デジタル国家ウクライナ デジタル国家ウクライナ

ウクライナIT軍「ロシア人への声明」の衝撃

~あなたが知らないウクライナIT軍による情報伝達活動~

柏村 祐

目次

1.ウクライナIT軍による動画放送

ロシアによるウクライナ侵攻が始まり約3か月が経過した。筆者は以前、ウクライナ政府がウクライナIT軍を立ち上げ、その活動の1つとしてロシアに対しDDoS攻撃と呼ばれるサイバー攻撃を行っている実態を紹介した(注1)。

そのウクライナIT軍は、DDoS攻撃のみならず、サイバー空間を通じた活動を他にも展開している。その1つとして、ウクライナIT軍が動画「ロシア人への声明」を不定期に公開し、ロシアが展開するプロパガンダに対抗していることを確認できた。本稿では、その「ロシア人への声明」の内容から、実際にどのように対抗しているのかを確認し、その意義について考察する。

図表 1 「ロシア人への声明」の導入部
図表 1 「ロシア人への声明」の導入部

2.ウクライナIT軍が行うサイバー活動

ウクライナIT軍が不定期に公開する動画「ロシア人への声明」は、ロシアのウクライナ侵攻によりウクライナで起こっている出来事をロシア国民に伝えるという内容となっている。実際に筆者は、SNS上で「ロシア人への声明」を確認してみた。

例えば、ウクライナ国内で亡くなったロシア兵の親族に、その出来事を伝える動画がある。最初の動画が公開された日付は、2022年4月5日である。動画ではまず、ハッカーを思わせる人間の形を模した「顔」が、くぐもった声で「IT army is on air!」と語りかけてくる(図表2)。

図表 2 活動報告をする人間の形を模倣した「顔」
図表 2 活動報告をする人間の形を模倣した「顔」

その後、被害を受けたウクライナの建物の映像や、亡くなったウクライナ国民の顔を鮮明に認識できる映像など、通常のテレビ放送では観ることがない凄惨な映像が続く。コンピューターが創り出した人間の形を模した「顔」は、「ロシア政府は、この特別軍事作戦の実態を認識していない、そしてロシア軍のリーダーは、ロシア国民がウクライナ国内で亡くなったり、怪我を負っていることを隠している」と語っている。

またウクライナIT軍は、ウクライナ国内に放置されたロシア兵の亡骸の顔をAIで分析し発信している(注2)。まず、亡骸の顔とロシアのソーシャルメディアサービスVKontakte上に存在する顔を照合し、本人を推定する。そして、亡くなったロシア兵の親族、友人と思われる人のSNS上にその写真を掲載し、ウクライナで亡くなったことを伝えるのだ。ウクライナIT軍は、582体の遺棄死体を確認し、親族、友人に連絡したとしている。

ウクライナIT軍は、「ロシア人への声明」の中で、チェチェン紛争が収束した要因の1つとして「ロシアの兵士の母親の委員会」の存在を挙げている。1994年にチェチェン紛争が起きた際、「ロシアの兵士の母親の委員会」は消息不明の兵士の生死をロシア軍に照会したり、捕虜の交換に積極的な役割を果たし、ロシア国内の反戦機運を高めた団体として知られる(注3)。それを意識したものなのか、2022年4月5日の「ロシア人への声明」の最後では、コンピューターが創り出した人間の形を模した「顔」が、「今すぐあなたの子供たちが殺されるのを止めなさい」と、ロシアのウクライナ侵攻に反対するよう語りかけてくる。

また、2022年4月9日の「ロシア人への声明」では、ウクライナIT軍がロシア兵の妻に電話する場面が映し出される。そして、ウクライナで略奪行為をはたらくロシア兵の姿が鮮明に映し出される中、ウクライナIT軍とロシア兵の妻の会話が続く。そこでは、あなたの夫がウクライナのマリウポリで略奪行為を行っており、盗んだものがあなたに届いていないですか、とロシア兵の妻に問いかける。その問いに対して電話口の妻は、夫から荷物が送られてきたことを認める。さらにウクライナIT軍は、その兵士の名前や、妻が住んでいるロシア国内の住所を正確に言い当てていく。徐々に妻は、なぜそのような事実を知っているのかと困惑していく。動画の最後でウクライナIT軍は、「あなたの夫は、ウクライナ国民を殺し、盗んだものをあなたに送ったのだ」と伝える。

3.情報統制により国外の情報にアクセスできないロシア国民

ウクライナIT軍が「ロシア人への声明」のような情報発信を行うことの背景には、厳しい情報統制下において、国外からの情報を国民が把握しにくいというロシアの国内事情がある。

ロシアでは、ウクライナへの軍事進攻以降、相次いで海外のウェブサイトやSNSが閲覧できない状況となっており、国内で報道される情報は国営放送が主体となっている。2月24日以降にロシアのインターネット拒否リストに追加されたドメイン(インターネット上の住所)は、1,000を超えている(注4)。そのリストには、世界中で利用されるSNSやニュースサイトが含まれている(図表3)。ロシアでは海外サイトや海外のSNSが遮断されており、ウクライナ侵攻に関するロシア国民の情報源は国営メディアに限られている。

図表 3 ロシアにおけるインターネット拒否リスト
図表 3 ロシアにおけるインターネット拒否リスト

4.高度なIT技術を用いた新たな情報戦

顔認識技術を用いて情報を公開することはプライバシー侵害の点で問題となる可能性がある。また、そもそも現時点で「ロシア人への声明」の内容の真偽を検証することも困難である。

それでもウクライナIT軍が「亡くなったロシア兵の親族に兵士の死を伝えること」や「ロシア兵の略奪の出来事を妻に伝えること」といった情報を発信することには、ロシア国民への直接的な情報提供を通じてロシア国内の反戦機運を高め、プーチン体制の動揺を図ろうというウクライナの戦略的な意図がうかがえる。そのためにウクライナIT軍は、ロシア政府による遮断が行き届かないロシア国産SNS「VKontakte」や電話を通じて、ウクライナで起こっている出来事を伝える活動を行っているのではないだろうか。

このようなSNSを通じたロシア国民への情報発信については、従来の戦争では想定されていなかった、IT技術が高度に発達した現代における新たな情報戦が展開されているものと考えることができるだろう。


【注釈】

1)ウクライナIT軍「サイバー攻撃」の衝撃~誰もが簡単に参加できるDDoS攻撃が拡大する世界~「https://www.dlri.co.jp/report/ld/186918.html

2)ReutersHPより「https://www.reuters.com/technology/exclusive-ukraine-has-started-using-clearview-ais-facial-recognition-during-war-2022-03-13/

3)ロシアの兵士の母親の委員会HPより「http://soldiers-mothers-rus.ru/history.html

4)TOP10VPNHPより「https://www.top10vpn.com/research/websites-blocked-in-russia/#fn-2

柏村 祐


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

柏村 祐

かしわむら たすく

ライフデザイン研究部 主席研究員 テクノロジーリサーチャー
専⾨分野: AI、テクノロジー、DX、イノベーション

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ