ヘルスケア分野の非侵襲型デバイス活用

〜「ウェアラブル」から「ウェアレス」へ移行するセンシング技術〜

村山 菜月

要旨
  • デジタル化とともにデジタルヘルスケアが発展し、スマートウォッチやスマートリングなどの非侵襲型(身体を傷つけない)ウェアラブルデバイスが、生体データを日常的に可視化する手段として普及した。

  • しかし、装着時の違和感や測定精度、充電の課題があり、衣服や皮膚、空間に溶け込み計測していることを意識させない「ウェアレス」技術の開発が進められている。

  • 今回は「ウェアレス」技術を支えるスマートテキスタイル、スキンセンサー、エネルギーハーベスティングなどの技術を紹介する。

  • 「ウェアラブル」から「ウェアレス」への移行は、安全性や信頼性の確保、測定データの精度、個人情報の適切な管理が重要となる。生体データ活用における明確なルール整備が不可欠である。

目次

1. ヘルスケア分野におけるウェアラブルデバイスの台頭

日本でインターネットが一般に広く普及し始めた2000年代以降、社会のあらゆる分野でデジタル化が急速に進展した。2010年代以降にはスマートフォンやクラウドサービスが普及し、医療や健康管理の分野において、日常的にデータを記録・蓄積・分析できる環境が整ったことで、歩数や睡眠時間、食事内容などの生活習慣を可視化するサービスが普及した。こうして個人が日常生活で自身の健康状態を把握し、予防的な行動を取ることができるデジタルヘルスケアが発展した。

このデジタルヘルスケアを支えているのが、スマートフォンやクラウドサービス、AI(人工知能)、センシングなどの技術基盤であり、その中で重要な役割を果たしているのがウェアラブルデバイスである。ウェアラブルデバイスはバンド状やパッチ状の専用デバイスを手首や腕に装着することで、生体データを測定する電子機器である。ウェアラブルデバイスの代表格ともいえるスマートウォッチ業界の売上は、2024年時点では、世界で500億米ドルに迫るとの予想もあり(注1)、注目度の高い製品の一つと言える。日本でもスマートウォッチだけではなく(資料1)、指輪型のスマートリングも普及しつつある。国内ウェアラブル市場は2024年に40億2698万米ドルとなり、2033年には123億1052万米ドルに達するとの予測もあり(注2)、市場の拡大を感じさせる。実際に日常でも見かける機会が増えており、歩数や心拍、睡眠、ストレスといった身体の状態をリアルタイムに可視化することで、自分の健康をデータで管理する風潮が高まってきている。

一方で、デバイスを装着すると違和感がある、測定対象にセンサーを直接接触させたり、注射器などを用いて侵襲的に採取したりするよりも測定精度は落ちる、長時間身につけるとバッテリーが持たないといった課題がある。本稿では、これらの課題に対する技術、つまり衣服や皮膚、環境に溶け込み、装着していることすら意識させないようなウェアラブル技術について、「ウェアレス(wearless)」技術と定義し、この技術の最新の取組や展望について述べる。

図表
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2. スマートテキスタイル:まとうだけでセンシングできる布地

デバイス装着への違和感を低減させるという観点で、身にまとうことで生体データを測定するスマートテキスタイル技術が開発されている。スマートテキスタイル(Smart Textile)は温度、圧力、動き、心拍数や心電波形といった生体情報の変化を感知する機能を持つ繊維や布地のことを指す。

代表的な例が、国内大手素材メーカーと国内大手通信事業者が共同開発した機能素材(注3)である。この繊維はポリエステル繊維の表面に導電性高分子(PEDOT-PSS)を被覆することで、微弱な生体電位(注4)を検出できる。この機能素材で縫製されたインナーウェアに、小型の無線モジュールを搭載した生体・環境センサーを装着すると、心拍や筋電、体の動きをリアルタイムで記録できる。このインナーウェアを使用して、リハビリ支援などの医療やスポーツ分野、暑さ対策への応用が進んでいる。測定機器を装着することなく、まとうだけでセンシングが可能になるという点で、ウェアレスへの第一歩といえる。

また、スマートテキスタイルを用いたという点において、米国大手IT企業と世界的なジーンズメーカーが共同で開発したスマートデニムも注目を集めた(注5)。導電性の繊維が組み込まれた袖口がタッチセンサーとなり、ガム1枚より小さいタグを袖口に装着するとスマートフォンと紐付け(ペアリング)が可能になる。袖口をスワイプ、ダブルタップするなどの簡単な動作でスマートフォンの操作を行うことができる。衣服そのものがユーザーインターフェースとなり、スマートフォンの存在を意識させないようにしている。本事例は身体データセンシングではなく、ユーザーインターフェースとしてセンサーを利用しているが、加速度センサーのように身体データを測定するセンサーとして動作させるといった応用も考えられるだろう。

さらに、まとうのではなく空間に配置されたセンサーを用いて心拍・呼吸・体動などの生体データを取得できる非接触バイタルセンシングの技術も研究・製品化されている(注6)。日本では販売されることはなかったが、米国大手IT企業が開発したスリープデバイスがその一例である。このデバイスは微小出力のミリ波レーダーや赤外線深度センサーを利用しており、胸郭の微小な動きや電波反射の変化といった呼吸パターンを解析することで、睡眠の質を把握することができる。部屋の一角に設置するだけで計測できるため、長期間、連続的にデータを取得できるのが利点である。このように、日常生活の中で自然に生体データを取得する技術の開発が進んでいる。

3. スキンセンサー・スキンディスプレイ:皮膚に馴染む素材の開発

精度という観点で、測定対象にセンサーを直接接触させた方が生体データをより厳密に計測できる。しかし、従来のセンサーの役割を持つ機器はシリコンなど硬い素材でできており、装着時に違和感がある、運動時に干渉するといった問題があった。その解決策として、皮膚のように湾曲する電子デバイス、スキンセンサーやスキンディスプレイの開発が進んでいる。

その中でも特に東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻・染谷隆夫研究室の研究に注目したい。この研究室は国内大手印刷企業と共同研究でスキンディスプレイの開発に携わっており、スキンセンサーで計測した値をスキンディスプレイ上で表示することに成功した(注7)。

開発されたスキンセンサーは、生体情報を計測するための電極を皮膚に密着させたものであり、生体適合性が高い上に極めて薄いという特徴を持つ。通常、生体の電気信号を受信するために電極が必要であるが、硬い金属配線では皮膚が伸び縮みした場合に断線してしまう。しかしこの電極は、ポリビニルアルコールという水溶性の高分子と金で構成されており、ナノサイズ(ナノは1ミリの100万分の1の単位)の網目状になっているため、皮膚の動きに合わせて伸び縮みしても計測機能を損なわない耐久性を実現した(資料2)。

そして、スキンセンサーで受信した情報を表示するスキンディスプレイとして、厚さが約2 mmの、繰り返し伸縮しても壊れない軽量で薄型のシートを開発した。従来の技術では、発光ダイオード(LED)が埋め込まれているシートの伸縮を繰り返すと、LEDとシートの接合部が破損してしまうという課題があった。しかし、シートの配線に伸縮性のある素材を使用することで課題を克服し、断線しにくい、変形可能なスキンディスプレイを実現している。

スキンセンサーとスキンディスプレイを皮膚に貼り付けて一体化することで、非侵襲的に(身体を傷つけることなく)生体信号の計測を行い、その測定値を表示するまでの一連の流れをユーザーにとって自然な形で負担なく実現することができる点は、ウェアレス実現のアプローチの一つといえるだろう。

図表
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4. エネルギーハーベスティング技術:周囲の環境を利用した自家発電

ウェアレスを目指すにあたり、長時間身につけるとバッテリーが持たないことが課題として挙げられる。継続的に生体データを取得するため、充電回数を減らすことが重要な観点になる。そこで注目されるのが、外部環境の微小なエネルギー(光、熱、電磁波、振動エネルギーなど)を電力に変換するエネルギーハーベスティング技術である。この技術により、バッテリー交換や充電回数が減るため、センサーを長期間稼働させることができる。すでに実用化されている製品は太陽電池駆動の腕時計である。これは太陽光もしくは室内光から変換した電力を、時刻のカウントや秒針の駆動のために使用している。一方で、エネルギーハーベスティング技術を用いたウェアラブルやウェアレスデバイス製品は研究段階である。一例として、導電性の繊維の間に圧電ポリマーフィルム(圧力によって電力が生じる特性を持つ物質をフィルム状にしたもの)を組み込んだ布地の開発が進められている。歩行時の布の変形や足の裏で発生する圧力、呼吸による布の膨張・収縮などから電力を取り出せることを実証している。さらに発電だけでなく呼吸検出や歩行検知といったセンサー機能も備えている。

圧電機能を持つ繊維を使用した衣服の開発・製品化が進み、同時にデバイスの低電力化が進めば、将来的に充電のいらないスマートウェアができるだろう。

5. これからのウェアラブル、ウェアレスデバイスの課題

ウェアラブルデバイスの更なる発展やウェアレスデバイスへの移行により、さらに快適で便利になりつつあるが、同時に新しい課題も生まれている。

一点目は、安全性と信頼性の確保である。皮膚に貼り付ける素材は、生体適合性や長期安定性が必要になる。シリコンやパリレンなどの素材のように、生体への刺激が低く、汗や摩耗に耐えうるものが求められる。また、使用期限の明確化や交換部品の案内など運用面も整えることが重要である。

二点目は、データの信頼性と測定精度の確保である。特に消費者向けデバイスは利便性を優先するあまり、精度を満たさない場合も多く、健康判断に誤差が生じるリスクがある。そのため、利用者への適切な情報提供と、データ解釈におけるリテラシー向上が不可欠となる。

三点目は、ウェアラブル、ウェアレスデバイスは極めて個人的な生体データを継続的に収集するため、その管理体制や第三者へのデータ共有には厳格なガバナンスが求められる。特に、匿名化・暗号化技術の導入、利用者同意に基づくデータ活用ルールの明確化が重要である。

これらの課題を解消することで、日常生活で個人自らが健康状態を継続的に観察し、生活の質の向上につながる習慣を形成することが可能となり、デジタルヘルスケアのさらなる発展に貢献するだろう。今後はデータの測定・収集だけではなく、データの活用という観点で、一人ひとりに合わせた健康管理の方法を提示し、行動変容を促す段階へと進むだろう。

以上

【注釈】

  1. Wearables - statistics & facts」(2025/10/15閲覧)

  2. Japan Wearable Devices Market - 2025-2033」(2026/1/14閲覧)

  3. hitoe®とは」(2026/1/14閲覧)

  4. 生物の代謝活動により生じる電位。ここでは、胸部の左右に導電性繊維の電極を配置し、2点間の電位を測定することで心拍・心電波形を計測できる。

  5. Levi's® | JACQUARD™ by Google」(2026/1/14閲覧)

  6. Amazon Halo Rise advances the future of sleep」(2026/1/14閲覧)

  7. 東京大学 大日本印刷 スキンディスプレイのフルカラー化に成功」(2026/1/14閲覧)

【参考文献】

  • 天笠志保,荒神裕之,鎌田真光,福岡豊,井上茂.(2021)「医療・健康分野におけるスマートフォンおよびウェアラブルデバイスを用いた身体活動の評価:現状と今後の展望」.日本公衆衛生雑誌,68巻9号

  • ウェンルイリン,マークバックマン,G.P.リー. (2023) 「ヘルス&ウェルネスウェアラブルの現状とその将来展望」(梅田秦,横島時彦,本間英夫訳) ,表面技術,74巻,1号

  • Hossain, I. Z.; Khan, A.; Hossain, G. (2022) 「A Piezoelectric Smart Textile for Energy Harvesting and Wearable Self-Powered Sensors」,Energies, Vol. 15, No. 15, 5541

村山 菜月


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