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英国の命運はスーナク氏に託された

~まさかのジョンソン再登板は回避~

田中 理

要旨
  • トラス首相の辞任に伴う保守党の党首選は、ジョンソン元首相の電撃復帰が回避され、堅実な政策手腕に定評があるスーナク元財務相が後継首相に選ばれた。財政規律を重視する同氏の首相就任により、トラスショック後に広がった金融市場の不安心理は後退するとみられる。だが、トラス減税の全面撤回とエネルギー料金凍結の期間短縮後も、総額300~400億ポンド相当の財政の穴があるとされる。財政規律を重視する余り、短期的には景気の下押し圧力が高まることが予想される。来年春以降のエネルギー料金の再高騰で物価が高止まりし、BOEの利上げが当初想定以上に長期化する恐れもある。

トラス首相の辞任に伴う保守党の後継党首選は、立候補に必要な推薦議員数を前回の20名から100名に引き上げたうえ、議員投票の開始から党員投票の結果が発表されるまでの期間を前回の1ヶ月半から最短5日に短縮し、早期決着を目指した。前回党首選の議員投票で終始リードを保ち、トラス氏との党員投票で敗れたスーナク元財務相が立候補に必要な推薦議員を確保したのに対して、首相への電撃復帰を目指したジョンソン元首相と、前回党首選で最終3候補まで残ったモーダント上院議長兼下院院内総務は、何れも推薦議員を確保できずに立候補を断念し、スーナク候補の後継党首選出と次期首相就任が決まった。

今回の党首選のダークホースとなったのが、休暇先から急遽帰国したジョンソン元首相だった。同氏は2019年の総選挙で、労働党が牙城としていたイングランド北部の選挙区を次々と奪い、保守党に地滑り的な勝利をもたらした。保守党の支持率が低迷するなか、次の総選挙で保守党に勝利をもたらせる人物として、ジョンソン氏に期待を寄せる声も浮上していた。同氏は今も党員から絶大な人気を誇り、100名の推薦議員を確保して党員投票に持ち込めば、辞任から僅か1ヶ月半で、まさかの首相再登板も夢物語ではなかった。だが、相次ぐスキャンダルで僅か3ヶ月前に辞任に追い込まれたジョンソン氏の再登板は劇薬となりかねない。保守党の政治倫理は地に落ち、党内の分断が一段と進み、パーティゲートを巡る同氏の疑惑追及も続いており、再登板後の首相退任で後継党首の再選出が必要になる可能性もあった。過去の政権運営や党首選でジョンソン氏を支持した強硬離脱派議員の一部もスーナク候補支持に回り、結局、ジョンソン首相は将来の首相再登板を視野に、名誉ある撤退を選択した。

現在42歳のスーナク氏は、インド系やヒンズー教信者として初の英首相となる。1980年にインド系移民(ケニア生まれのインド系移民)で医師の父、同じくインド系移民(タンザニア生まれのインド系移民)で薬剤師の母の下に英国南部の都市サウザンプトンに生まれた。オックスフォード大学を卒業後、大手投資銀行に勤め、米国のスタンフォード大学でMBAを取得。そこで出会ったインドの大富豪の娘と結婚した。資産家の妻が英国で納税していなかったことが財務相時代に発覚し、批判を浴びた。金融業界での成功の後、2015年の総選挙で初当選して政界に転身。メイ政権でレベルアップ・住宅・コミュニティ省の政務次官、ジョンソン政権で財務省の主席担当官を務めた後、辞任したジャビド財務相の後任として2020年から財務相を務め、コロナ禍の経済対応を最前線で指揮した。経済財政運営を巡ってジョンソン首相としばしば衝突したとされ、同氏とジャビド保険相の閣僚辞任がジョンソン首相退任の引き金となった。若い頃から英国の欧州連合(EU)からの離脱を支持し、2016年の国民投票でも離脱に投票した。だが、政界入り後は強硬離脱派と距離を保ち、離脱のメリットを声高に主張することもなかった。雑貨屋の娘だったサッチャー元首相と、薬屋の息子だった自身の出自を重ね合わせ、自らを保守党的価値観と自由主義の信奉者と呼ぶが、コロナ禍の財務相として史上最大規模の政策介入を行った。財政規律を重視し、トラス氏と争った前回の党首選では、インフレが沈静化した後の減税を主張し、財政規律を度外視したトラス氏の大型減税の危うさを指摘した。

トラス政権の政策迷走と金融市場の混乱を受け、スーナク新首相には堅実な政策運営の手腕発揮と党内融和が求められる。閣僚人事は近く発表されるが、トラス減税の全面撤回に舵を切ったハント財務相が留任する可能性が高い。エネルギー料金凍結の期間短縮と減税撤回後も300~400億ポンド程度の財政の穴があるとされ、ハント財務相は10月31日に予定される中期財政計画の発表と合わせて、追加の増税や歳出削減策を公表する公算が大きい。財政規律を重視するスーナク氏の首相就任により、金融市場の不安心理は後退するとみられる。ただ、大型減税の全面撤回により、目先の景気には下押し圧力が強まることが予想される。また、当初2年間を予定していた家庭向けのエネルギー料金の凍結が来年3月末までに短縮され、4月以降はエネルギー料金が再高騰する可能性が高い。物価高騰の長期化でBOEの利上げ局面が想定以上に長期化する恐れがある。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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