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内外経済ウォッチ『欧州~始動するEUのグリーン復興~』(2021年7月号)

田中 理

目次

2050年の気候中立社会実現を目指すEU

欧州連合(EU)は2050年までに域内の温室効果ガスの排出量をゼロにする野心的な目標を掲げ、その実現に向けたロードマップや具体的な提案を矢継ぎ早に打ち出している。その対象範囲は広く、再生可能エネルギーの普及、建築物のエネルギー効率改善、電気自動車や水素利用の促進、持続可能な食料システム構築、生態系や生物多様性の保全、汚染防止、有害な化学品からの健康や環境の保護、有機栽培の普及、海洋資源の保護など、経済、社会、生活、産業のあらゆる変革を促す。

今後10年間で官民合わせて1兆ユーロの気候変動関連の投資拡大を目指すとともに、2030年の温室効果ガス削減目標を従来の1990年対比40%減から55%減に引き上げた。こうした政治目標を法律で義務づけるための法整備も進められている。気候変動対策は個人や企業の負担増につながる面もあるが、欧州は気候変動対策のパイオニアとなることで、先行者利益の獲得を目指している。

こうした取り組みを資金面から支えるのが欧州復興基金だ。昨年7月の欧州首脳会議で合意された同基金は、コロナ危機からの復興に必要な財政資金を加盟国に提供するが、その37%以上を気候変動対策に充てることが求められる。復興基金は単なる不況対策ではなく、脱炭素社会を視野に入れた成長戦略と位置付けることができる。

資料1
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脱炭素の成長戦略も担う欧州復興基金

基金の利用を希望する国は、気候変動対策やデジタル化といったEUの優先課題に加え、各国が抱える構造問題の解決や競争力改善につながる取り組みをまとめた復興計画を策定する。EUの行政執行を担う欧州委員会は計画受領から2ヵ月以内に内容を審査し、欧州理事会にその結果を勧告する。欧州理事会は勧告から1ヵ月以内に承認の是非を決定する。6月中には基金の原資となる復興基金債が発行され、7月以降、承認が終わった国から順次、初回資金の拠出が開始されそうだ。

経済規模(GDP)対比の申請額が大きいのは、クロアチア、ギリシャ、スペイン、ルーマニア、イタリア、チェコ、ブルガリア、ポルトガルなど、財政基盤が弱い南欧や東欧諸国に集中する。EU全体では2026年までに総額7000億ユーロ余り、GDP比で約5%の資金拠出が予定され、追加の利用申請も可能だ。ただ、復興基金の利用が計画通りに進むとは限らない。資金拠出の条件となる構造改革や投資計画の実行には既得権益層からの抵抗も予想される。利害関係者間の意見調整には膨大な時間と政治資源が必要で、過去のEU補助金は未消化のものも少なくなかった。復興基金は欧州の気候変動対策を推進する起爆剤となる可能性を秘めているが、野心的な目標達成には今後も持続的な取り組みが不可欠と言えそうだ。

資料2
資料2

田中 理


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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