時評『次回年金法改正2025を見通す』

小川 伊知郎

次回の厚生年金保険法他の改正は、5年に一度のチェックである2024年の財政検証を経て25年に実施される予定である。それに先立ち社会保障審議会で議論されるが、既に年金部会が昨年10月に、企業年金・個人年金部会(以下、企個部会)が11月にそれぞれ再開された。これは前回に比べて年金部会は約半年、企個部会に至っては1年以上早い立ち上がりであった。年金部会は基礎年金の将来の減少幅を抑える検討のため、企個部会は「資産所得倍増プラン」に個人型確定拠出年金iDeCoの改革に関して22年末までに方向性を定めることが謳われていたためである。結果、加入可能年齢・拠出限度額・受給開始可能年齢の上限の各引上げは「次回財政検証に併せて」と、極めて穏当な対応となった。年金法改正は国民の最大の関心事の一つであるから、検討期間が長く持てることを奇貨として、広く国民に資する改正となることを期待したい。自身、前回の法改正時には(公社)日本年金数理人会理事長(→https://general.jscpa.or.jp/about/successive.html)として企個部会に参画したので、その経験も踏まえて、あくまで私見ではあるが現時点で次回年金法改正を見通してみたいと思う。

その前に年金制度に関するよくある誤解2つを解いておきたい。1つ目は損得問題で、自らが収めた額と年金額を比較して高齢者は得で若者が損するという話を聞くが、これは年金制度を貯蓄と勘違いしている典型的な事例である。「厚生年金」と略して呼ばれることが多いが、正しくは「厚生年金保険」である。火災・自動車保険では火事・事故に遭わなかったから損したという人はいない。同様に自らが何歳まで生きるかわからないからこそ、終身に亘って支給される保険性が重要なのである。高度成長期頃までは家族間での私的扶養が主であったが、現在ではそれも叶わず社会全体で扶養し、当局はこれを「社会的扶養」と呼んでいる(→https://www.mhlw.go.jp/nenkinkenshou/index.html)。現企個部会委員である弊社谷内陽一主席研究員が産みの親の「WPP」モデル(=Work longer,Private Pensions,Public pensions)、即ちまずなるべく長く働き、退職金・企業年金・iDeCo等の個人保障を総動員で中継ぎし、繰下げして厚みを増した公的年金を終身に亘って受給し長生きのリスクを担保するという考え方は、保険であるからこそ成り立つのである(→https://www.dlri.co.jp/guide/syoseki.html#38)。

2つ目は財政検証の意味合いである。ここでは複数の人口動態・経済前提に基づいた将来の姿が現される。それらを「予測(=forecast)」と捉え、後年それが当たった、外れたと話題にされがちであるが、財政検証は将来の姿の「投影(=projection)」に過ぎない。重要なのは寧ろ前提を変えて行われる「オプション試算」であり、次回以降の財政検証時にも是非これに注目して頂きたい。

さて次回の見通し(=forecast)であるが、まず公的年金は勤労者皆保険のもと、現在加入除外が認められている範囲をどこまで小さくできるか、そして国民年金の加入期間を現在の40年から延長できるかが焦点である。検討の場では「民<官(厚労)<官(財務)<政」の順に力を持っており、加入期間延長には多額の公費負担、即ち税金が必要であるため、政治がいかに力を発揮できるかにかかっているであろう。なお「国民」はこの順序集合の中で本来一番右に位置されているはずであるが、実際には民と並んで左端という残念な状況である。

他方企業年金は近年、拠出建て(=DC)優勢、給付建て(=DB)劣勢が続いているが、企個部会のDCに詳しい委員と話してもDBが中心であるべきとの意見が多かった。DBでは前回財政検証時最後の「議論の整理」で特別法人税廃止、掛金上限設定、中途引出し制限が挙げられていたが、これらは相互に関係しているテーマであり、次回法改正で結論に至らないまでも、何らかの方向性を見るのではないか。前述の力関係の元では制度の良し悪しよりも課税のサイズが優先されがちとなる。特法税を廃止するだけでは難しく、JIRAと呼ばれる日本版退職給付勘定の導入に検討の舵が切られるのではないだろうか。諸外国と異なり企業の退職一時金からの移行であるDBでは、掛金上限設定や中途引出し制限は馴染まず、企業型の他に自助努力であるiDeCoも併せ持つDCとは、本来別の考え方のもとで検討が進められるべきであろう。

小川 伊知郎


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