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内外経済ウォッチ『欧州~エネルギー供給のロシア依存見直しと課題~』(2022年5月号)

田中 理

目次

脱ロシア依存に舵を切ったEU

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、ロシアにエネルギー供給を依存する欧州連合(EU)諸国の脆弱性を浮き彫りにした。EUは天然ガスの約5割、原油の約3割、無煙炭(炭素含有量の高い石炭)の約5割をロシアからの輸入に頼っている。EUは対ロシア制裁の一環で、ロシアの一部銀行を国際的な銀行送金・決済サービス(SWIFT)から締め出したが、ロシアからの資源供給の縮小・停止による国民生活や経済活動への打撃を恐れ、エネルギー関連の貿易決済を担っている銀行を制裁対象から除外した。また、米国がロシアからの原油・天然ガス・石炭・石油製品の全面禁輸に踏み切ったのに対し、ロシア依存度の高い加盟国からの反発もあり、EUは全面禁輸から距離を置いている。ロシアはEUの足並みの乱れとエネルギー依存を突き、欧州諸国に揺さぶりを掛けている。

こうしたなか、欧州諸国はエネルギー供給の脱ロシア依存に舵を切っている。ドイツ政府は2月、ロシアからのガス・パイプライン「ノルドストリーム2」の承認手続きを停止した。EUの行政執行機関である欧州委員会は3月、ロシア産化石燃料への依存解消とエネルギーの安定供給に向けた新たな計画「リパワーEU」を公表した。そこでは、①天然ガス調達先の多角化、②化石燃料依存の前倒し解消、③ガス備蓄の義務化、④エネルギー価格高騰時の危機対応策などが盛り込まれた。

EUの天然ガスの輸入シェア(2021年、%)
EUの天然ガスの輸入シェア(2021年、%)

ガス調達先の多角化や再エネの普及促進

EUは2030年までにロシア産化石燃料の依存解消を目指し、米国などからの液化天然ガス(LNG)輸入の拡大、アルジェリアなどからのパイプライン経由の天然ガス輸入の拡大、太陽光・風力発電・ヒートポンプの普及促進、暖房の設定温度の引き下げ、産業の脱炭素化支援、バイオメタン生産や再生可能な水素利用の加速などに取り組む意向を示唆している。こうした施策により、今年の終わりまでにはEU域内で利用するロシア産天然ガスを3分の2程度削減できるとしている。

だが、実現にはハードルもある。EU域内ではスペインやフランスなどが比較的大規模なLNGの陸揚げ能力を持つが、ロシアへのエネルギー依存度が高いドイツなどは陸揚げ港を持たない。陸揚げしたLNGを他国に運ぶパイプラインの輸送能力も限られる。ドイツ政府は新たに2つの陸揚げ港の建設を計画しているが、完成には少なくとも4年掛かる。また、米国などが欧州向けのLNG輸出の拡大を発表しているが、世界的な需給逼迫による調達価格の上昇が避けられない。脱炭素化の加速も計画通りに進むかは分からない。EUは2030年の温室効果ガスを1990年比で55%削減する目標を掲げ、昨年、包括的なエネルギー戦略「フィット・フォー55」を打ち出した。リパワーEUは、その野心的な計画を上回るペースでの太陽光や風力発電などの普及を前提としている。

EUの天然ガス在庫水準の月別推移
EUの天然ガス在庫水準の月別推移

田中 理


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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