フィリピン大統領選、マルコス=サラ陣営の優勢で選挙戦がスタート

~ドゥテルテ氏の動向が注目されるが、マルコス=サラ陣営の優位は変わらない展開が続こう~

西濵 徹

要旨
  • フィリピンでは5月9日に正副大統領選が実施されるなか、立候補届け出を巡りドタバタ劇がみられた。現職のドゥテルテ氏は出馬出来ないが、影響力保持に向けて色々画策する動きをみせた。しかし、腹心のゴー上院議員は支持を集められず大統領選から撤退、ドゥテルテ氏も政界引退を表明した。ただし、支持率が依然高い一方で後継指名を行わない異例の選挙戦を巡っては、ドゥテルテ氏が動向を揺さぶると予想される。
  • 大統領選には10人、副大統領選には9人が立候補したが、元々の「1位・2位連合」であるマルコス氏、サラ氏の陣営が支持層の補完に加え、SNSの積極利用も追い風に優位に選挙戦をスタートさせている。他方、現副大統領のロブレド氏は「ドゥテルテ路線」の脱却を訴えるが、ドゥテルテ氏の人気の高さも理由に支持は伸び悩む。ドゥテルテ氏がマルコス=サラ陣営以外を応援する材料に乏しく、優位な選挙戦が続くであろう。

フィリピンにおいては今年5月9日に正副大統領選挙が予定されており、候補者を巡っては昨年10月に一旦届け出が締め切られたものの、翌11月までは差し替えが可能であり、土壇場に向けて候補者調整のドタバタ劇が繰り広げられる傾向がある。こうした背景には、法律によって候補者が最終確定した後は選挙日の90日前まで選挙活動が禁止されていることがあり、注目を集めることにより有利に選挙戦のスタートを切りたいとの思惑も影響しているとされる。現行憲法上では現職大統領による出馬が不可能ななか、大統領選ではドゥテルテ大統領による政策運営の継承の可否が大きな争点となっており、なかでもドゥテルテ大統領の下で実施された『超法規的措置』も辞さない麻薬対策、南シナ海問題を巡る中国への対応に焦点が当たっている。他方、ドゥテルテ大統領を巡っては、麻薬対策に関連して『超法規的殺人』の教唆ないし幇助を理由に退任後に訴追される可能性が指摘されており、訴追回避を目的に退任後も政界に影響力を残す方策を模索する動きがみられた。ドゥテルテ氏は副大統領選への出馬を模索したものの(注1)、国民の間で批判が強まったことを受けて一転して任期満了後の政界引退を発表するなど(注2)、一旦はそうした模索がとん挫したと思われた。しかし、11月には同国南部のダバオ市長選への出馬を表明していたドゥテルテ氏の娘であるサラ・ドゥテルテ=カルピオ氏が出馬を撤回して大統領選に打って出るとみられたが(注3)、大統領選に出馬しているマルコス元大統領の長男のフェルディナンド・マルコス・ジュニア氏とタッグを組み副大統領選に出馬することを表明。一方のドゥテルテ氏は腹心で大統領選に出馬しているボン・ゴー上院議員とタッグを組んで副大統領選に出馬して副大統領選が一転して『父娘対決』となる可能性も指摘された(注4)。その後、ドゥテルテ氏は一旦表明した政界引退を撤回したものの、正副大統領選と同時に実施される議会上院(元老院)議員選挙に出馬する意向を示し、政界への影響力維持に動くとともに父娘対決を回避した(注5)。しかし、ドゥテルテ氏は大統領選後に誕生する次期政権での影響力保持に向けて、ゴー氏を支援する一方でマルコス氏を連日『口撃』するなどの動きをみせてきたものの、世論調査では一貫してマルコス氏の独走状態が続いたことを受けて、ドゥテルテ氏は上院選出馬の撤回とともに再び政界引退を表明し、ゴー氏も大統領選の立候補を取り下げた(注6)。こうした状況を巡っては、大統領任期の終了が間近に迫るなかでドゥテルテ氏の影響力が低下するなど『死に体』化しつつあるとの見方がある一方、大統領としてのドゥテルテ氏の支持率は依然として7割を上回るなど高水準で推移している。今回の正副大統領選は現職のドゥテルテ氏が後継指名を行わない異例の状況下でスタートしており、今後の選挙戦を巡ってはドゥテルテ氏の動きその行方を大きく左右する可能性があると考えられる。

なお、大統領選には10人、副大統領選にも9人が出馬するものの、直近の世論調査ではマルコス氏の支持率が57%と他の候補を大きく引き離しており、副大統領候補のサラ氏とのタッグによる元々の『1位・2位連合』が優勢な状況は変わっていない。マルコス氏を巡っては、父である故マルコス大統領による長期独裁政権下で人権弾圧や政治腐敗が深刻化したこともあり高齢層の間に拒否感が残る。一方、マルコス家を巡っては首都マニラを中心とする同国北部を選挙地盤としており、マルコス元政権が崩壊した後も妻のイメルダ・マルコス氏が下院議員を務めたほか、長女のアイミー・マルコス氏は現職の上院議員である上、長男であるマルコス氏も元上院議員であるなど絶大な政治力を誇る。こうしたなか、同国南部を選挙地盤とするサラ氏とのタッグ結成は選挙地盤を巡る『補完関係』にある上、マルコス家の支持層はエリート層が中心である一方、『庶民派』を自任するドゥテルテ大統領やサラ氏の支持層との間でも『補完関係』にあるなど、優位に選挙戦を進める材料が揃っていると捉えられる。ただし、上述のようにマルコス家に対する拒否感も根強く残るなか、マルコス氏はインフラ投資の拡充をはじめとする経済対策を強調することでマルコス家のマイナスイメージを打ち消す戦略を採っている。他方、サラ氏は父のドゥテルテ大統領が政権運営を通じて『強い指導者像』を打ち出してきたこともあり、指導力をアピールする選挙戦を展開しており、この点でも『補完関係』にあると捉えられる。さらに、今回の大統領選ではSNSが活発に利用されるなか、マルコス=サラ陣営は積極的な利用を通じてマルコス元政権を知らない世代若年層への訴求力を高めており、こうしたことも選挙戦を優位に進める一因になっているとみられる。なお、直近の世論調査でマルコス氏に次ぐ支持率を集めたのは、人権派弁護士で現職の副大統領でもあるレニー・ロブレド氏である。ロブレド氏は現職の副大統領ながらドゥテルテ政権による強権姿勢を公然と批判してきたほか、選挙戦を通じて民主的な統治の重要性に加え、ドゥテルテ政権下では南シナ海問題を事実上棚上げして対中宥和に傾いた状況の転換を図るなど、内政及び外交政策の転換を訴えている。ただし、上述のように国民の間ではドゥテルテ氏に対する人気が依然として高いことも影響して「反ドゥテルテ」が選挙戦を巡って『風』になりにくい状況が続いており、結果的に支持率は17%に留まるなど伸び悩む事態を招いている。また、3位には俳優のイスコ・モレノこと現マニラ市長のフランシスコ・ドマゴソ氏、4位にはボクシングの元世界チャンピオンで上院議員のマニー・パッキャオ氏が付けており、それぞれ内政及び外交面でドゥテルテ政権との相違を争点としているものの、ともに支持率は10%程度と上位2名に遠く及ばない状況が続いている。上述のように、今後の選挙戦はドゥテルテ大統領の言動が大きく左右する可能性があるものの、ドゥテルテ家とマルコス家の近さや副大統領候補としてサラ氏がタッグを組んでいることを勘案すれば、マルコス氏以外の候補を敢えて支援する材料は乏しく、マルコス=サラ陣営が優位な選挙戦が続くと予想される。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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