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ねばるロシア、経済制裁に対抗

~各種の「抜け穴」を考える~

熊野 英生

要旨

G7諸国の経済制裁は、ロシアを次第に追い詰めている。しかし、ロシアはデフォルト回避にねばりを見せており、様々な抜け穴を探り始めている。ルーブル価値が一旦は急落して、このところ持ち直していることは、ロシアの完全な金融的封じ込めが意外に難しいことを反映しているように思える。

目次

ひとまずデフォルト回避か?

通信社報道によると、3月16日に予定されていたドル建てロシア国債の利払いをロシア政府はドルで払い込んだとされる。事前には、デフォルト懸念が強かった。ロシア政府は、ドルではなく自国のルーブルで支払うとアナウンスしていたので、もしもドルの換わりにルーブルで支払われていたならば、複数の格付機関から契約不履行と判定されていた可能性もある。そこでは、30日の猶予期間があるので、すぐにルーブルで支払わないという選択肢もあった。今回、ドルでの支払いにロシアが応じたことは、私たちにひとまず安心と思わせている。ただし、目先、ドルの支払い期限は相次いでやってくるので、まだ予断を許さない状況の中にいることには変わりがない。

このデフォルト懸念は、対ロシア制裁に起因するものだ。ロシア中銀の保有する外貨準備のうち、ドル・ユーロ・円・ポンドなどG7諸国の資産を凍結したことで、約6,400億ドルの約半分の外貨が対外支払いに使えなくなっている。そのため、外貨建ての支払いに応じることが厳しくなっている。裏返しに言えば、ロシアがG7の経済制裁を解除してもらえるように、和平交渉を進めれば、解除によってすぐにドル支払いができるようになる。外貨資産の凍結は、いわば人質作戦なのである。

対ロシア制裁の肝

G7諸国の対ロシア制裁は、通貨価値を下落させることが要点になる。よくSWIFTからの締め出しが、致命的な制裁だと言われるが、正確には主要7行に限定している。SWITFから締め出しても、ルーブルを人民元や暗号資産に一度交換すれば、その資金で取引ができるものもある。しかし、ルーブルの価値が劇的に下落すれば、他の資産への交換も不利になって、人民元を入手しづらくなる。何より、ルーブルを受け取る側は、その後ルーブルが下落することを怖がって、受け取らないだろう。G7諸国の狙いは、ルーブルの交換価値を著しく下落させるように、SWIFTからの排除に加えて、ロシア中銀の外貨資産を凍結することにあったのだろう。

かつて帝政ロシアを倒したレーニンは、「資本主義を破綻させる最上の方法は、通貨を堕落させることだ」と述べたと伝えられている。通貨を堕落させるとは、ルーブル価値を大きく下落させて、ロシアに輸入インフレの災禍を見舞わせるということだろう。欧米の経済制裁は、奇しくもレーニンの言葉をそのままに実行している。

抜け穴は大きいのか?

ところが、対ドルでのルーブル価値の推移を確認すると、最近はリバウンドしてきている(図表)。3月初は一時的にルーブルの対ドル価値が半分以上に下がった。そこから徐々にルーブル価値は回復しているのが実情なのである。

ルーブルの推移
ルーブルの推移

振り返ると、SWIFTからの排除がアナウンスされたのは2月26日だった。ウクライナの2地域を独立国として承認したのが2月21日。そして、2月24日にロシアは軍事侵攻を始める。26日のSWIFTからの排除決定は、かなりタイミングが早かった。しかし、その後、SWIFT排除の具体的な対象金融機関が3月1日に明らかになると、数日でルーブル価値はボトムアウトする。これは、首位のズベルバンクを除外したことで、難を逃れたい事業者がコルレス銀行をズベルバンクに切り替えることを容認した効果が、抜け穴として大きく期待されたからだという理解もできる。ズベルバンクをSWIFTから外さなかった理由は、ドイツの対ロシアのエネルギー輸入をすぐには停止できなかったからだという見方がある。他の欧米諸国からのタンカー・LNG船がドイツに到着するまでは、時間を稼ぎたいということなのだろうか。

なお、それとは別にロシアをSWIFTから完全排除すると、ロシアの国際的な資金決済の流れをSWIFTを通じて把握できなくなるから、それだけを残したという見方もある。

いずれにしても、「SWIFTからの排除」がアナウンスされたときに比べて、資金取引の抜け穴が大きそうだと見方が若干変わってきたことが、ルーブル下落の流れが修正されたことの背景にはあるかもしれない。

様々な抜け穴

最近では、ロシア独自のSPFSという銀行間送金システムを、中国の同じネットワークのCIPSに連結して、相互運用を検討していると報道される。このSPFSは、2014年のクリミア侵攻でロシアがSWIFTから締め出されそうになったという経緯を踏まえて、自前の仕組みをつくったものだ。中国も同様の理由でCIPSをつくっている。それらが結合するのは、いずれ起こるだろうと思われていたことだろう。しかし、国際送金の仕組みの中で、CIPSもまたSWIFTの電信システムを共有して使っていると言われる。仮に、ロシアの銀行が、CIPSを利用して外貨送金をすると、米国などがCIPSにも何らかの制限・罰則を加えてくる可能性はある。だから、本当にロシアにとって、中国との決済網の相互運用が抜け穴になるかどうかは、はっきりとわからない。

また、ロシアがCIPSを使って、資金移動を行うときには、中国にその情報が筒抜けになる。ロシアはそうしたことを許容するかどうかもわからない。

もうひとつ、暗号資産の取引がロシアの抜け穴になるという見方がある。確かに、ブロックチェーン技術は、銀行口座を介することなく、P2Pで決済ができる。これは分散型の決済システムの強みだ。米国は、こちらのルートもロシアの利用を制限しようとしているが、そもそもそうした排除が技術的に可能かどうかという疑問がある。

さらに言えば、ロシアは原油など資源輸出の取引を直接しようしている。インド政府は、割安でロシアから原油を購入したと言っている。インド・ルピーとルーブルで直接取引ができれば、ドル決済の制約がしにくい制約から逃れられることになる。

米国も経済制裁に苦慮しているはず

ロシアがG7諸国の経済制裁を逃れようとすると、予想外に様々な抜け穴がありそうだ。これは、米国などにとっては、完全な包囲網をつくることが難しいことを示している。

おそらく、今後、さらなる対ロシア制裁の強化が行われそうだ。その場合、日本にも米国がつくる新しい枠組みに参加することになるだろう。目先では、SWIFTから排除されるロシアの銀行の対象数が増える可能性があるだろう。

今後、ロシアのウクライナ侵攻が長期化するほどに、そうした追加的対応を迫られることはたいへん気懸かりである。

熊野 英生


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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