中国、今年の春節は本当に「コロナ前」をうかがうものとなったか?

~サービス業の企業マインドは底打ちするも、依然として「コロナ前」とはほど遠い状況が続く~

西濵 徹

要旨
  • 足下の中国経済は供給サイドをけん引役に底入れが進む一方、需要サイドは力強さを欠くなかでデフレ懸念が強まる状況にある。不動産市況の低迷や地方政府の過剰債務などの構造問題を抱える一方、当局は供給サイド重視した対応を続けるほか、株価維持政策など小手先の対応に留まる状況が続く。構造問題を置き去りにした株価維持は早くも息切れが意識されるなど、内需を取り巻く状況は厳しい展開が続く。
  • 政府が公表した企業マインドの動きをみると、製造業は内・外需ともに不透明感がくすぶるなかで下振れする展開が続いている。対照的に非製造業は改善しており、なかでもサービス業が改善を促す動きがみられる。なお、当局は今年の春節連休はコロナ禍前を回復したと喧伝しているが、サービス業のマインドは春節を加味しても2021年並みに留まるなど、消費の盛り上がりは今ひとつのものとなっているとみられる。また、製造業、非製造業ともに雇用調整の動きが続くなど家計部門を取り巻く状況は依然として厳しいと言える。
  • 他方、世界経済との連動性が相対的に高い2月の財新製造業PMIは改善するなど、世界経済の堅調さが下支えしているとみられる。ただし、デフレ懸念がくすぶるなかでディスインフレの根強さが示唆される上、増産にも拘らず雇用調整圧力が強まるなど、景気回復の足かせとなる懸念がくすぶる状況は変わらない。

中国経済を巡っては、供給サイドをけん引役に底入れの動きがうかがえる一方、需要サイドでは内・外需双方に不透明要因が山積するなど需給ギャップの拡大が懸念される状況が続いている。事実、昨年の経済成長率は名目ベースの伸びが実質ベースの伸びを下回る名実逆転となるなど、デフレが意識されやすい状況に陥っている。外需を巡っては、ここ数年の米中摩擦の動きのほか、コロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻などを追い風とする世界的な分断の動きが広がるなか、デリスキング(リスク低減)を目的とするサプライチェーン見直しの動きに加え、コロナ禍からの世界経済の回復をけん引した欧米など主要国の景気に陰りが出ていることも重なり頭打ちの動きを強めている。その一方、内需も当局が長期に亘ってゼロコロナに拘泥した影響により、その後の経済活動の正常化にも拘らず若年層を中心とする雇用回復が遅れている上、不動産市況の低迷も重なり家計消費は力強さを欠くほか、不動産投資や企業部門による設備投資も弱含む推移が続くなど幅広く低迷している。さらに、不動産市況の低迷は企業部門が過剰債務を抱えるなかでバランスシート調整圧力を招いているほか、同様に過剰債務を抱える地方政府を中心とする公的部門にとってもデフレが意識される状況も重なり、税収や税外収入の減少を通じて財政の足かせとなる懸念が高まっている。こうした状況にも拘らず当局は供給サイドを重視した対応を続けており、中銀は1月末に預金準備率の引き下げを決定し、先月20日には不動産需要の喚起を目的に住宅ローン金利に連動する5年物LPR(最優遇貸出金利)を引き下げるなどの動きをみせる一方(注1)、人民元相場の下落を回避すべく全面的な金融緩和には及び腰の対応をみせる。さらに、不動産市況の低迷の動きが足かせとなるなかで株価の調整局面が長期化していることを受けて、当局は株価対策を目的とする安定化基金の創設に動くとともに、政府系金融機関による株式買い入れのほか、政府系ファンドに対して株価指数先物の空売り制限を要請するなど様々なPKO(株価維持政策)に舵を切る動きをみせている。当局による一連の対応を追い風に調整が続いた株価は底打ちする動きが確認されているものの、不動産市況や地方政府債務をはじめとする構造問題を置き去りにした対応は根本的なものではなく、早くも『息切れ』が懸念される状況にある。足下の株価水準は依然として昨年のピークを大きく下回るなど逆資産効果の解消に繋がっていないことを勘案すれば、不動産市況の低迷も相俟って家計部門や企業部門を取り巻く環境は引き続き厳しい状況にあると捉えられる。

図表1
図表1

このように、足下の中国経済を取り巻く状況は内・外需双方で厳しい状況が続くなか、なかでも製造業については近年の中国が『世界の工場』として存在感を示してきたことも重なり、その影響を色濃く受けやすいと捉えられる。事実、1日に国家統計局が公表した2月の製造業PMI(購買担当者景況感)は49.1と5ヶ月連続で好不況の分かれ目となる水準を下回る推移が続いている上、前月(49.2)から▲0.1pt低下するなど下振れする動きをみせている。足下の生産動向を示す「生産(49.8)」は前月比▲1.5ptと大幅に低下して9ヶ月ぶりに50を下回る水準となるなど、急速に減産圧力が強まる動きがみられるほか、先行きの生産に影響を与える「新規受注(49.0)」は同±0.0ptと力強さを欠く推移が続いている上、「輸出向け新規受注(46.3)」も同▲0.9pt低下してともに50を下回る水準に留まるなど、内・外需双方に回復を期待しにくい状況が続いている。生産活動が下振れしていることを反映して「購買量(48.0)」は前月比▲1.2pt、「輸入(46.4)」も同▲0.3ptともに低下しており、中国経済への依存度が高い国々を中心に景気の足を引っ張ることが懸念される。他方、内・外需双方が弱含みする動きがみられるものの、減産圧力を強めていることを反映して「完成品在庫(47.9)」は前月比▲1.5pt低下するなど在庫調整の動きが進んでいる様子はうかがえる。ただし、昨年末にかけて調整の動きを強めた原油をはじめとする国際商品市況は年明け以降に底打ちに転じる動きがみられるにも拘らず「購買価格(50.1)」は前月比▲0.3pt低下しており、依然として川上段階においてはディスインフレ圧力がくすぶる状況にある。さらに、減産圧力を強めていることを受けて「雇用(47.5)」は前月比▲0.1pt低下するなど雇用への調整圧力が強まる動きが確認されるなど、内需を取り巻く状況は厳しい展開が続くことが予想される。企業規模別でも「大企業(50.4)」は50を上回る水準を維持するも、「中堅企業(49.1)」や「中小企業(46.4)」はともに50を下回る対照的な状況が続くなどいわゆる『国進民退』色が強まっていると捉えられる。

図表2
図表2

他方、昨年末にかけて頭打ちの動きを強めるも、その後は底打ちするなど企業マインドの改善を示唆する動きが確認された非製造業PMIについては、2月は51.4と引き続き好不況の分かれ目となる水準を維持するとともに、前月(50.7)から+0.7pt上昇するなど底入れの動きを強めている様子がうかがえる。業種別では、これまで比較的堅調な推移が続いた「建設業(53.5)」は前月比▲0.4pt低下するなど頭打ちの動きを強めている一方、対照的に弱含む推移をみせてきた「サービス業(51.0)」は同+0.9pt上昇して7ヶ月ぶりの水準となるなど底入れの動きを強めている。ただし、今年は春節(旧正月)連休が前年から大きく後ズレしてすべての休日が2月に被っており、政府発表によれば連休期間中の人出や消費はコロナ禍前を上回ったとしている、サービス業の景況感は昨年の春節連休が被った1月(54.0)や2月(55.6)を大きく下回っている。春節期間という状況を加味しても2021年の1月(51.1)や2月(50.8)並みの水準に留まっていることを勘案すれば、春節期間中の消費の盛り上がりも『今ひとつ』のものに留まった可能性は高いと見込まれる。なお、サービス業のなかでは当局によるPKOを追い風に金融関連が活況を呈しているほか、連休期間も影響して運輸関連、飲食関連、文化・娯楽関連などで改善する動きがみられるものの、不動産関連の低迷が足を引っ張る状況が続いている。先行きの動向を左右する「新規受注(46.8)」は前月比▲0.8pt低下するなど内需に不透明感がくすぶるほか、「輸出向け新規受注(47.3)」は同+1.9pt上昇するも引き続き50を大きく下回る水準に留まるなど外需の同様に不透明な状況が続いている。こうした状況を反映して「雇用(47.0)」は前月比±0.0ptと横這いで推移して調整圧力がくすぶるなど、製造業と同様に雇用不安が家計消費など内需の足かせとなる懸念は残っている。

図表3
図表3

また、製造業のうち世界経済との連動性が高い沿海部を中心とする民間企業の動向をより反映しているとされる2月の財新製造業PMIは50.9と4ヶ月連続で好不況の分かれ目となる水準を維持している上、前月(50.8)から+0.1pt上昇するなど上述した政府統計とは対照的な動きをみせる。足下の生産動向を示す「生産(52.5)」は前月比+0.3pt上昇して9ヶ月ぶりの水準となるなど底入れの動きを強めている上、先行きの生産に影響を与える「新規受注(51.0)」は同+0.2pt、「輸出向け新規受注(50.8)」も同+0.1pt上昇してともに50を上回る水準を維持するなど、生産を取り巻く環境は内・外需ともに改善している様子がうかがえる。さらに、生産活動の底入れを反映して「購買量(51.3)」は前月比+0.1pt上昇して原材料需要を拡大させる動きがみられるため、中国向け輸出への依存度が高い国々にとっては悪影響が緩和されると期待される。ただし、年明け以降の商品市況は底打ちする動きがみられるものの「投入価格(50.2)」は前月比▲0.2pt低下するなど川上段階においてディスインフレ圧力が強まる動きがみられるほか、こうした動きを反映して「出荷価格(49.1)」も同▲0.2pt低下するなど川下段階にかけてディスインフレ圧力が伝播する動きが広がりをみせており、先行きもデフレ傾向が続く可能性は高いと見込まれる。そして、生産活動が活発化する動きが確認されているにも拘らず、「雇用(49.5)」は前月比▲0.4pt低下するなど雇用調整圧力が強まるなど家計部門を取り巻く環境は引き続き厳しい状況が続いており、家計消費など内需の回復の足を引っ張る展開は続くと見込まれる。かつての中国においては製造業が雇用創出源となってきたものの、近年の賃金をはじめとする労務費の上昇などを追い風に自動化や省人化の動きが広がってきたことに加え、コロナ禍を経てそうした動きが一段と加速した可能性が考えられる。その意味では、中国においても製造業の生産活動が雇用拡大に繋がりにくくなっているとみられるほか、先行きにおける景気回復の足かせとなる可能性に留意する必要があると捉えられる。

図表4
図表4

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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