略語の功罪 ~やさしい日本語推進の動きを背景に~

水野 映子

目次

1.略語の使い方をめぐる動き ~わかりやすさの観点から~

近年、日本人や外国人に伝わりやすい日本語を使おうという動きが広がっている。たとえば、国や自治体は公用文、いわゆるお役所言葉を平易にする取り組みをおこなっている。昨年(2022年)には、文化庁の文化審議会から「『公用文作成の考え方』について(建議)」が出された。70年ぶりの改訂である。また公用文以外の書き言葉や話し言葉でも、「やさしい日本語」の普及などが進められている(注1)。

その中では、日本語や外国語の言葉を縮めた「略語」についての言及もある。たとえば、前述の「建議」では、以下のように示されている。

図表
図表

本稿では、アルファベットの略語に関する意識調査の結果が公表されたのを機に、生活者が日常生活で感じているその利点と欠点について述べる。そのうえで、皆に伝わりやすい日本語にするために、略語に関して配慮すべきことなどについて考える。

2.「AED」「SNS」はわかりやすい? ~アルファベットの略語に関する意識調査より~

意味がわからずに困ることがある人は8割

先日(2023年10月)公表された文化庁の「国語に関する世論調査」では、アルファベットの略語に関する質問がいくつかある。まずはその結果を紹介する。

図表1の通り、「ふだん見聞きする言葉の中で、外国語の頭文字などを使ったいわゆるアルファベットの略語(例:AED、SNS、DX等)の意味がわからずに困ること」がある(「よくある」+「時々ある」)と答えた人の割合は、全体では85.1%にのぼった。年代別では、上の年代の人ほど困ることがある傾向にある。年代差はあるが、大多数の人が略語の意味がわからずに困ることがあるといえる。

図表1
図表1

「好ましくない」が「好ましい」を上回る

次に、アルファベットの略語が用いられている状況を好ましいと感じるかについて質問した結果を図表2-Aに示す。好ましくないと感じる(「好ましくないと感じる」+「どちらかと言うと好ましくないと感じる」)人の割合は過半数(54.3%)であり、好ましいと感じる(「好ましいと感じる」+どちらかと言うと好ましいと感じる」)人の割合(45.1%)を上回っている。

年代別にみると、上の年代の人ほど好ましくないと感じる割合が高い。上の年代の人のほうがアルファベットの略語がわからない、好ましくないというマイナスの印象をもっていることがわかる。

好ましい理由は「使いやすい」「広く使われている」

では、好ましいと感じると答えた人は、なぜそう感じるのか。その理由をたずねた結果を図表2-Bでみると、全体では「短く省略したほうが使いやすいから」の割合(77.9%)が最も高く、次に「社会で広く使われている言葉だから」(54.6%)があがっている。

年代別では、「短く省略したほうが使いやすいから」と感じるのは若い人のほうが高い傾向がみられる。反対に、「社会で広く使われている言葉だから」は上の年代の人ほど高い。

好ましくない理由は「意味がわかりにくい」が圧倒的

一方、好ましくないと答えた人にその理由をたずねた結果を図表2-Cでみると、「意味がわかりにくいから」の割合が94.2%と圧倒的に高い。次に、「漢字や仮名の言葉を使ったほうがいいから」「見慣れない言葉だから」がそれぞれ約3割となっている。

先に図表1で示した通り、略語の「意味がわからずに困ること」がある人はかなり多い。そのことが、略語を好ましくないと感じる一因にもなっていると考えられる。

年代別にみると、「意味がわかりにくいから」の割合の差はほとんどない。一方、「漢字や仮名の言葉を使ったほうがいいから」「日本語や日本文化が混乱してしまうから」の割合は、上の年代の人のほうが高い傾向がある。上の年代の人は、今回の調査対象となっている略語が、日本語の言葉・漢字や仮名ではなく、外国語の言葉・アルファベットであることに対する抵抗感もあるといえる。

図表2-A
図表2-A

図表2-B
図表2-B

図表2-C
図表2-C

3.アルファベットの略語の利点と欠点

広く知られていれば便利

以上の調査結果からうかがえるのは、生活者が感じているアルファベットの略語の利点と欠点である。

利点のひとつは、略語が好ましいと感じる理由(前出の図表2-B)として最も多くの人があげた「短く省略したほうが使いやすい」ということだ。確かに長い言葉のままより短い略語のほうが便利なことは多い。若い世代の人が特にこの理由をあげたことから推測すると、スマートフォンなどで短い文を書く際にも使いやすいのかもしれない。

また、略語が好ましい2番目の理由として「社会で広く使われている」点があがったことからもわかるように、広く知られている略語であれば、略す前の長い言葉を使うより伝わりやすいという利点もある。たとえば、調査票で略語の例としてあげられている「AED」は、日本語の「自動体外式除細動器」、英語の「Automated External Defibrillator」より、理解できる日本人は多いだろう。世界共通の略語ならば、外国人にも伝わりやすいはずだ。

特定の「社会」でしか通用しない略語も ~「KY」「EE. UU.」って何?~

ただしこれは、あくまでも「社会で広く使われている」という前提での話である。略語が使われる「社会」が限られた範囲、たとえば特定の国・地域や業界・組織だけということもある。その場合、「社会」の中にいる人にとっては「使いやすい」という利点があっても、外から来た人にとっては「意味がわかりにくい」という欠点になりかねない。また、前述の調査でアルファベットの略語がわからず困ることがある割合が年代によって異なっていたことにも示されているように、年齢などの属性によってもその略語が通用するかどうかは違うだろう。

世界中で使われていると思われがちな英語の略語も、必ずしも万国共通ではない。言語や地域によっては違う略語が使われている場合もある。一例をあげると、筆者がかつて住んでいたスペイン語圏の国では、日本で一般的に使われている英語の略語ではなく、スペイン語の略語がよく使われていた。その中には、英語の略語のアルファベットの順番が入れ替わったもの(下表の例①②)もあれば、全く異なるもの(③④⑤)、英語にはない略し方(複数形の場合はアルファベットを重ねるなど)のもの(⑤)もある。スペイン語を知らない人にとって、これらの略語の理解は難しい。逆に、スペイン語圏出身の人は、日本などで使われている英語の略語を、すぐ理解できないかもしれない。

図表
図表

また日本には、英語の単語を元にしているが英語にはない言葉、いわゆる和製英語の略語も多い。古くからある例としては、OL(office lady)、TPO(time, place, occasion)などがある。さらには、企業などで役職を略す際に使われることがあるマネージャーのM(英語のmanagerの略)・部長のB(ローマ字のbuchoの略)のように、外国語と日本語が入り混じった略語もあれば、KY(空気が読めない)のように全てが日本語の略語もある。これらは、日本語や日本文化に詳しくない外国人はもちろん、日本人でも知らなければ想像が難しい。

4.異なる「社会」の人にも理解しやすい略語づかいを

以上で述べたように、アルファベットの略語には利点もあるが、それを知らない人や使い慣れていない人には理解が難しいという欠点もある。自分が使っている略語が、本当に「社会で広く使われている」のか、その「社会」がどこまでの範囲なのか、自分が所属する「社会」の外にいる人も使いやすいのかなどについて、ときおり意識を向けたほうがよいだろう。

ここまでは主にアルファベットの略語について述べたが、漢字や仮名の略語ならよいかというと、もちろんそうではない。漢字や仮名の略語の中にも、日本人にとってわかりにくいものはある。日本人にわかりにくければ、外国人にとってはさらにわかりにくい。アルファベットと同様、漢字や仮名の略語に関しても、日本人や外国人にとってのわかりやすさを考慮することが望ましい。

冒頭で述べた通り、公用文に関してはアルファベットや漢字の略語の使い方に関する考え方が示されている。また、「やさしい日本語」のガイドラインなどにも、略語に関する記述がある(注2)。公用文以外の書き言葉や話し言葉で略語を使う際にも、それらを参考にしながら、読み手・聞き手に合わせて、元の言葉や説明を添えるなどの配慮をすることが必要である。略語に限らず、ふだん使っている言葉を見直しひと手間を加えることで、どのような「社会」に属する人にも伝わりやすい日本語、「やさしい日本語」の実現が近づくだろう。

【注釈】
  1. 以下などを参照。
    水野映子「『やさしい日本語』の重要性 ~多文化共生社会をめざして~」2022年5月
    水野映子「日本人にも役立つ『やさしい日本語』 ~外国人対応だけでないメリット~」2023年6月

  2. 以下のガイドラインでは、「外国人にもわかりやすい文章」を作るポイントのひとつとして「略語を使わない」ことがあげられており、「健診」を「健康診断」と書き換える例が示されている。
    出入国在留管理庁・文化庁「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン」2020年8月
    (https://www.bunka.go.jp/seisaku/kokugo_nihongo/kyoiku/pdf/92484001_01.pdf)

水野 映子


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。