進化するユニバーサルデザイン ~シャンプー容器の「ギザギザ」を例に~

水野 映子

目次

1.見えなくても触って区別できる容器 その工夫の歩み

日本で販売されている多くのシャンプーの容器の本体側面やポンプ上部には、ギザギザ状のきざみ(触覚記号)がついている(図表1左)。これは、視覚障害者が使う際や、目をつぶって洗髪する際などに、形状が似ているシャンプーの容器とリンス(またはコンディショナー)の容器を触っただけで区別できるよう加えられたものである。この事例は、製品・設備・サービスなどがすべての人にとって使いやすいことを目指す「ユニバーサルデザイン」(注1)の代表格としてしばしば取り上げられる。ユニバーサルデザインについて少しでも学んだことがある人なら、聞いたことがあるかもしれない。

シャンプー容器のこのきざみは、1991年に実用化された後、業界各社に採用が呼びかけられた(注2)。日本ではユニバーサルデザインどころか、バリアフリーという言葉すら、一般にはあまり使われていなかった時代のことである。その後、2000年にはJIS(注3)、2011年にはISO(国際標準化機構)の規格の事例として紹介されるに至った。

だが、シャンプーなどの容器の識別に関する取り組みは、これで終わらなかった。ボディソープ(身体用洗浄料)の普及により、その容器とシャンプー容器・リンス容器との識別も必要になったからである。そこで、ボディソープの容器には1本線の触覚記号(図表1右)を入れることが関係者で合意され、2014年にはJISにも新たな事例として追加された(注4)。さらに現在では、それらの詰め替えパウチ容器にも触覚記号を表示することが、業界で推進されている(注5)。これらの一つ一つの取り組みに対し、開発側の多くの努力が費やされ、進化が続けられてきた。

図表1
図表1

2.真のユニバーサルデザインで必要なのは?

一般に、「バリアフリー」という言葉が、障害者や高齢者などにとってのバリア(障壁)をなくすこと、という意味でとらえられるのに対し、「ユニバーサルデザイン」は“初めから”皆にとって使いやすいようにすること、すなわちバリアがない状態にすること、だと説明されることが多い。だが実際には、最初からバリアを完全になくすことは困難である。また、たとえ当初はバリアをなくせたとしても、社会環境の変化によって新たなバリアが生まれることもある。前述の事例でいえば、シャンプー容器とリンス容器の識別が可能になった後で、ボディソープの容器やシャンプー等の詰め替えパウチ容器が普及し、識別を必要とするものが増えたことがそれにあたる。また、社会環境は変わらなくても、設備などが老朽化したり、その運用がうまくいかなくなったりすることによって、バリアが生じる場合もある。

したがって、真のユニバーサルデザインとは、初めからバリアをなくそうとすることに加え、残されたバリアや新たに生じたバリアを一つ一つ解消しようとすることだともいえる。皆にとって暮らしやすい社会を実現するためには、バリアをなくす取り組みを一度きりに終わらせず、常に検証と改良を重ねる必要がある。

また、こうした取り組みや工夫に関しては、使い手である生活者の認知度を高めることも不可欠である。生活者に知られていないために、せっかくの利便性が十分活かされていないケースも多いからである。初めて世に出てから30年以上が過ぎたシャンプー容器等の触覚記号ですら、視覚障害者はもちろん、眼鏡やコンタクトレンズを外して入浴する人などにも役立つ可能性があるにもかかわらず、その存在や意味は必ずしも知られていない。製品やサービスの供給側はユニバーサルデザインの取り組みに関する情報発信も一度きりでなく継続的におこなうこと、一方の需要側(生活者)もこうした取り組みに常に目を向けるとともに、自分が知り得た情報を周囲の人に伝えていくことが重要であろう。

【注釈】

  1. ユニバーサルデザインの歴史・定義などについては以下を参照。
    水野映子「幸せ・well-beingのためのユニバーサルデザイン ~生活者も『デザイン』の担い手に~」2022年11月
  2. 日本石鹸洗剤工業会「人にやさしい製品の工夫 誰もが使いやすい製品を提供する取り組み 「1.シャンプー容器の識別きざみ」」『CLEAN AGE』2013年6月
  3. JISの当時の名称は日本工業規格、現在の名称は日本産業規格。
  4. 経済産業省「『包装-アクセシブルデザイン-一般要求事項』のJISを改正(JIS S0021)-高齢者及び障害者を含む全ての人々に配慮した、使いやすい包装設計の目安を普及させることを目指して-」2014年5月20日
  5. 日本化粧品工業連合会「日本化粧品工業連合会における『アクセシブルデザイン』の推進について」2018年8月

水野 映子


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