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BMIの衝撃

~あなたが見ているものは電気信号の集積にすぎない~

柏村 祐

目次

見えない、聞こえない

「『現実』とは何だ?『現実』をどう定義するのだ?もし君が感じることができるものや、嗅ぐことができ、味わい見ることのできるもののことを言っているのなら、そのときの『現実』は君の脳が解釈した、単なる電気信号に過ぎないのだ。」(Lana Wachowski、Lilly Wachowski、William Gibson「The Matrix: The Shooting Script」より筆者和訳)これは映画マトリックスに登場する人物の印象的なセリフである。我々の五感が電気信号の集積であるとするならば、五感は電気信号を作り出すことによりコントロールできることを映画で表現している。

ブレイン・マシン・インターフェースの登場

私たちの五感を司る脳と機械を繋ぐことにより、脳の機能を強化したり、疾患を治療する技術をブレイン・マシン・インターフェース(以下BMI)という。BMIには非侵襲式と侵襲式がある。非侵襲式はヘッドマウントギアを、頭に装着することで、頭皮を通じて脳情報を取得する方法である。またスタンフォード大学が発表している「Brain-computer interface advance allows fast, accurate typing by people with paralysis」によれば、身体が麻痺している患者が画面上のカーソルを操作する実験では、1分あたり39個の正しい文字入力を実現しており、これは約8単語に相当する文字量である(図表1)。

一方、侵襲式は頭蓋骨を切開したうえで脳に直接BMIを埋め込む方式である。非侵襲式に比べて脳情報を正確に把握することができる。TeslaやSpaceXのCEOであるイーロン・マスク氏は2016年7月にNeuralinkを設立している。「Neuralink Launch Event」によればNeuralinkは、侵襲式のBMIデバイス開発を進めている。Neuralinkが目指しているBMIデバイスの目的は、考えていることを口にださなくてもコンピューターに読み込むことができるシステムである。イーロン・マスク氏によれば、パーキンソン病やアルツハイマー病などの脳に障害がある人と会話が可能となり、開発が成功すれば一般人への利用も検討されている(図表2)。

五感の修復と拡張

BMIにより、これまで治療が困難であった身体機能に重篤な障害を持つ患者が、円滑にコミュニケーションでき、ロボット義手を自在に制御するなど革新的なリハビリテーション技術により回復することが期待されている。BMIを通じて、ロボットが寝たきりの患者の手足や声になり、喪失した運動機能を補う新しいリハビリ法も考えられる。これにより視覚・聴覚を失った人が、見たり、聞いたりできるようになる。(図表3)。また健常者にとってもBMIを活用する取り組みとして、脳からの指令で産業用ロボットを操作する等「念力」のような技術が模索されている(図表4)。

BMIにおいては、情報の流れが一方通行の片方向インターフェースと、双方向インターフェースが想定されており、現在実現しつつあるのは、一方通行の片方向インターフェースのみである。片方向インターフェースでは一方通行の情報伝達となり、脳からの命令をコンピューターが受ける電気信号に変換する、あるいはコンピューターからの電気信号を脳波に変換する。SFの映画で表現される双方向インターフェースでは、脳とBMIデバイスの間で情報を交換・共有するため、人または動物と機械が一体化することになる。

人間の拡張

一連の状況を踏まえ、BMIが浸透した社会インパクトはどのようなものになるだろうか。高齢化への対応という観点では、年齢を重ねることによる身体機能の衰えに対して、BMIを利用することにより以前と同様の生活を継続することができる。また、身体障害者にとってBMIを利用することは、各自が抱える個別障害を補完する機能が提供され、社会参加を実現するために有用となる。一方、健常者にとってはBMIを利用することにより人間が持つ身体、存在、感覚、認知の拡張に繋がる(図表5)。つまり、老若男女、健常者、障害者問わず万人にとって、生活の質が飛躍的に向上することに繋がるのではないだろうか。

 さらに私たちの五感を電気信号によりコントロールすることができたら、生きている現実の苦しみからの逃避を求めて、BMIが作り出す心地良い仮想現実に没頭する人々が登場するかもしれない。BMIのテクノロジーが安価にかつ自在に使える時代になり、現実と仮想現実の垣根が低くなったら、筆者も心地良さだけが永遠に継続する世界に没頭してしまうかもしれないと想像してしまう。貴方は、現実と仮想現実を行き来できる時代が来たときにどちらの世界を選択するだろうか。人生は選択の連続であるが、究極の選択を迫られる時代が来るかもしれない。

柏村 祐


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

柏村 祐

かしわむら たすく

ライフデザイン研究部 主席研究員 テクノロジーリサーチャー
専⾨分野: AI、テクノロジー、DX、イノベーション

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