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為替従属な政策態度 為替が金融政策を決める

藤代 宏一

円安が日本経済の中心的話題になり始めていた2022年7月21日、黒田前総裁は金融政策決定会合後の記者会見で以下のとおり為替の認識を述べた。記者からの質問はこのまま円安を放置するのか、引き締め方向への政策修正が必要なのではないか、というものであった。

今の円安というのは、実はドルの独歩高です。ユーロやポンドも大きくドルに対して下落しています。ご承知のように英国は5回金利を既に上げています。それからユーロも今月から金利を上げるということで、そういった通貨も同じぐらい下落しています。確かに円の対ドル下落のきっかけというか、マーケットの考え方には、日米金利格差があったと思いますが、実際のところ、世界的にドルの独歩高で、皆、為替が安くなっています。例えば、隣の韓国は相当金利を引き上げていますが、ものすごい勢いでウォン安になっていますので、金利をちょっと上げたらそれだけで円安が止まるとか、そういったことは到底考えられません。本当に金利だけで円安を止めようという話であれば、大幅な金利引き上げになって、経済に大きなダメージになると思います。そもそも今の為替の動きは――マーケットの人はそのように思い込んでいるのですけれども――金利格差と言っていますが、金利格差が拡大していない英国とか韓国ですら大きく下落しており、おっしゃったような政策が合理的にあり得るとは考えていません。

端的に言えば、為替を理由に金融政策(政策金利)を変更することはないし、しても意味がないという見解で、実際に黒田前総裁はその政策態度を2023年3月の退任まで貫いた。先進国である日本が通貨防衛的な利上げを選択するということは、辞書にはない発想だったのかもしれない。円安に起因する物価上昇は飽くまで一時的、日銀が重視する「基調的な物価」には影響を与えないという、揺るぎない常識があったように思える。

それに対して今回の声明文の結びは以下の一文であった(7月の展望レポートでも登場していた文言)。

リスク要因をみると、海外の経済・物価動向、資源価格の動向、企業の賃金・価格設定行動など、わが国経済・物価を巡る不確実性は引き続き高い。そのもとで、金融・為替市場の動向やそのわが国経済・物価への影響を、十分注視する必要がある。とくに、このところ、企業の賃金・価格設定行動が積極化するもとで、過去と比べると、為替の変動が物価に影響を及ぼしやすくなっている面がある。

為替と金融政策の連関が強まっているのは明白であり、この点において日銀の金融政策は為替従属の色彩を帯びている。すなわち、為替が円高になれば利上げは停止、円安になれば利上げが継続するといった具合に、為替が先に来る。為替の予想をする立場では「日銀の利上げが円高圧力を生じさせる」といった説明順序になるが、そもそも円高になれば日銀が利上げを見送る可能性は高まるので、ごく短期的な動きを除けば「日銀の金融引き締め観測→円高」という経路は存在しないように思える。

日銀が為替従属の姿勢を露にしたことは、もしかすると為替の安定化に貢献するかもしれない。たとえばFedの利下げ観測後退によって円安が進行すれば、(ある程度の時差を伴って)日銀の利上げ観測が一定の円高圧力を生じさせる。反対に円高が進行すれば、(ある程度の時差を伴って)日銀の利上げ観測が後退し、一定の円安圧力を生じさせる。為替に対する影響度はFedが圧倒的に大きいが、日銀要因もある程度、材料視されている。

実例としては8月7日に内田副総裁の講演がある。円高を受けて内田副総裁は「円安が修正された結果、輸入物価を通じた物価上振れのリスクは、その分だけ小さくなりました。(中略)輸入物価の上昇は、契約通貨ベースではほぼゼロ%ですので、円ベースでの上昇は、ほぼこれまでの円安によるものです。この点で円安の修正は、政策運営に影響します」と発言し、利上げバイアスを修正した。この流れは正に「為替→金融政策」の順序であり、その後、日銀の利上げ観測が後退する下で円高のペースは鈍化した。

藤代 宏一


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