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なぜ「防衛費・GDP比2%」が争点となるのか

~経済成長なくして防衛できず、安全保障・経済の視点で分かりやすく~

石附 賢実

要旨
  • 「防衛費・GDP比2%」の「2%」は言うまでもなく、100分の2、つまりGDPに対する「比率」、別の言葉でいえばGDPに掛ける「係数」である。
  • 「GDP比2%」の意味は「即応性のための軍備の増強」とともに、より直接的には国内外に「政治的意思」を示すことにある。
  • NATOでは経済力に対する応分の貢献、「GDP比2%」をガイドラインとしている。特に米国一強の下で安定した国際秩序を享受していた2000年代と異なり、中国の台頭によるパワー・バランスの変化、ロシアによるウクライナ侵略を背景に、米国以外のNATO加盟各国、あるいは日米同盟に関わる日本において、国内外から応分の貢献を求める圧力が高まっているのが現状と言えよう。
  • 中国と日本における防衛費の「比率」と「実額」の推移を比較すると、両国の防衛費の差に関し、経済成長の差が決定的に重要な役割を果たしている。仮に「2%」について国民の理解とともに政治的な決断ができたとしても、係数を掛けるGDP、すなわち経済成長が伴わなければ防衛力はいずれ相対劣後していく。
  • 「2%」の意思表示の議論は重要であるが、さらにその先を見据えて、岸田政権の「新しい資本主義」の下、人材育成やビジネス環境の改善を進めていくことが経済安全保障の確保や経済成長に繋がり、ひいては防衛力、国力を左右していくことをあらためて認識し、あらゆる手段を総動員すべきであろう。
目次

1.「防衛費・GDP比2%」を巡る動向

現在、岸田政権の下で2022年末に向けて「国家安全保障戦略」・「防衛計画の大綱」・「中期防衛力整備計画」といった防衛に関わる基本方針の見直しが進められている。岸田首相がこれらの見直しを表明した後、2022年2月のロシアによるウクライナ侵略が発生し、同年7月の参院選でも争点の一つとなったこともあって、特に「防衛費・GDP比2%」(注1)がこれらの基本方針にどのように反映されていくのかが注目される。

2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵略は欧州諸国を震撼させ、一部の国で防衛費の見直しの動きが出ている。特にドイツのショルツ首相は侵略のわずか3日後の2月27日に、近年GDP比1.1-1.4%で推移していた防衛費を同2%超に引き上げる歴史的な方針転換を打ち出した。2014年に承認されたNATO(北大西洋条約機構)の“Defense Investment Pledge”(防衛投資誓約)では「2%」について2024年までの達成が求められているが、2021年時点で達成しているのは30か国中8か国のみである。今般のロシアによるウクライナへの侵略によって達成に向けた動きが加速することが想定される。

日本に目を向けると、自民党は2022年4月の「新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言」(注2)において、「NATO諸国の国防予算の対GDP比目標も念頭に、我が国としても、5年以内に防衛力を抜本的強化するために必要な予算水準の達成を目指すこととする。」とした上で、同年7月の参院選の公約においても同様の方針を示した。同年8月10日の内閣改造後の浜田新防衛大臣も就任会見の質疑応答のなかで、NATOの目標を引き合いに「対GDP比は指標として一定の意味がある」「防衛費の内容や規模等については、新たな国家安全保障戦略等の策定や今後の予算編成過程において検討してまいりたい」と述べている(注3)。日本の防衛費のGDP比は現状1%強にすぎず(資料3)、将来的に2%を目指すこととなれば、倍増に近い水準となる(注4)。

2.「2%」の意味は、より直接的には「政治的意思」

2%は言うまでもなく、100分の2、つまりGDPに対する「比率」、別の言葉でいえばGDPに掛ける「係数」である。もちろん比率だけでは防衛費の額は定まらない上、防衛費の使途が効果的なものとなる保証もなければ、より小さい比率で効果的な防衛力を確保するという発想もあり得よう。それでは、「比率」を示すことにはどのような意味があるのであろうか。自民党が念頭に置いているとするNATOの説明が分かりやすい。NATOホームページ上のトピックス“Funding NATO”(注5)では、NATO加盟国において、米国と米国以外のGDPはほぼ半々(51:49)にも関わらず、後者の防衛費は半分よりもずっと少ない(69:31)という、このアンバランスを指摘している(資料1)。そして「2%」のガイドラインについて、アンバランスの改善を通じて「同盟国の軍事的即応性(readiness)を確保すること」を企図するとともに、「NATOの共通防衛努力に貢献する国の政治的意思(political will)を示すもの」と説明している。「比率」は防衛費増から軍備の増強を通じて「即応性」に効果をもたらすと考えられるが、先述のドイツの方針転換のインパクト、あるいは日本における論争の通り、「政治的意思」に対してより直接的な効果をもたらしていると考えられる。

一般的に同盟とは、ある同盟国が攻撃された場合に他の同盟国にも防衛義務が発生する、言い換えれば他国のための犠牲を覚悟する、極めて強固な関係である。他国にも守ってもらう以上、同盟国として応分に貢献するのは当然であり、その「政治的意思」を示すものとして、NATOでは経済力に対する応分の貢献、「GDP比2%」をガイドラインとしている。特に米国一強の下で安定した国際秩序を享受していた2000年代と異なり、中国の台頭によるパワー・バランスの変化(注6)、ロシアによるウクライナ侵略を背景に、米国以外のNATO加盟各国、あるいは日米同盟に関わる日本において、国内外から応分の貢献を求める圧力が高まっているのが現状と言えよう。日本に限らず、社会保障費を始めとした国家予算のパイの配分、奪い合いのなかでどれだけ防衛費に割くのか、2%は国内外への「政治的意思」を示すものと言える。

図表1
図表1

3.「比率」と「実額」の推移:中国と日本

先述の通り、2%はGDPに対する「比率」であり、防衛費の「実額」が「比率」のみで決定されるものではないことは自明である。中国と日本の「比率」と「実額」の推移を比較すると、経済成長の重要性があらわとなる。

中国が大幅に軍事力を強化していることは、防衛費の「実額」をみれば明らかである。SIPRI(ストックホルム国際平和研究所)のデータにおいて、中国は2000年から直近2021年までに防衛費を13.2倍に増加させている(資料2、公表値ベース(注7))。しかし、GDP比でみると横ばいからむしろ若干低下傾向にあり、その裏返しとしてGDPを同期間で比較すると14.5倍(名目$、IMF WEO Database 2022年4月)と防衛費よりも大きな伸びとなっている。米国防省の分析によれば、2021年の中国の防衛支出は公表予算よりも1.1倍から2倍多いとされる(注8)ため、単純化した議論には注意が必要だが、少なくとも公表値ベースではGDP比で2%に届かない抑制的な水準、かつ経済成長よりも緩やかなペースで防衛費を増加させてきた佇まいとなっている。

図表2
図表2

同様に日本の防衛費を概観すると、ドルベースの実額は為替の影響で多少の凹凸はあるものの、実額とGDP比は当初の微減・横ばいから直近では増加傾向となっており、2021年はGDP比で1.07%とされる。この間(2000-2021)、日本のGDPは0.99倍と経済成長は停滞した(名目$、IMF WEO Database 2022年4月)。両国の防衛費のGDP比が横ばい程度で推移したにもかかわらず、防衛費の実額でみると2000年時点で日本が中国の約2倍であったものが2021年には逆に中国が日本の5.4倍となったことについて、経済成長の差が決定的に重要な役割を果たしている。

図表3
図表3

4.「2%」を確保したとしても、経済成長なくして防衛できず

日本の防衛費のGDP比1.07%という水準は防衛費上位国では突出して低い(文末参考資料1)。2%水準への引き上げは5兆円規模から10兆円規模へとその実額に大きく影響する。限られた予算のパイの奪い合いのなかで、「2%」の政治的意思を国内外に示すことについて国民の理解を得ていく必要がある。昨今の国際情勢の下で、中国とロシアに囲まれている日本が「機会を与えない」「備える」ことの重要性を含め、政府による分かりやすい基本方針の策定と説明がなされるべきであろう。

しかしながら、「2%」はあくまでも「比率」あるいは「係数」であることにあらためて留意する必要がある。将来的に防衛費がGDP比2%の水準に到達したとしても、その後のGDPが伸び悩めば、防衛費は横ばいとなる。2021年の防衛費当初予算5.34兆円を念頭に、単純化のため将来ある時点のGDP比2%水準の防衛費が10兆円と仮定して、その後のGDP比を固定化したとすれば、GDPがゼロ成長を継続すればその10年後も防衛費は10兆円にとどまる。GDPが3%成長を継続すれば10年後に防衛費は13兆円を優に超える(10兆円×1.0310)。為替やインフレを捨象した単純な議論ではあるがこの差は小さくないと感じられる。3兆円あればどれほどの装備や研究開発に充てられるか。防衛装備庁によれば令和3年度の主要装備の調達実績は1兆8,030億円である(注10)。他国の成長がいかほどかにもよるが、仮にGDP比2%を確保する「政治的意思」の表明について政治的な決断がなされたとしても、経済成長が伴わなければ防衛力はいずれ相対的に劣後し、抑止や防衛が困難になっていくこととなる。

5. 人材育成・ビジネス環境改善が防衛力、国力を左右する

これまでみてきた通り、防衛力の向上のためには経済成長が決定的に重要となる。そして日本が苛烈な国際競争を勝ち抜いて経済成長していくためには、人材育成とビジネス環境の改善が欠かせない。経済成長と両輪になる経済安全保障の視点でも、「戦略的不可欠性」を担保する技術の存在が必要である(注11)。2022年5月には経済安全保障推進法が成立し、省令等の詰めの作業に入っているが、法制化のみでは不十分で、この先の技術の陳腐化を乗り越えてイノベーションが常態化するような環境を整備して初めて意味をなす。残念ながら、日本においては米国などと比してスタートアップやユニコーン企業が圧倒的に少なく、博士号取得者数も減少傾向にある(注12)など、見通しが明るいとは言えない。岸田政権下の「新しい資本主義」において視座を高め、高等教育、リスキリング・リカレント、起業家教育、産学官連携、起業促進、DXやweb3などに資する政策を推し進めていかねばならない。

「2%」の意思表示の議論は重要であるが、さらにその先を見据えて、人材育成やビジネス環境の改善が経済安全保障の確保や経済成長に繋がり、ひいては防衛力、国力を左右していくことをあらためて認識し、あらゆる手段を総動員すべきであろう。

以 上

【注釈】

  1. GDP比の対象となる防衛費に含まれる費目は公表主体により異なるが、当レポートではその詳細には踏み込まない。なお、特に外国の事例を紹介する際は国防費・軍事費等の表現も一般的であるが、本稿では「防衛費」に統一する。
  2. 自由民主党「新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言」(2022)
    https://www.jimin.jp/news/policy/203401.html
  3. 浜田防衛大臣就任会見(2022)
    https://www.mod.go.jp/j/press/kisha/2022/0810a_r.html
  4. NATO基準では防衛費に退役軍人への恩給費や海上保安庁予算なども含まれ、岸防衛大臣(当時)は2022年1月、NATO基準の場合、日本の2021年防衛費の当初予算・補正予算はGDP比1.24%になる旨の説明をしている。
    https://www.mod.go.jp/j/press/kisha/2022/0114a.html
  5. NATOホームページ上のトピックス“Funding NATO”(2022年8月23日時点)
    https://www.nato.int/cps/en/natohq/topics_67655.htm
  6. 軍事費にまつわるパワー・バランスについては拙稿「世界軍事費ランキングとパワー・バランス」(2022)参照。
    https://www.dlri.co.jp/report/ld/186863.html
  7. SIPRI(ストックホルム国際平和研究所)のデータは各国政府等の公表値ベース
  8. 米国防省“Military and Security Developments involving the people’s republic of China 2021”(Nov 2021)(P142)
    https://media.defense.gov/2021/Nov/03/2002885874/-1/-1/0/2021-CMPR-FINAL.PDF
  9. 防衛省「令和4年版防衛白書」(P218)より防衛関係費(当初予算)の推移

図表4
図表4

  1. 防衛装備庁「中央調達における令和3年度調達実績及び令和4年度調達見込」
    https://www.mod.go.jp/atla/souhon/supply/jisseki/pdf/r03_jisseki_r04_mikomi.pdf
  2. 経済安全保障や戦略的不可欠性の概念は拙稿「ここが知りたい『なぜいま経済安全保障』なのか」参照。
    https://www.dlri.co.jp/report/dlri/184865.html
  3. 2022年8月24日文部科学省「令和4年度学校基本調査(速報値)」によれば2022年5月1日時点で博士課程在籍者数は75,267名(前年度比28名減)と減少傾向が継続。
    https://www.mext.go.jp/content/20220824-mxt_chousa01-000024177_001.pdf

【参考文献】

【参考資料】

  1. 防衛費推移(2021年上位12か国、名目・百万US$)

図表5
図表5

石附 賢実


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。