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2025.12.11
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AIへの危機感が希薄な日本のホワイトカラー
~OECD・IMFデータで読む雇用構造と生産性停滞リスク~
柏村 祐
- 目次
1.世界が焦る中、なぜ日本だけが「AIは怖くない」のか?
ChatGPTなどの生成AIが急速に進化し、米国や欧州ではホワイトカラーの仕事のあり方が根本から見直されている。グローバル企業は「この仕事は人間がやるべきか、AIに任せるべきか」を厳しく定義し直し、AIによる自動化を前提とした人員削減や組織再編を断行している。実際に、米国のIT大手がAIで代替可能な職種の採用を一時停止する方針を示したことや、欧州の通信大手がAI活用を含む業務効率化により、2030年までに全従業員の約4割にあたる5万5000人を削減する計画を打ち出したことは、世界に衝撃を与えた(注1)。
一方で、日本国内の状況はこれとは対照的だ。確かにメディアでは「AIに仕事を奪われる職業ランキング」として事務職や会計・経理職などが挙げられ、話題になることはある。しかし、それはあくまで「一般論としての不安」に留まっており、自身の明日の雇用に対する切迫した危機感をもっているビジネスマンは驚くほど少ない。
その証拠に、国内の大手調査機関が2025年に日本企業で働くビジネスパーソンを対象に実施した最新の意識調査では、「AIは仕事を奪う脅威ではない」と考える回答が全体の4割超を占め、AIを肯定的に捉える姿勢が明確に示されている(注2)。欧米で見られるような「AIによる失業」への恐怖よりも、目の前の「労働力不足」への解決策としての期待が上回っているのが現状だ。
この温度差は、単なる国民性の違いではない。「日本の雇用の仕組み」「仕事の進め方」「経営者の狙い」という3つの要因が重なり合った結果なのである。本レポートでは、OECD(経済協力開発機構)やIMF(国際通貨基金)が2024年から2025年にかけて発表した最新データをもとに、なぜ日本だけが「安心」しているのか、その裏にあるリスクについて考察する。
2.日本のホワイトカラーがAIを脅威と感じにくい「3つの理由」
では、なぜ日本においてのみ、AIが「職を奪う脅威」として認識されにくいのか。その背景には、日本企業特有の「守られた環境」がある。
本章では、最新の国際レポートが示すデータに基づき、その要因を「クビになりにくい雇用」「マニュアル化できない仕事」「人手不足という事情」という3つの視点から紐解いていく。これらが組み合わさることで、日本の労働者は無意識のうちに「自分の仕事は大丈夫」という安心感を抱いているのである。
(1)労働市場の硬直性
日本の雇用制度は、正社員を強く守る仕組みになっている。一度採用されれば長く働くことが前提であり、もしAIによってある仕事がなくなったとしても、すぐに解雇されることは稀である。「営業がAI化されたから、君は明日からクビ」ではなく、「別の部署で新しい仕事をやってほしい」と配置転換されるのが一般的だ。
これに対して、米国のように「仕事がなくなれば人も減らす」のが当たり前の国では、AIによる効率化は直ちに「失業リスク」となる。日本のビジネスマンがAIを怖がらない最大の理由は、この「会社が雇用を守ってくれる」という安心感にあるのだ。
図表1は、OECDが2025年に発表した調査結果である(注3)。これは「AIが自分の仕事のスキルにどう影響するか」を尋ねたものである。
グラフの一番左にある「AIによって一部のスキルの価値が下がった」という項目の、濃い紺色のバー(同意する)に注目してほしい。金融・保険サービス(上段A)においても、製造業(下段B)においても、日本(Japan)の割合は、他国平均(7つのOECD加盟国)に比べて明らかに低いことがわかる。逆に、左から2番目の薄い青色のバー(AIは自分のスキルを補完する=助けてくれる)の割合は高い水準にある。
欧米の主流である「仕事に人がつく(ジョブ型)」雇用環境では、「特定のスキル=雇用の条件」であるため、その仕事がAIに代替されることは即座に失業の恐怖に直結する。一方、「人に仕事がつく(メンバーシップ型)」雇用が根強い日本では、担当していたタスクがAIに代替されても、別の仕事を割り振られるだけで「社員としての地位」は脅かされない。このデータは、日本の労働者がAIを「自分の存在を脅かす敵」ではなく、「業務を助けてくれる補完的な道具」として余裕をもって受け止めている現状を裏付けている。

(2)属人化・非定型業務構造
伝統的な日本企業、特にメンバーシップ型雇用が根強い組織においては、仕事は「根回し」「空気を読んだ調整」「文脈を汲み取った資料作成」など、マニュアル化しにくい「職人芸(暗黙知)」に支えられている側面が強い。欧米のジョブ型雇用のように「あなたの仕事はAとBとCである」と明確に決まっているわけではないケースも依然として多い。担当者の経験や勘に頼る部分が大きいため、AIにデータを読み込ませて自動化することが難しいのである。
生成AIは、ルールが明確な仕事では圧倒的な力を発揮するが、こうした日本企業で多く見られる「曖昧な調整業務」は苦手である。多くの人が「自分の仕事はAIには完全には置き換えられない」と感じるのは、既存の日本の仕事の多くが良くも悪くも「人間にしかできない泥臭い調整」で成り立っているからだといえる。
図表2は、OECDの2024年のレポートによる、産業ごとのAIによる影響度合いを示したものである(注4)。
グラフの右側に行くほど「知識集約型」の産業(金融、保険、IT、専門サービスなど)であり、棒グラフが高いことがわかる。これは、高度な知識を使う仕事ほどAIの影響を受けやすいことを示している。
ここで重要なのは色の違いである。濃い青色は「自動化(AIが代行できる)」タスク、薄い青色は「拡張・補完(AIが人間を助ける)」タスクを表している。
高度な仕事であっても、すべてが濃い青色(完全自動化)になるわけではない。AIが得意な領域と苦手な領域は複雑に入り組んでいる。特に「文脈」や「背景」の理解が不可欠な日本の業務においては、この図表の「薄い青色(補完)」の領域に留まる可能性が高く、あくまで「人間を助けるツール」としての利用が中心になると予測される。

(3)生産性向上圧力の弱さ
欧米企業では、「株主利益の最大化」が経営の主軸に置かれている。株主から「もっと利益を出せ」「生産性を上げろ」と強く求められるため、AIを使って人を減らし、業務プロセスの抜本的改革(BPR)が行われる。そのため、従業員にとってAIは自らの職を奪う「脅威」であり、同時に「変わらなければ生き残れない」という強烈なプレッシャーでもある。
対して日本企業は、伝統的に「従業員の雇用維持」や「組織の安定」を重視する経営方針をとる傾向が強い。利益確保のために人員整理を行う欧米とは異なり、日本企業は解雇を回避しようとする傾向が強い。加えて、現在は深刻な人手不足に悩まされているという事情もある。
こうした「雇用重視の経営姿勢」と「人手不足」という二つの要因により、AIを導入する目的が「人を減らして利益を出す」ことではなく、「足りない人手を補う」「残業を減らす」ことになりがちである。経営者も従業員も「AIが助けてくれるならありがたい」という感覚になりやすく、痛みを伴うような大改革にはなりにくいのである。
図表3は、IMFの2025年の分析に基づき、各国のAI受け入れ態勢と経済への影響を整理したものである(注5)。
同レポートでは、AIによる経済効果は、産業構造上の「AIによって効率化できる業務の割合(影響度)」と、法整備やデジタルインフラなどの「AIを受け入れるインフラ(受入体制)」の掛け合わせによって決まると分析している。この分析において、日本を含む先進国(AEs)は、新興国や途上国に比べて高い経済成長が見込まれる「恩恵を受けるグループ」に位置づけられている。
しかし、ここで注視すべきは先進国間での「格差」である。IMFのシミュレーションによれば、世界で最もAIの恩恵を受け、突出したGDP成長(10年後に約5.6%増)を遂げると予測されているのは米国である。米国は「AIによって効率化できる業務の割合(影響度)」および「AIを受け入れるインフラ(受入体制)」の双方が世界最高水準にあり、AIを抜本的な生産性向上に直結させやすい環境にある。
対して日本は、「AIを受け入れるインフラ(受入体制)」のスコアは高いものの、米国と比較するとその効果は限定的である。IMFのモデルは「準備が整っていれば生産性は上がる」という前提で試算しているが、前述したように日本企業がAIを単なる「人手不足の穴埋め(補完)」に留め、米国のような「労働代替による抜本的な効率化」に踏み込まなければ、理論上の成長ポテンシャルを活かしきれない可能性がある。
つまり、世界的には「先進国優位」の構図であっても、その内部では「AIをフル活用して独走する米国」と「導入は進むが生産性向上が緩やかな日本」という新たな格差(Gap)が生まれるリスクが示唆されているのである。

3.現場の「安心感」が招くリスクと産業の二極化
前章の分析では、欧米企業で主流の「ジョブ型雇用」が業務範囲を明確に定義するためAIや他者による代替が容易であるのに対し、日本企業は「人」に仕事が紐づく「メンバーシップ型」であるため、AIが直ちに雇用の脅威となりにくい構造にあることを確認した。
この日本特有の「解雇規制の厳しさ」や「属人性が高い仕事の進め方」は、AIの衝撃から労働者を守る「防波堤」の役割を果たしており、それが現場における「AIは人手不足を補う味方である」という安心感につながっている。
しかし、この防波堤は同時に、世界中で起きている「変革への危機感」をも遮断してしまっている可能性がある。世界がAIを使って痛みを伴う構造改革を進め、筋肉質な組織に生まれ変わろうとしている中で、日本だけが「今のやり方を維持するためのAI利用」に留まれば、その差は取り返しのつかないものになりかねない。
本章では、この「脅威を感じない」という一見ポジティブな状況が、実は日本企業の競争力を奪うリスクになり得る理由と、経営層がとるべきアクションについて考察する。
第1章で述べた通り、日本のホワイトカラーがAIを「脅威」ではなく「便利なツール」と捉えている現状は、短期的には現場が混乱せず良いことのように思える。しかし、欧米や中国がAIを「脅威」と認識し、それゆえに必死で仕事のやり方を変えている現状に照らせば、日本のこの「安心感」こそが、気付かぬうちに進行する衰退を招く最大のリスク要因となり得る。
特に懸念されるのは、現場に危機感がないために「業務の再設計」が遅れるリスクである。「今の仕事はAIにはできない」「AIはあくまで補助だ」という過度な安心感があると、仕事を標準化したり、デジタル化したりするモチベーションが湧かない。その結果、ホワイトカラーの生産性が低いまま放置されてしまう恐れがある。
また、「属人化した業務」がそのまま残るリスクも無視できない。AIに学習させるためのデータが整理されず、「あの人にしかわからない仕事」が残り続ければ、AIのもつ「予測」や「最適化」といった本来のパワーを引き出せない。高コストな人海戦術が温存されてしまうのである。
欧米企業がAIをテコに組織をスリム化し、意思決定のスピードを上げる中で、日本企業が「人手不足の穴埋め」レベルの活用に留まれば、グローバルな競争において決定的な「生産性の差」が開いてしまうだろう。
ここで重要なのは、現場の「安心感」に任せていては、こうした変革は自然発生しないという事実である。
BIS(国際決済銀行)の2024年年次経済報告書(注6)によれば、AIが真に生産性向上に寄与するためには、単なる技術導入だけでなく、業務プロセスや組織構造の再設計といった「AIを活かすための環境整備」が不可欠であると指摘されている。同レポートでは、AIを既存の業務にそのまま適用するだけでは効果は限定的であり、AIの能力に合わせて仕事のやり方そのものを変えることで初めて、大きな経済的利益が得られると分析している。
つまり、日本企業のように「今の仕事のやり方」を維持したままAIを便利ツールとして使うだけでは、国際機関が指摘するような「生産性の果実」を得ることはできず、結果として競争力を失うリスクが高いことが示されているのである。
この文脈において、日本の産業界は今後、AIを前提としたビジネスモデルへと脱皮する企業群と、旧態依然とした労働集約型のモデルを温存し続ける企業群という、残酷なまでの「二極化」に直面することになるだろう。
今後成長するのは、物流、金融、製造といったデータを大量に扱い、かつ業務の標準化が可能な領域において、AIを前提としたビジネスモデルへと脱皮できた企業群である。ここでは、AIは単なる効率化ツールではなく、需要予測や在庫最適化、リスク管理といったコア業務の中枢を担う。一方で衰退していくのは、対面サービスや旧態依然とした事務処理など、「人による対応」こそが付加価値であるという幻想に固執し、労働集約型のモデルを温存し続ける企業群である。これらは人手不足の波に飲まれ、市場から淘汰されていく運命にある。
こうした産業構造の転換期において求められる人材もまた、大きく変化する。単にAIを操作できるオペレーターではなく、AIの特性を理解した上で、既存の業務フローを解体し、再構築できる「ビジネス・アーキテクト(事業設計者)」こそが不可欠となる。
日本企業という枠組みで一括りに議論する時代は終わった。現場の「安心感」に浸り、既存業務の延長線上でAIを使う企業と、業務そのものをAIネイティブに再設計し、高付加価値な産業へとシフトする企業の間には、埋めがたい生産性の格差が生まれる。日本の産業全体の未来は、この痛みを伴う新陳代謝を許容し、成長産業と高度人材へリソースを集中できるかどうかにかかっている。
【注釈】
-
Bloomberg. (2023年). "IBM to Pause Hiring for Jobs That AI Could Do". ; BBC News. (2023年). "BT to cut 55,000 jobs with up to 10,000 replaced by AI".
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日本経済新聞. (2025). "AIを楽観視する日本 『脅威ではない』44%、先進国では異例". 日本経済新聞電子版.
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OECD. (2025年). "Artificial Intelligence and the Labour Market in Japan". OECD Publishing, Paris.
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Filippucci, F., Gal, P., Jona-Lasinio, C., Leandro, A., and Nicoletti, G. (2024年4月). "The impact of Artificial Intelligence on productivity, distribution and growth: Key mechanisms, initial evidence and policy challenges". OECD Artificial Intelligence Papers, No. 15.
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Cerutti, E., Garcia Pascual, A., Kido, Y., Li, L., Melina, G., Tavares, M. M., and Wingender, P. (2025年4月). "The Global Impact of AI: Mind the Gap". IMF Working Paper No. 25/76.
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Bank for International Settlements (BIS). (2024年6月). "Annual Economic Report 2024". Chapter III: Artificial intelligence and the economy.
柏村 祐
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。
- 柏村 祐
かしわむら たすく
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ライフデザイン研究部 主席研究員 テクノロジーリサーチャー
専⾨分野: AI、テクノロジー、DX、イノベーション
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