時評『年金法改正2025に向けての変化の兆し』

小川 伊知郎

いよいよ公的年金制度の財政検証の年を迎えた。財政検証では厚生年金保険法他の改正に先立って、5年に一度年金財政をチェックする。社会保障審議会において年金部会が一昨年10月に、企業年金・個人年金部会(以下、企個部会)が同11月にそれぞれ再開され、これまで双方とも10回を超える審議を重ねてきており、今まさに佳境に入っている。既に明らかにされているスケジュールによれば、年金部会では、本年1月に「年金財政における経済前提に関する専門委員会」から受けた財政検証の基礎となる報告を基に、更にオプション試算についても審議を重ね、夏には財政検証結果が報告される見込みである。財政検証が法律で要請されている「現行制度に基づく『財政の現況及び見通し』の作成」であるのに対し、オプション試算は「年金制度の課題の検討に資するような検証作業」と位置付けられており、前提を変えて行われるこちらが、より重要なものとなっている。なお、財政検証の結果は将来の状況を正確に見通す予測(=forecast)というよりも、現時点で得られるデータを一定のシナリオに基づき将来の年金財政へ投影(=projection)するものという性格に留意が必要であり、後年に合ったか否かを判断すべきではない。他方、企個部会でも広範囲な審議が進められている(→https:// www.dlri.co.jp/report/ld/271160.html)。

さて、今回の審議ではこれまで無かった取組みがあった。企個部会の前身の企業年金部会は2013年秋に年金部会から分離する形で新設されたので、既に実施されていても何の不思議もなかったのだが、昨年12月11日に年金部会と企個部会が初めて合同開催されたのである。そもそも確定給付企業年金法、確定拠出年金法はそれぞれ第1条において「(前略)もって公的年金の給付と相まって国民の生活の安定と福祉の向上に寄与すること」を目的としており、企業年金と公的年金がお互いに意識しあって審議を進めるのは必然的とも言える。

合同開催では、老齢厚生年金の受給者が同時に会社などで働いて賃金を受け取る場合、一定の基準を超えると年金の一部または全部が支払われなくなる「在職老齢年金制度」を廃止してはどうか、という意見が出されている。所管している年金部会では既に審議の対象となっていたが、これは企個部会での有識者からのヒアリングで示された公私年金の新たな役割分担である「WPP」(=Work longer,Private Pensions, Public pensions=まずなるべく長く働き、退職金・企業年金・iDeCo等の個人保障を総動員して中継ぎし、繰下げして厚みを増した公的年金を終身に亘って受給し長生きのリスクを担保する→https://www.mhlw.go.jp/content/1060 0000/001020919.pdf)において、最初に考慮すべき「W=長く働くこと」と極めて密接に関係している。老後の収入を就労延長によって賄おうとするときに肝心の年金額が減額されてしまうのでは、折角の国の雇用・労働法制の改正に沿った企業による定年延長等の対応に水を差す形となり、延いては「1番目のP=私的年金」の受給方法の選択に良くない影響を及ぼすこともあるため、企個部会においてもまた重大な関心事である。

前回の法改正時に(公社)日本年金数理人会理事長(→https://general.jscpa.or.jp/about/ successive.html)の立場で、私自身が企個部会委員を務めた。その際の印象では、企個部会では年金部会の動きを把握していないと審議に参画しづらい一方、年金部会では多くの委員が企個部会の審議をトレースしているものの、必ずしも全ての委員がそうでは無かった印象を受けた。これに対して、今回の合同開催の好影響はその後の両部会で現れており、年金部会では一部のテーマに関しては再度合同開催して企個部会の意見も参考にして審議を進めたいとの発言が見られ、企個部会でも年金部会委員の意見を引用した発言があった。

とまれ、今回の合同開催が変化のきっかけになっているのは大変望ましいことであり、今後もしっかりとした審議が積み重ねられて、より良い制度が構築されていくことを、老後を控えた一国民としても大いに期待するところである。

小川 伊知郎


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