように振る舞うべきなのだろうか。それは、AIにできることは、すべてAIに任せてしまうことである。コードを書く、データを集計する、定型的なメールに返信するといった仕事は、AIの方が速く、正確に、そして安価にこなすことができる。人間がこれらの仕事に固執することは、生産性の向上どころか、自らの雇用を失いかねない行為に他ならない。
3) 人間が担うべき二つの価値領域
それでは、人間が担うべき仕事とは何か。それは大きく二つの価値領域に分けられる。
第一に、「暗黙知」を活用する仕事である。 暗黙知とは、教科書には書かれていない、長年の経験と失敗から培われた「コツ」や「勘」、そして「なぜそうするのか」という背景についての深い理解である。AIは過去のデータから最適解を導き出すことはできるが、全く新しい状況に直面したときの「直感」や、データには表れない「空気感」を読むことはできない。複雑なプロジェクトを成功に導くマネジメント、クライアントの言葉の裏にある本音を汲み取る営業、チームのモチベーションを高めるリーダーシップ。これらはすべて、人間の暗黙知が発揮される領域である。
第二に、「人間性」を発揮する仕事である。 人間は、単なる効率や論理だけで動く存在ではない。共感、信頼、安心感、喜びといった感情的なつながりこそが、ビジネスを動かす原動力となる。AIがいくら完璧なプレゼン資料を作成しても、クライアントの心を動かすのは、資料を語る人間の情熱と誠実さである。AIがいくら正確な診断を下しても、患者の不安を取り除き、希望を与えるのは医師や看護師など医療従事者の優しい言葉と温かい眼差しである。

未来の職場では、AIが処理する「作業」の部分を切り離し、人間がもつ「判断」と「共感」の力を最大限に発揮することが、競争優位の鍵となる。AIは強力な「道具」であり、「パートナー」だが、決して「目的」ではない。我々が目指すべきは、AIを駆使して、人間にしかできない「暗黙知」と「人間性」の価値を最大化し、より豊かで、より人間らしい社会を築くことである。それこそが、AIの時代における真の「競争優位」の源泉となるのである。
【注釈】
- 論文は以下の6つの実証的知見を提示している。(1)AIの影響を受けやすい職種で若手労働者の雇用が減少していること、(2)全体の雇用は増えているのに若手の雇用だけが伸び悩んでいること、(3)AIで「自動化される」職種では雇用が減り、「補完される」職種では雇用が維持されていること、(4)企業の業績変動などの影響を除いても、若手雇用の減少が確認されること、(5)雇用調整が賃金ではなく採用人数で行われていること、(6)分析期間や対象企業を変えても同じ結果が得られること、の6点である。
柏村 祐
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。
- 柏村 祐
かしわむら たすく
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ライフデザイン研究部 主席研究員 テクノロジーリサーチャー
専⾨分野: AI、テクノロジー、DX、イノベーション
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