年金法改正 2025 企業年金分野の今後の展望

~「企業年金・個人年金部会における議論の中間整理」を受けて~

小川 伊知郎

要旨
  • 次回の財政検証は本2024年、年金法改正は翌2025年に実施され、企業年金・個人年金部会(以下、部会)での議論は、2024年12月に取りまとめられる。

  • 前回は無かった「部会における議論の中間整理」は2024年3月に公表されたが、内容はこれまでの意見をとりまとめたものであり、総数で120と膨大なものであった。

  • 2023年6月に取りまとめられた「骨太方針2023」「グランドデザイン」、2024年4月に設置された「金融経済教育推進機構」が、今後の部会での審議に影響を与えると考えられる。

  • 今後の部会では「穴埋め型・共通の非課税拠出枠」「生涯拠出枠・キャッチアップ拠出」「iDeCo・企業型DCの拠出限度額」「iDeCoの加入可能年齢の引上げ」「中小企業などへの普及の取組」「見える化」「健全化法」が中心となって審議されるのではないか。

目次

1.はじめに

いよいよ5年に一度の公的年金制度の財政検証の年度を迎えた。続く翌2025年の年金法改正に向けて、社会保障審議会の各部会で審議が続いている。このうち企業年金分野を所掌している企業年金・個人年金部会(以下、部会)では、2022年11月の再開から数えて直近の2024年3月までに15回の審議を重ね、「議論の中間整理」がまとめられた。今後の検討の詳細は明らかにされていない状況ではあるが、これまで部会委員に随行して傍聴してきた審議の現場、また前回財政検証、法律改正時に(公社)日本年金数理人会理事長の立場で部会委員として参画していた経験を踏まえ、今後を展望してみたい。

2.次回年金法改正のスケジュール

国民年金、厚生年金保険などの公的年金制度は、少子高齢化に伴う公的年金加入者の減少や平均寿命の延びなど、社会の人口・経済全体の状況を考慮して、給付と負担のバランスを自動的に調整する「財政検証」という仕組みがある。ここではこれらのバランスがとれているかどうか確認するため、少なくとも5年ごとに、最新の人口や経済の状況を反映した長期にわたる財政収支の見通しを作成する。次回の財政検証結果は今2024年夏に公表される予定である。

これを受けて翌2025年に国民年金法、厚生年金保険法などの法律改正が実施されるが、確定給付企業年金法、確定拠出年金法などに関する法律改正も併せて実施されることが多い。これは企業年金が公的年金の補完的な意味合いを有し、受給開始可能年齢等との整合性が必要とされるからである。

3.部会の今後のスケジュールの見通し

5年前となる前回の検討時には部会としての中間整理は無く、途中に財政検証結果の公表を挟んで、2019年12月にそれまでの議論の整理が取りまとめられている。今回も今夏の財政検証結果の公表を挟んで、2024年12月に取りまとめが予定されている。4月以降の具体的なスケジュールは明らかにされていないが、前回を振り返ると4月から11月の8か月のうち6回に亘って議論が深められており、今回も同様に2巡目の審議が順次展開されると予想される。

4.これまでの部会での審議の経過

2022年11月の再開後、年内は資産所得倍増プランを受けた部会での対応スケジュールなどが審議され、2023年4月から通常の審議が始まった。部会委員他計3名の有識者のヒアリングを皮切りに、続く5、6月に3回をかけて恒例の関係団体からのヒアリングが行われた。7月のヒアリング結果等のまとめと2023年6月に取りまとめられた「骨太方針2023」(=「経済財政運営と改革の基本方針2023 加速する新しい資本主義~未来への投資の拡大と構造的賃上げの実現~」)等の内容の確認を受けて、夏休み後の9月からは、4月に事務局である厚生労働省が作成・報告した①働き方・ライフコースに対応し公平で中立的な私的年金制度の構築、②私的年金制度の普及・促進、③資産形成を促進するための環境整備(投資教育・運用関係見直し)の3つの視点に沿って審議が進められた。途中、初となった12月の年金部会との合同開催(小川(2024)参照)を経て、年明けからは存続している残り5つの厚生年金基金の見直し期限となる2024年3月を睨んで、解散や他制度への移行を促す「健全化法」への対応についても取り上げるなど、細大漏らさず幅広い審議が行われた。

5.議論の中間整理の概要

直近2024年3月開催の部会では、それまでの議論を受けた中間整理が取りまとめられた。といっても「はじめに」「結びに」以外では、4.で触れた①~③の3つの視点と「健全化法」に分けて、これまでの部会委員からの意見を網羅的にまとめ直しただけであり、それぞれの意見を受けて今後どういう方向で審議を進めていくかは、この内容からは窺い知れないし、事務局自身も方向性を示す位置づけのものではないと説明している。この結果、その内容は大項目だけでも16にのぼり、総項目数は65、記載された意見の総数は120と膨大である。

6.今後の審議に影響を与えるファクター

今後中心となって審議される内容を展望するに当たって、影響を与えそうなファクターとその直近の動向に触れておく。

一点目は「骨太方針2023」である。同時に閣議決定された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版」(以下、グランドデザイン)で触れられた内容の検討のため、2021年10月15日に設置/開催された「新しい資本主義実現本部/会議」の下に、2023年10月4日に「資産運用立国分科会」が設置された。そこでは、同年12月13日に開催された第4回分科会において、「資産運用立国実現プラン」が公表されており、その「2.進捗状況の確認」に「内閣官房等において、下記施策の進捗状況を、2024 年6月目途に確認する」との記載がある。よって、今後部会においてもこのスケジュールを意識した対応がなされるのではないだろうか(年金通信(2023)参照)。

二点目は金融経済教育推進機構での議論である。これは2024年1月29日開催の部会でも触れられているが(厚生労働省(2024)参照)、2023年11月29日公布の「金融サービスの提供及び利用環境の整備等に関する法律」に基づき、2024年4月5日に設立されたもので、同25日に第一回の運営委員会の開催が、8月に本格稼働がそれぞれ予定されている。その目的は「適切な金融サービスの利用等に資する金融又は経済に関する知識を習得し、これを活用する能力の育成を図るための教授及び指導(金融経済教育)を推進すること」とされている。主要な事業として1.講師派遣、2.イベント・セミナー、3.個別相談、4.認定アドバイザーが掲げられている。

このうち3.個別相談事業の概要として「家計管理や生活設計、NISA・iDeCoといった資産形成支援制度、金融商品・サービス等についての一般的な情報提供を行うための電話相談窓口(最大30分間)を設置」とある。また、アドバイスを行う具体的な者としては、4.認定アドバイザー事業において認定要件の一つとして「家計管理、生活設計、NISA・iDeCo等の資産形成支援制度、金融商品・サービス、消費生活相談等に関するアドバイスを提供するために有益な資格(CFP、AFP、FP技能検定(2級以上)、外務員(1種)、弁護士等の士業、消費生活相談員など)及び一定の業務経験(原則として当該資格に関するもの)を有すること」とされている。いずれもiDeCoが例示されているため、部会でも今後の審議の中で取り上げられる可能性が高いと考えられる。

7.今後の審議の展望

以上を踏まえて今後審議されると見込まれる内容について、私見ではあるが5.に記載の中間整理の見出し(=視点1~3、健全化法)の順に沿って挙げてみたい。

(1) 穴埋め型・共通の非課税拠出枠…視点1

これまで企業年金・個人年金等に関する制度・税制が段階的に整備・拡充されてきた中で、働き方や勤め先の企業によって受けられる税制上の非課税枠が異なっているなどの課題がある。この点に関して、老後の所得確保に向けた支援の一つである非課税拠出の枠を公平にするとともにわかりやすい制度とする観点から、iDeCo等を活用した「穴埋め型」や「共通の非課税枠」について部会で提案があった。そのための一つの方法として、前回から引続きのテーマである「個人退職年金勘定の創設」がある。個人退職年金勘定とは米国で既に一般的な退職後の資金積立制度で、国民一人が一つだけ保有する共通の拠出枠を設け、DB、企業型DC、iDeCoに加え企業の退職一時金からの拠出も含め、この勘定に対して退職所得控除を設けるという仕組みである。今回の法律改正で創設の検討にまで至るのは時間的に難しいかもしれないが、さらにその先2030年の年金法改正に向けて、今後の審議でも再度取り上げられるのではないだろうか。

(2) 生涯拠出枠・キャッチアップ拠出…視点1

企業年金の多くが賃金カーブに応じた設計となっているため、若年期と中高年期とで企業年金の拠出額に差がある実態や、ライフコースに応じて個々人の拠出額は変動することから、拠出限度額の未利用分を繰り越して使える生涯拠出枠や、一定年齢以降の退職準備世代に対する追加の拠出枠であるキャッチアップ拠出について部会で提案があった。また2023年のヒアリングにおいて多くの関係団体が言及していることもあり、より具体的な内容が審議されると考えられる。

(3) iDeCo・企業型DCの拠出限度額…視点1

「骨太方針2023」「グランドデザイン」においてiDeCoに関してはスケジュールを含めて言及されているので必須のテーマとなるであろう。焦点の一つはiDeCoのみならず企業型DCにおいても内容が同期されるか、という点である。これらは2024年12月に予定されているDB、DC、iDeCoの拠出限度額の合算管理にも関係するため、影響範囲は大きい。

(4) iDeCoの加入可能年齢の引上げ…視点1

「骨太方針2023」第2章1.の(家計所得の増大と分厚い中間層の形成)に「(前略)iDeCoの拠出限度額及び受給開始年齢の上限引上げについて2024年中に結論を得る(後略)」との記載がある。また「グランドデザイン」においても「(前略)iDeCoの加入可能年齢を 70 歳に引き上げる。このため、来年の公的年金の財政検証に併せて、所要の法制上の措置を講じる」「iDeCoの拠出限度額の引上げ及び受給開始年齢の上限の引上げについて、来年の公的年金の財政検証に併せて結論を得る」と、より具体的な記載があるため、検討が進められると考えられる。議論の大きなポイントは、これまで拠出の要件としてきた公的年金への加入の有無との関係をどう整理するか、国民年金を受給しながらiDeCoにも拠出できる人まで範囲を広げる必要があるかどうか、という点であろう。

(5) 中小企業などへの普及の取組…視点2

DBでは総合型DB、簡易な基準に基づくDB、受託保証型DBなど一定数採用されている一方、企業型DCでは簡易型DCは未だ利用実績がない。また企業年金制度ではないがiDeCoプラスでは従業員数の要件を緩和してきた。更にそれぞれの手続きを簡素化することも含めて、普及策についてより詳細な審議が継続されると考えられる。

(6) 見える化…視点3

一口に見える化といっても、制度ではDB・企業型DC・iDeCo、対象者では加入者・受給者・事業主・投資家、局面では拠出・運用・給付など切り口はさまざまである。実現に当たっては、企業年金を実施する事業主へのデータ提供依頼、法整備、データの正当性の担保、個人情報に対するセキュリティなどの体制構築、コスト負担など課題も多い。また見える化することの目的の一つが他との比較可能性とされているが、例えばDBの掛金を計算するための予定利率は、一概に高ければ或いは低ければいいというものでなく、母体企業の経営戦略そのものにも深く関係する内容である。このように、正しく見える化するためには関連する多くの項目を同時に見える化すること、またそれらを正しく理解するスキルを前提とすることが必要であり、なかなか一筋縄ではいかない。従って、継続して審議されるものの、結論を得るためには相応の期間を要するのではないかと考える。

(7) 健全化法

2014年4月1日施行の「健全化法」(=公的年金制度の健全性及び信頼性の確保のための厚生年金保険法等の一部を改正する法律)では、1966年10月に創設され50年近い歴史がある厚生年金基金の新設が認められないこととなり、自主的な解散あるいは他制度への移行を促進するため、5年間に限ってより解散等がしやすい措置が設けられた。加えてその附則第2条で、施行から10年を経過する日である2024年3月31日までに、存続している厚生年金基金の解散等について検討し、速やかに必要な法制上の措置を講ずるものとされていた。

この健全化法に関する議論が初めて取り上げられたのは、2024年1月になってからである。ひょっとしたら事務局でも継続検討ということであっさりと決着すると想定していたのかもしれないが、実際には部会長も含め多くの委員が解散あるいは他制度への移行の意見を表明したこともあって、続く2月にも議題に上り、更に同様の意見の委員が増加した。私見では、単に残存数が少ないからと言って制度収束に向かうべきとは言えない一方、そもそも健全化法が施行された10年前を思い起こすと、当初は厚生年金基金制度は廃止で進んでいたが、最後は相応の要件を満たせば存続も可能と変節した印象が強く残っており、今回の議論の方向性は充分に理解できる。

8.終わりに

今後の審議に大きな影響を与えるのは、何と言っても財政検証結果である。推計に使用する経済前提他の数値が前回5年前とは大きく変わる環境にあり、その結果将来の投影結果も大きく変わる可能性がある。また、財政検証が法律で要請されている「現行制度に基づく『財政の現況及び見通し』の作成」であるのに対し、オプション試算は「年金制度の課題の検討に資するような検証作業」と位置付けられており、前提を変えて行われるこちらが、より重要なものとなっているため、オプション試算の内容にも注目する必要がある。特に年金部会で審議されている基礎年金の拠出期間の延長も、今後の部会での審議に影響を与える。

いずれにしても税制改正を伴うような大きな改正は、この5年に一度の機会が中心となるため、今回具体的な制度改正までは時間的に難しいテーマについても、さらにその先2030年の年金法改正に向けて、今回の審議で端緒についてもらいたい。その際、必要に応じて年金部会との再度の合同開催を期待したい。

以 上


小川 伊知郎


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。