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英トラス政権、嵐の船出

~大型減税による国債増発で強烈な英資産売り~

田中 理

要旨
  • 英トラス政権は23日、党首選の公約を上回る大型減税を発表。発表済みのエネルギー料金凍結ともに、過去50年で最大規模の減税で物価高騰に苦しむ家計や企業を手厚く支援する。大型減税による国債増発が嫌気され、金融市場では英国の通貨・債券・株が大幅に売られている。このまま英資産売りが続くと、通貨防衛を兼ねた緊急利上げなどが選択肢として浮上してこよう。

英国ではエリザベス女王の国葬が終わり、トラス新政権が本格始動する。クワーテング財務相は23日、トラス首相が党首選の公約で掲げた総額300億ポンドを上回る総額450億ポンドの大型減税を発表した。ジョンソン政権時代に決めた来年春に法人税率の19%→25%への引き上げと今年4月の国民保険料の1.25%引き上げを撤回したほか、来年4月から所得税の基本税率を20%→19%に引き下げ、所得税の最高税率(45%)を廃止、初回の住宅購入者に対する不動産取得税(印紙税)の引き下げを決めた。発表済みのエネルギー料金の凍結とともに、過去50年で最大規模の減税で物価高騰に苦しむ家計や企業を手厚く支援する。

財務相によれば、エネルギー料金の凍結は10月から来年3月までの6ヶ月間で600億ポンドの財政悪化要因となり、うち310億ポンドが家計負担の軽減に、残りの290億ポンドが企業負担の軽減に充てられる。企業向けのエネルギー料金凍結が6ヶ月間で打ち切られるのに対し、家計向けは2年間継続するため、ガスの卸売価格が現状程度で推移した場合、エネルギー料金凍結の財政負担は総額1530(=310×4+290)億ポンドに及ぶ。残りの減税などの経済対策は、初年度に200億ポンド、2026/27年度に450億ポンドの財政負担を見込む。これらはコロナ危機対応で英国政府がこれまでに費やした3700億ポンドには満たないが、GDP比で8.5%もの財政悪化要因となる(図表1)。今回の経済対策による財政負担の大きさは、予算責任局(OBR)が年内に報告書を公表する。

財務相は実質GDP成長率の中期的な目標を2.5%に設定し、減税と規制緩和による経済活性化を目指す。ストライキを抑制する法律の制定、新たな経済特区の創設、銀行のボーナスキャップ廃止、金融業の規制緩和、2023年までに国内に残るEU規則を完全に廃止することなどを約束した。次の総選挙での支持政党を尋ねる世論調査では、野党・労働党が与党・保守党をリードする(図表2)。2024年に予定される総選挙に向けて、トラス首相はエネルギー料金凍結による家計負担軽減と経済の立て直しで、幅広い国民の支持を得ようとしている。だが、所得税の最高税率引き下げや銀行ボーナスキャップ廃止などの政策は、金持ち優遇との批判を招く恐れもある。

新政権の経済対策の発表を受け、23日の金融市場では10年物ギルト債利回りが3.8%を突破、1日の変化幅としては1989年以来の大幅上昇を記録し、ポンドの対ドル為替レートが1ポンド=1.1ドルを割り込み、37年振りの水準に下落した(図表3)。財務相は政府債務の対GDP比率を中期的に引き下げる方針を示唆しているものの、事実上の財政規律棚上げを受け、財政悪化による国債増発が嫌気され、通貨の信任が問われかねない状況にある。

前日に9月の金融政策委員会(MPC)の結果を公表したBOEは、昨年12月以来、7会合連続での利上げを決定した。ベイリー総裁が提案した50bp利上げを5対4の賛成多数で決めたが、3名の政策委員(ラムスデン副総裁、ハスケル委員、マン委員)が75bpの利上げを主張し、新任のディングラ委員が25bpの利上げを主張した。BOEは翌日に発表予定だった政府の経済対策を、今回の金融政策判断に盛り込んでいなかった。

8月の小売売上高の大幅減少、9月PMIの悪化モメンタム加速、エリザベス女王の葬儀で祝日が1日増えることから、7~9月期の経済成長率は4~6月期に続きマイナス成長が予想される(図表4)。英国は既にテクニカル・リセッション入りしている可能性が高い。エネルギー料金の凍結と今回の経済対策により、大幅な景気後退と一段の物価上昇は回避されるとみられる。来年には前年比+20%近くに向けて上昇が加速するとの見方も浮上していた消費者物価は、10月に前年比+11%近くでピークアウトするとみられる(図表5)。だが、労働需給逼迫による賃上げ加速や資源高による価格転嫁の動きが広がっており、BOEは「物価を2%の目標に戻すために必要なあらゆる措置を採る」とインフレ警戒姿勢を続けている。短期的にはエネルギー料金凍結が物価の上昇抑制要因となるが、中長期的には大型減税がコア物価の押し上げ要因となる。

今回の経済対策を反映した新たな経済・物価見通しを発表する次回11月のMPCでは、75bpに利上げ幅を拡大すると予想する。ただ、11月3日の次回MPCまでには時間があり、英国資産の投げ売りが続くようだと、さらに踏み込んだ対応が必要となる。その場合、政府が大型減税の方針を転換することや、将来の増税を約束することは考えにくい。通貨防衛も兼ねた緊急利上げなどが選択肢として浮上してこよう。

図表1
図表1

図表2
図表2

図表3
図表3

図表4
図表4

図表5
図表5

以上

田中 理


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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