海外からみた気候変動対応の実相『ESGや気候変動対応を巡る米国内の分断とその背景(ワシントンDC)』

髙橋 一彰

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2021年1月のバイデン大統領就任を契機に、米国はパリ協定へ復帰し、同年4月の主要排出国気候サミット開催など、気候危機を米国の外交政策及び国家安全保障の中心に据えて対応を推進するという姿勢を内外に示した。また、トランプ前大統領の下で制限された退職年金運用におけるESG考慮を積極的に認める規制改正にも着手し、一見すると、政権交代により米国がESGや気候変動対応に邁進し始めたようにも見えた。しかし、この問題は政治・世論のイデオロギー的対立から、米国全体が一枚岩になり難い状況があり、また、ESG投資や気候変動対応に積極的な金融機関の取組や、ビジネス環境にも影響を与えている。

有権者の意識の違い

二大政党制の米国は、概ね支持率が両党で拮抗しており、民主党(バイデン大統領)はニューヨークやロサンゼルスといった商業大都市がある海岸沿いの州を主な支持基盤とし、共和党は石炭や石油などの化石燃料が主要産業の一つである中央部や南部の州を主な支持基盤としている。

その影響もあってか、温暖化や気候変動といった問題の意識・関心度において有権者の間で大きな乖離があり、2022年中間選挙前に実施されたある世論調査では、民主党支持者の約7割が投票に際して気候問題を重視すると回答した一方で、共和党支持者は1割に満たなかった。

民主党と共和党の対立

支持基盤の状況や、思想・立場といった党派性の違いから、ESGや気候変動対応に関する連邦議員、州政府(知事や州議会)のスタンス・行動は、民主党派・共和党派でほぼ真逆となっている。例えば、401K等の退職年金運用におけるフィデューシャリー・デューティ(受託者責任)を踏まえたESG投資の解釈を巡っては、民主党政権下では「ESG投資はリターンを高める可能性がある」などと積極方針がとられてきた一方で、共和党政権下になると「付随的な目的がリターンを犠牲にする懸念がある」などと消極・抑制方針に変わり、政権交代のたびにその是非や取扱いが二転・三転してきた。また、昨今の事例として、温室効果ガス(GHG)排出の原因となる化石燃料産業などに対する投資を巡っては、民主党主導の州(知事・州議会を占める)が公務員退職年金における化石燃料産業からのダイベストメント(投資の引揚げや停止)を義務化する方向性にある一方で、共和党主導の州では、化石燃料産業への投資を拒否(ボイコット)している金融機関と州公務員退職年金等が取引することを禁止し始めている。

板挟みの金融機関

バイデン政権や民主党が、ESG投資や気候関連の情報開示、監督強化等に積極姿勢であるものの、2022年の夏以降、退職年金運用でのESG考慮を良しとしない共和党主導の州政府が、GHG排出ネットゼロやESGを推進する銀行・アセマネから資金を引き揚げたり、複数州の司法長官が連名で、「ネットゼロ関連のイニシアティブは、同業者間で特定企業との取引を控える合意をしている点等から、独占禁止法に抵触する恐れがある」などと述べた書簡を、取組に積極的な金融機関に対して送り警告するといった動きが活発化した。

米国金融機関の中には、年次報告書の中で、ESG、特に気候問題に関連する見解が政治問題化していること、政治的圧力や相反する要求が存在することなどが、レピュテーションリスクや法務・訴訟リスクなどに繋がり、ビジネス・業績に悪影響を及ぼす懸念がある旨を記載しているところもある。また、こうした動きは米国以外の金融機関にも幅広く影響を与え、保険会社を含む欧米日の金融機関の一部がネットゼロ関連のイニシアティブから脱退する動きにも繋がった。

EUでは欧州気候法が制定されるなど、気候変動対応等について、議会等を通過した法的コンセンサスが存在するが、米国にはそれがない。2024年11月には大統領・連邦議会選挙が控えており、ESGや気候変動対応が改めて問題提起されるきっかけになるかもしれない。しかしそれは、国際社会において必ずしも良い方向になるかは分からず、また、米国における党派性による分断を一層深めることになるかもしれない。

髙橋 一彰


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