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反発必至のフランス年金改革

~抗議活動の激化は不可避~

田中 理

要旨
  • フランスではマクロン大統領が二期目の最優先内政課題とする年金改革案が発表された。主要労働組合や野党の大多数は年金支給開始年齢の引き上げに反発し、抗議活動の活発化や議会審議の難航が予想される。伝統的な右派政党・共和党の協力が得られない場合、政府は議会の議決なしに法案を成立する憲法49条3項の利用も辞さない姿勢を示唆している。多くの国民が反対する年金改革案を議会採決もせずに成立させる場合、更なる抗議活動の激化を招く恐れがある。

※本稿は1月14日付け東洋経済オンラインに掲載された原稿を加筆・修正した。

年金改革はマクロン二期目の最重要課題

フランスで内政を司るエリザベット・ボルヌ首相は10日、年金の支給開始年齢を現在の62歳から毎年3ヶ月ずつ延長し、2030年までに64歳に引き上げるとともに、満額支給に必要な払い込み期間を43年間に延長する期限を、2027年に8年間前倒しする政府の年金改革案を発表した。年金改革はフランスの再興を掲げて2017年に史上最年少で就任し、昨年再選を果たしたエマニュエル・マクロン大統領が、二期目の集大成とする最重要の内政課題の1つだ。政府はこうした改革を通じて、2030年までに年金収支が120億ユーロ改善すると試算している。

年金改革は歴代のフランスの政治指導者にとって頭痛の種だった。ジャック・シラク大統領の下で内政を取り仕切ったアラン・ジュペ首相は1995年、1ヶ月に及んだ労働組合のストライキや国民の抗議行動の末、年金改革案の撤回を余儀なくされた。マクロン大統領も一期目の任期中に、42種類に及ぶ年金制度の一本化を目指したが、国民の激しい抵抗と新型コロナウイルスの感染拡大への対応に追われたこともあり、改革は頓挫した。

労働組合は大規模ストや抗議デモを計画

各種の世論調査では、フランス国民の7~8割程度が政府の年金改革案に反対している。フランスは欧州連合(EU)諸国の中で、年金の支給開始年齢が最も低い国の1つだが、余暇を重視するフランス人にとって退職年齢の後ずれにつながる年金支給開始年齢の引き上げは受け入れがたい。最終的な政府の改革案は、マクロン大統領が昨年の大統領選で掲げた公約と比べて、支給開始年齢の引き上げ幅を圧縮し(公約では65歳)、一部職種に例外を認めたほか、最低支給額を月額1200ユーロに100ユーロ引き上げるなど、改革に反対する声に配慮した。

政府は昨年秋以降、主要な労働組合と協議を重ね、年金改革への理解を求めてきた。だが、過去の年金改革案に対して中立的な態度を貫いてきた穏健な労働組合ですら、年金の支給開始年齢の引き上げには反発している。8つの主要な労働組合は今回、団結して政府案に反対する方針を固め、19日から大規模なストライキや抗議デモを開始することを計画している。エネルギー価格や食料品価格の高騰による生活苦と相俟って、年金改革案の撤回につながった1995年の冬や、2018~19年にかけてフランス全土に広がった「黄色いベスト運動」に匹敵する抗議運動に発展する恐れがある。

難航が予想される議会審議

議会審議の行方も不透明だ。昨年4月の大統領選挙で極右政党・国民連合(国民戦線から党名変更)のマリーヌ・ルペン候補を破って再選を果たしたマクロン大統領だが、直後に行われた国民議会選挙では、左派勢力が結集した新人民連合環境・社会(NUPES)や国民連合の躍進を許し、議会の過半数を失った(表)。野党勢力間の対抗意識や意見不一致に助けられ、ボルヌ内閣はこれまで不信任投票を乗り切ってきたが、議会審議は停滞している。議会の過半数を保持しない政府は昨年10月、議会の議決なしに法案を成立できる憲法49条3項の特例措置を使って予算を成立させた。

図表1
図表1

政府の年金改革案の議会通過の鍵を握るのが、現在の政治体制である第五共和制を確立したシャルル・ドゴールなど、歴代大統領や首相の多くを輩出してきた伝統的な右派政党の共和党だ。マクロン大統領が率いる中道政党・ルネサンス(共和国前進から党名変更)の右傾化と、国民連合の穏健化の間に挟まれ、共和党は地盤沈下が著しい。昨年の大統領選挙の初回投票では、ヴァレリー・ぺクレス候補の得票率が5%に届かず、直後の国民議会選挙でも改選前から56議席を失い、NUPESと国民連合の後塵を拝する第4党に転落した。党勢回復を目指す共和党は昨年12月、反マクロンで党内最右派のエリック・シオティ国民議会議員を新たな党首に選出した。このことは、共和党が中道に寄り、大統領に接近するのではなく、右傾化し、極右政党に奪われた有権者の奪還を目指すことを意味する。

共和党は年金の支給開始年齢引き上げなどの改革の方向性では政府方針と一致している。だが、マクロン大統領に批判的な有権者の支持を集めるためにも、政府案に賛成し、マクロン改革の実現を助けたと受け止められることは避けたい。政府の年金改革案は、マクロン大統領やボルヌ首相が示唆していた当初案と比べて、共和党の代替案に近い。共和党の修正提案に政府が応じた体裁を取ることで、共和党を懐柔する狙いがあったものと考えられる。

政府は強硬突破も辞さない構え

政府は反対派による審議妨害を防ぐため、年金改革案を独立した法案としてではなく、社会保障関連予算の改正案として議会に提出することを検討している。23日に閣議了承を計画しており、その場合、国民議会(下院)で最長20日間、元老院(上院)で最長15日の審議を経て、50日以内に両院委員会で最終合意する必要がある。3月末までの法案成立を目指している。議会の議決なしに法案を成立することができる憲法49条3項は、1会期につき1回しか使えない切り札だが、予算関連法案についてはこうした縛りがない。同条項に基づく法案成立を阻止する唯一の方法は、24時間以内に内閣不信任案を提出することだ。政府が同条項の利用に踏み切れば、NUPESや国民連合は不信任案を提出するだろう。これに共和党が同調した場合、マクロン大統領は議会の解散・総選挙に踏み切ることを示唆している。

マクロン大統領はこれまでも抵抗勢力の反対を押し切り、強引に改革を進めようとして、国民の反発を買ってきた。多くの国民が反対する年金改革案を議会採決もせずに成立させる場合、更なる抗議活動の激化を招く恐れがある。野党勢が一枚岩になれないなか、政府は解散カードをちらつかせ法案成立での共和党の協力を仰ごうとしている。だが、強行突破に国民の不満が一層高まれば、解散・総選挙で厳しい審判を突き付けられるのは、大統領会派のアンサンブルの方かもしれない。

マクロン改革の集大成となるか?

年金改革案を巡る混乱は、経済活動や財政再建の行方にも影を落としかねない。大規模なストライキや抗議行動で経済活動が麻痺すれば、景気後退の瀬戸際にあるフランス経済に更なる急ブレーキが掛かることになる。年金改革案の成立に失敗すれば、2027年までに財政赤字の対国内総生産(GDP)比率を3%未満に抑制する政府の財政計画は軌道修正を余儀なくされる。借り入れ増加が嫌気され、フランスの国債利回りに上昇圧力が及ぶとともに、更なる改革期待が削がれ、マクロン大統領の残りの任期はレームダック化が進むことになろう。

逆に共和党の協力で政府が年金改革案の成立に成功すれば、政府の改革遂行能力を示すとともに、1会期1回の憲法49条3項の利用を別の改革関連法案に温存することができる。その場合、マクロン大統領は二期目の最重要内政課題に早々にけりをつけ、2027年の任期満了までの残りの時間をEU改革など外政分野でのレガシー作りに注力できる。

以上

田中 理


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