内外経済ウォッチ『日本~最低賃金1000円突破は一里塚~』(2023年9月号)

星野 卓也

目次

2023年最低賃金は1002円で妥結

7月末、厚生労働省の中央最低賃金審議会の小委員会は2023年度の最低賃金を時給1,002円(全国加重平均)とする目安をまとめた。政府は2015年に当時798円だった最低賃金を1000円まで引き上げる目標を掲げた。約8年の歳月を経て、1000円の大台を突破した(資料1)。1000円目標を掲げて以降、最低賃金は毎年3%程度のペースで引き上げが続けられてきた。今年度は物価高や春闘賃上げ率の高まり、政府からの1000円到達に対する強い働きかけも相まって前年度比+4.3%と引き上げ率も大きい。

資料1 日本の最低賃金の推移(全国加重平均)
資料1 日本の最低賃金の推移(全国加重平均)

追う日本・追われる日本

例年にない引き上げとなった最低賃金だが、世界へ視野を広げると先進国内における日本の最低賃金の低さもみえてくる。資料2はILOの統計からUSドルベースの最低賃金(月当たり)の値をプロットしたものである。日本の1,226ドルという水準は他の主要先進国に比べて低いことが見てとれる。また、同資料には2012年の値もプロットしている。多くの国では2012年に比べて上昇しているのに対し、日本はむしろ低下。この間、他国に比べて緩やかな最低賃金上昇率にとどまる中で為替の円安が進み、ドルベースでみた最低賃金は下がっている。

ドルベースの最低賃金が重要であるのは、外国人労働者受入の観点からである。新興国などからの外国人労働者は、より高い賃金の国へ流れやすくなる。また、外国人労働者、特に単純労働者は出稼ぎ先の高い賃金を魅力として、わざわざ自国を飛び出して慣れない海外で働く。自国の賃金が十分に上がればわざわざ外国で働く理由はなくなる。ここ数年、日本への外国人労働者が増えたベトナムの最低賃金は10年で約2倍になっている。将来的に、成長余地の大きい新興国の賃金は、先進国賃金へキャッチアップしていくと考えるのが自然だ。

政府の新しい資本主義実現会議は、「1000円到達後」の最低賃金の方向性について議論を行う。最低賃金の引き上げは最低限度の生活保障のための福祉政策の枠を超え、将来の労働力確保の趨勢をも左右する経済政策となっている。継続的な引き上げ方針を示し、企業に賃上げ余力を高めるための生産性改善を促すことが望ましいだろう。人件費負担の増加する企業への政策支援も、単なる賃上げ原資の給付等ではなく、デジタル投資など生産性改善につながる行動にインセンティブを効かせることが求められる。

資料2 最低賃金の国際比較(月当たり・USドル)
資料2 最低賃金の国際比較(月当たり・USドル)

星野 卓也


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星野 卓也

ほしの たくや

経済調査部 主席エコノミスト
担当: 日本経済、財政、社会保障、労働諸制度の分析、予測

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