中国、インフレ率はプラスに転じるもデフレ懸念がくすぶる展開

~中銀は一方向的な人民元安に口先介入を展開も、人民元相場を取り巻く状況は依然厳しい~

西濵 徹

要旨
  • 中国経済を巡っては、ゼロコロナ終了にも拘らず、若年層を中心とする雇用悪化に加えて、不動産市況の低迷が幅広い経済活動の足かせとなるなど景気に対する不透明感が高まっている。当局は内需喚起による景気下支えに動いているが、いずれも過去に行われた対策の焼き増しに留まり、不動産市況の低迷が財政措置の足かせとなる懸念に加え、資産デフレがディスインフレ圧力を招く悪循環に陥る可能性もある。
  • 不動産市況の低迷に加え、商品市況の調整の動きは企業部門が直面する川上の段階でのディスインフレ圧力を招いてきた。足下では商品市況に底打ち感が出るなか、8月の生産者物価(調達価格)は底打ちしており、この動きを反映して生産者物価(出荷価格)も同様に底打ちしている。ただし、原材料や中間財で物価が押し上げられるも、消費財関連では価格転嫁の困難が確認されるなど、ディスインフレ圧力はくすぶる。
  • 食料品やエネルギーなど生活必需品を中心とする物価上昇の動きを反映して8月のインフレ率は前年比+0.1%と3ヶ月ぶりのプラスに転じている。ただし、雇用を巡る不透明感はサービス物価の重石となっている上、家計部門の節約志向の根強さを反映して生活必需品を除いた消費財価格の上値が抑えられており、コアインフレ率は伸びこそ加速しているものの、ディスインフレ圧力がくすぶる状況は変わっていない。
  • 金融市場では、実体経済を巡る不透明感の高まり、中銀による金融緩和観測を反映して人民元安圧力が強まる一方、中銀は一方向的な人民元安を阻止すべく口先介入を強化している。ただし、景気見通しに不透明感がくすぶるなど資金流出圧力が強まる懸念を反映して、人民元相場は厳しい展開が続くであろう。

中国経済を巡っては、昨年末以降のゼロコロナ終了にも拘らず、ゼロコロナの長期化に伴い若年層を中心とする雇用悪化が深刻化したことに加え、過剰債務が金融リスクとなることを警戒した習近平指導部による圧縮策を受けて不動産セクターの資金繰りが悪化しており、景気の足を引っ張る懸念が高まっている。この背景には、足下の中国経済にとって不動産投資がGDPに対して2割以上に達するとともに、近年における経済成長のけん引役となってきたため、この鈍化は直接的に景気の足を引っ張る事態となっている。さらに、不動産市況の低迷は資金繰りの懸念と重なる形で不動産セクターのバランスシート調整圧力を招いている上、不動産を担保とする銀行セクターの貸出態度の悪化を招いて幅広い経済活動の足かせとなり、翻って企業部門は雇用調整圧力を強める動きに繋がっている。また、中国国内においては資産運用手段が限られるなか、家計部門にとっては長きに亘って株式、ないし不動産がその対象となってきたものの、不動産市況の低迷を受けてその受け皿となる期待が低下して需要が弱含んでいる。そして、家計部門は雇用悪化を理由に節約志向を強めているほか、不動産価格の上昇を期待して購入した層も市況悪化がバランスシート調整圧力を通じて家計消費の重石となるとともに、不動産需要が弱含みして市況の重石となる悪循環に繋がっている。こうしたことから、共産党は内需下支えによる景気テコ入れを図る姿勢をみせているほか、政府も様々な内需喚起策を発表するとともに、中銀(中国人民銀行)も断続的な利下げに舵を切るなど、財政、及び金融政策を通じた取り組みを強化している。ただし、いずれの対策も過去に実施されたものの焼き増しの域を超えておらず、独自財源が乏しい地方政府にとっては不動産売却収入が財政上の『打ち出の小槌』となってきたなか、不動産需要や市況の低迷は財政支援の足かせとなることが懸念される。また、地方政府傘下の融資平台を通じたシャドーバンキングの問題についても、債券発行枠の拡充を通じたデュレーションの長期化を図っているものの、当座の資金繰り懸念に対応したに過ぎず、債務残高を巡る問題がくすぶる状況は続いている。よって、足下の企業マインドを巡ってはサービス業を中心に頭打ちの動きを強めており、家計消費を中心とする内需の弱さが景気の足かせとなるなか、不動産市況の悪化に伴う資産デフレ圧力が強まるとともに、家計部門の消費意欲の弱さがディスインフレ圧力を強めてデフレに陥ることも意識されている。

図表1
図表1

上述したように、不動産市況の低迷をはじめとする資産デフレの動きは家計のみならず、企業部門にもバランスシート調整圧力を通じて幅広い経済活動の足かせとなっているほか、世界経済の減速懸念の高まりを反映した商品市況の調整の動きもディスインフレ圧力を強める一因となっている。なお、足下においては主要産油国が価格維持を目的に自主減産の延長に動いているほか、気候変動に伴う異常気象の頻発を理由に穀物生産に悪影響が出るなか、世界最大のコメ輸出国であるインドが大半のコメの輸出を禁止する動きをみせるなど、商品市況の底入れに繋がる動きがみられる。ただし、中国はロシアによるウクライナ侵攻を機に欧米などがロシアに対する経済制裁を強化するなか、こうした動きに同調することなく割安な価格でロシア産原油の輸入を拡大させており、商品市況の底入れの影響を緩和する動きもみられる。こうした状況を反映して、8月の生産者物価(調達価格)は前年同月比▲4.6%と7ヶ月連続で前年を下回る伸びで推移するも前月(同▲6.1%)からマイナス幅は縮小しているほか、前月比も+0.2%と前月(同▲0.5%)から10ヶ月ぶりの上昇に転じるなど、下押し圧力が掛かってきた企業部門が直面する物価動向に変化の兆しが出ている。原油をはじめとするエネルギー資源価格の底入れの動きに加え、穀物をはじめとする農産物価格に押し上げ圧力が掛かる動きがみられる一方、中国国内において在庫が積み上がるなか、非鉄金属関連や建築資材関連など素材・部材関連を中心に価格に下押し圧力が掛かる動きが確認されており、物価上昇圧力が抑えられている。このように川上段階の原材料を中心に物価上昇圧力が強まる動きがみられることを反映して、8月の生産者物価(出荷価格)も前年同月比▲3.0%と11ヶ月連続で前年を下回る伸びで推移するも、前月(同▲4.4%)からマイナス幅が縮小している。前月比も+0.2%と前月(同▲0.2%)から9ヶ月ぶりの上昇に転じており、川下段階に物価上昇圧力の影響が広がりつつある様子がうかがえるなど、物価を取り巻く状況に変化の兆しがみられる。ただし、出荷価格を巡っては、中間財を中心に原材料価格の上昇を反映する動きのほか、食料品など生活必需品で物価が押し上げられる動きが確認される一方、日用品や衣料品、耐久消費財などの物価に引き続き下押し圧力が掛かるなど、家計部門の節約志向の高まりを受けて価格転嫁が進みにくい様子もうかがえる。その意味では、川上段階におけるディスインフレ基調が変化したと捉えるのは些か早計と捉えられる。

図表2
図表2

また、このように川上段階において生活必需品を中心とするインフレ圧力が強まっている状況を反映して、8月の消費者物価は前年同月比+0.1%と前月(同▲0.3%)から3ヶ月ぶりのプラスに転じている上、前月比も+0.3%と前月(同+0.2%)から2ヶ月連続で上昇しており、一見すると物価は底入れの動きを強めている。なお、食料品は全体として上昇の動きを強めており、果物(前月比▲4.4%)や水産物(同▲0.2%)に下押し圧力が掛かる動きがみられる一方、豚肉(同+11.4%)を中心に食肉関連の物価が大幅に押し上げられるとともに、卵(同+7.0%)や野菜(同+0.2%)、食用油(同+0.1%)など幅広く物価上昇圧力が掛かる動きがみられる。また、原油をはじめとするエネルギー資源価格の底入れの動きを反映してガソリン(前月比+4.8%)をはじめとするエネルギー価格も全般的に上昇する動きが確認されており、生活必需品を中心にインフレ圧力が強まっていることが影響している。なお、食料品とエネルギーを除いたコアインフレ率は前年同月比+0.8%と前月(同+0.5%)から伸びが加速しているものの、前月比は+0.1%と前月(同+0.2%)から2ヶ月連続で上昇するもそのペースは鈍化しており、サービス物価の伸び悩みが物価の重石となる状況が続いている。また、食料品以外の消費財価格も上値の重い展開が続いており、家計部門の節約志向の高まりに加え、近年のEC(電子商取引)の活発化を受けた価格競争の激化も重なり物価に下押し圧力が掛かりやすい展開が続いていることも影響している。足下の雇用環境を巡っては、政府が公表するPMI(購買担当者景況感)においては製造業、非製造業ともに50を下回るなど調整圧力がくすぶる様子がうかがえる一方、財新PMIでは製造業、サービス業ともに底堅い動きをみせるなど対照的であるものの、全体的には国有企業を中心に調整が続いていることが重石となっている。

図表3
図表3

このように実体経済を取り巻く状況は厳しさを増している上、資産デフレ懸念を追い風にディスインフレ基調が続いている様子がうかがえるなか、金融市場においては中国経済を巡る不透明感の高まりや中銀による一段の金融緩和観測も追い風に人民元相場に下押し圧力が掛かっている。なお、当局は一方向的な人民元安圧力の高まりが資金逃避の動きを加速させることを警戒して、営業日前に公表する基準値を巡ってカウンターシクリカル(逆周期)要因による調整を図る動きをみせるとともに、今月15日付で銀行に対する外貨準備率を引き下げるなどの対応をみせている。中銀は11日付でこのところの人民元相場の下落を受けて開催した特別会議に関する声明を公表しており、人民元相場を巡って「合理的で均衡の取れた水準で適切な安定状態を維持出来る強固な基盤がある」とした上で「一方向的、且つプロシクリカル(循環的)な動きを是正すべく必要に応じて措置を講じる」とともに、「外為市場の秩序を乱すような当期や扇動的な動きを断固阻止する」との考えを示すなど口先介入に動いている。一方、足下の外貨準備高は減少するなど資金流出の動きが強まっている様子がうかがえるほか、実体経済を巡る不透明感も重なり資金流出懸念もくすぶるなかで人民元相場を取り巻く環境は一段と厳しさを増す事態も予想される。

図表4
図表4

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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