年金法改正2025に向けての今後の審議の行方

~企業年金分野のスケジュールと課題~

小川 伊知郎

要旨
  • 次回の財政検証は2024年、年金法改正は翌2025年に実施される見込みであり、企業年金・個人年金部会での議論は、2024年12月を目途に取りまとめられると考えられる。
  • 同部会で恒例の関連団体ヒアリングは、前回年金法改正時よりも手厚く実施され、部会委員の分を含め出された意見は小項目で119と膨大な数に上った。
  • 2023年6月に取りまとめられた「骨太の方針」「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」が、今後の部会での審議に影響を与えると考えられる。
  • 今後の部会では「DCの拠出限度額引き上げ・生涯拠出限度額・キャッチアップ拠出」「特別法人税の廃止・受給に関する税制」「定年延長に伴う給付減額の判定基準」が中心となって議論されるのではないか。
目次

1.はじめに

翌2024年に控えた5年に一度の公的年金制度の財政検証と、続く2025年の年金法改正に向けて、社会保障審議会の各部会で審議が続いている。このうち企業年金分野を所管している企業年金・個人年金部会では、2022年11月の再開から数えて直近の7月24日までに7回の審議を重ねた。恒例の関係団体からのヒアリングを終えたばかりで、未だ今後の検討の詳細は明らかにされていない状況ではあるが、部会委員である当研究所の谷内陽一主席研究員に随伴して傍聴している部会での議論の現場、そして前回財政検証、法律改正時に(公社)日本年金数理人会理事長の立場で委員として参画していた経験を踏まえ、今秋以降に見込まれる審議がどのような行方となるのかを見通してみたい。

2.次回年金法改正のスケジュール

国民年金、厚生年金保険などの公的年金制度は、少子高齢化に伴う公的年金加入者の減少や平均寿命の延びなど、社会の人口・経済全体の状況を考慮して、給付と負担のバランスを自動的に調整する仕組みがある。そして、これらのバランスがとれているかどうか確認するため、少なくとも5年ごとに、最新の人口や経済の状況を反映した、長期にわたる財政収支の見通しを作成しており、これを「財政検証」という。前回の財政検証結果は2019年8月に公表されており、従って次回は2024年に実施されると見込まれる。

これを受けて通常は翌2025年に国民年金法、厚生年金保険法などの法律改正が実施されるが、確定給付企業年金法、確定拠出年金法などの企業年金が補完的な意味合いを有し、受給開始可能年齢他の整合性が必要であるなどから、これらに関する法律改正も併せて実施されることが多い。

3.企業年金・個人年金部会のスケジュールの見通し

前回法律改正以降暫く休会していた部会が、2022年11月に約2年ぶりに再開された。これは前回、以前の「企業年金部会」から、個人年金に分類される個人型確定拠出年金(以下、iDeCo)の加入対象拡大に伴う加入者数の急増等を受けて、働き方やライフコースの多様化等の社会情勢の変化を踏まえた議論を行うため「企業年金・個人年金部会」としてリニューアルされて再開されたのに比べ、1年4か月も早い立ち上がりである。理由の一つは、政府の「新しい資本主義実現会議」が同年11月28日に出した「資産所得倍増プラン」でiDeCo他が言及されたことによる。

前回は途中に財政検証結果の公表を挟んで、2019年12月開催の第10回でそれまでの議論の整理を取りまとめており、今回も同様であれば2024年12月を目途に取りまとめられると見込まれる。

4.これまでの部会での審議

11月の再開後、年内は資産所得倍増プランを受けた部会での対応スケジュールなどが議論され、2023年4月から通常の議論が始まった。当研究所所属の谷内委員のWPPモデル(→「シン・年金受給戦略」)と他2名の有識者のヒアリングを皮切りに、続く5、6月の第22~24回では恒例の関係団体からのヒアリングが行われた。2019年3月に実施された前回と比較すると、経団連と連合が外れて11団体から9団体に減少した一方、回数は逆に2回から3回に増加した。これにはヒアリング内容を重視し、より丁寧に議論したいという、再開後新たに就任した森戸英幸部会長の意向が反映されているのではないかと思料する。

5.ヒアリング結果を受けて

直近7月24日開催の第25回では、ヒアリング結果を受けて主な意見が取りまとめられた。といっても総論と4月の第21回で事務局である厚生労働省が作成した「私的年金制度(企業年金・個人年金)に関する今後の検討における主な視点」(以下、主な視点)に記載された①働き方・ライフコースに対応し公平で中立的な私的年金制度の構築、②私的年金制度の普及・促進、③資産形成を促進するための環境整備(投資教育・運用関係見直し)の3つの視点に沿って、これまでの部会委員からの意見も含めて網羅的にまとめ直しただけであり、そのため大項目だけでも24にのぼり、中項目・小項目ではそれぞれ46、119と膨大な数である。これ以外にも、これまでの法改正、年金部会と企業年金・個人年金部会の意見書等において引き続き議論するとされている事項、閣議決定等を踏まえた論点として、8つの大きなテーマも示されている。部会の場においても一部の委員より「今後どのように議論を進めていくのか」という問いかけがあった。

具体的な議論の方法は示されていないが、今秋以降おそらく視点ごとにもう少し軽重を付けた資料が示され、それに沿って議論が進められていくものと考えられる。そうでないと、たとえゴールの想定が2024年12月と少し先であっても、全てを議論するにはとても時間が足りないためである。筆者が経験した前回の審議の際にも、資料に載せられてはいるものの実際には中長期的な課題として振り分けられていて、議論の俎上には乗せられなかったものも少なからずあった。

6.今後の審議に影響を与えるファクター

今後中心となって議論される内容を考えるに当たって、影響を与えそうな直近の動向に触れておく。部会の場でも一部の委員から「政府の考え方は気に留めておく必要がある」との趣旨の発言があった。

最も重要なのは、2023年6月15日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2023」、所謂「骨太の方針」である。第2章1.の(家計所得の増大と分厚い中間層の形成)に「(前略)iDeCoの拠出限度額及び受給開始年齢の上限引上げについて2024年中に結論を得る(後略)」との記載がある。また同時に閣議決定された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版」においても「(前略)iDeCoの加入可能年齢を 70 歳に引き上げる。このため、来年の公的年金の財政検証に併せて、所要の法制上の措置を講じる」「iDeCoの拠出限度額の引上げ及び受給開始年齢の上限の引上げについて、来年の公的年金の財政検証に併せて結論を得る」と、より具体的な記載がある。

またこれら2つの閣議決定では、退職給付課税制度の見直しに関しても言及がある。具体的には退職所得控除が勤続20年を境に勤続1年あたりの控除額が40万円から70万円に増額されるという長期勤続優遇の是正であるが、特徴的なのは双方ともに「見直しを行う」と言い切っている点である。加えて6月30日に公表された政府税制調査会による中期答申でも、表現はややマイルドではあるものの「対応を検討する必要が生じてきている」との記載がある。但しこれに対しては一部で「サラリーマン増税」との批判が広がったため、関係筋で沈静化に努めている状況である。

7.今後の審議の行方

以上を踏まえて今後中心となって議論される内容について、私見ではあるが5.の「主な視点」の資料の順に沿って挙げてみたい。

(1)DCの拠出限度額引き上げ・生涯拠出限度額・キャッチアップ拠出…視点1

単年度の拠出限度額引き上げ、生涯拠出限度額・退職準備世代である一定年齢以上の加入者に対する追加の拠出枠であるキャッチアップ拠出の創設は多くの関係団体が言及しており、また両閣議決定においてもiDeCoに関してはスケジュールを含めて言及しているので必須のテーマとなるであろう。焦点の一つはiDeCoのみならず企業型確定拠出年金(以下、DC)においても内容が同期されるか、という点である。また2024年12月に予定されている確定給付企業年金(以下、DB)、DCの拠出限度額の合算管理にも関係するため、影響範囲は大きい。

(2)特別法人税の廃止・受給に関する税制…視点1

我が国独特の制度である特別法人税は、企業年金への課税を給付時まで繰り延べている延滞税として積立金に課税するものであるが、DBにおいては2001年の制度創設時から現在まで課税が停止され続けている。以前から多くの関係団体が言及しているテーマだが、単に特別法人税のみを廃止することは容易ではなく、また筆者が2023年2月の経済研レポート(→時評「次回年金法改正2025を見通す」)で触れたとおり、検討の場での力関係は「民<官(厚労)<官(財務)<政」であるため、6.で触れた退職給付課税制度を政治がどのように扱うかが大きく関係する。

本件は、従業員が退職時に一時に企業から受け取る退職手当と同様に、企業から受け取るのではないものの企業年金制度からの一時金給付が「みなし退職手当等」として課税されるため、深く影響を及ぼすテーマである。昨今、大きな懸案事項として捉えられている一時金受給から年金受給への促進と併せて、深く議論されるのではないだろうか。

(3)定年延長に伴う給付減額の判定基準…視点3

前回財政検証時に初出のテーマであるが、今回も多くの関係団体が言及している。定年延長は現状多くの企業で検討・実施中であり、企業年金の支給繰り延べにおいてどのような制度設計が認められるかは重要である。また単体では影響は大きくないと見えるかもしれないが、基本的に減額変更が認められていないDBにおいて、変更前後の給付水準をどのように判定するかは、定年延長以外のケースへの広がりが大きい。また人生100年時代を踏まえ、4.の「WPPモデル」におけるWork Longer、Private Pensions=就労延長、私的年金等に関係しており、各企業が65歳そして今後更に70歳も見据えた定年延長を制度化していくにあたって、重要な基準変更となり得る。

8.終わりに

7.に加え前回から引続きのテーマとして「個人退職年金勘定の創設」がある。個人退職年金勘定とは米国で既に一般的な退職後の資金積立制度で、国民一人が一つだけ保有する共通の拠出枠を設け、DB、DC、iDeCoに加え企業の退職一時金からの拠出も含め、この勘定に対して退職所得控除を設けるという仕組みである。こと税制改正に関する内容としては、個々の企業年金制度改訂が複雑に絡み合っているため、それらを一挙に解決する近道の一つであると考えられる。今回の法律改正で創設の検討にまで至るのは時間的に難しいかもしれないが、さらにその先2030年の年金法改正に向けて、今回の議論で何らかの舵が切られるのではないだろうか。

以 上

小川 伊知郎


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。