フィリピン、大統領選の「父娘対決」は回避、争点は「ドゥテルテ路線」

~「1位・2位連合」は優勢の一方、国民に根強い「反マルコス」の行方と「ドゥテルテ路線」の評価に注意~

西濵 徹

要旨
  • フィリピンでは、来年5月に予定される大統領選及び副大統領選の候補者を巡る動きが激化してきた。今月15日の候補者差し替え期日を前に、世論調査で大統領選候補の1位を走ってきたサラ氏が2位のマルコス氏とタッグを組み副大統領候補となることを決定した。なお、一部にドゥテルテ大統領が副大統領選に出馬する「父娘対決」の観測も出たが、ドゥテルテ氏は政界引退を撤回する一方、同時に実施される上院選への出馬を表明した。全国区で争われる上院選は知名度が物を言うなか、当選のハードルは低いと見込まれる。
  • 他方、大統領選の顔ぶれが固まるなか、世論調査上の「1位・2位連合」を形成したマルコス氏は元々ドゥテルテ家とも関係が近く、内政及び外交面で「ドゥテルテ路線」の継続を訴える。他方、与党内の「反ドゥテルテ派」に推されたパッキャオ氏は外交面で中国への対抗を主張する。イスコ・モレノ氏は対中宥和姿勢をみせる一方、内政面ではドゥテルテ氏の強権姿勢を批判する動きをみせる。また、「反ドゥテルテ」の急先鋒のロブレド氏は内政・外交両面でドゥテルテ路線を否定している。当面の選挙戦は水面下で展開されるが、前回副大統領選では国民に根強く残る「反マルコス」が影響したため、今後は「ドゥテルテ路線」が軸になるであろう。

フィリピンにおいては来年5月に次期大統領選及び副大統領選が予定されており、先月にそれぞれに対する出馬の届け出が締め切られたものの、今月15日までは候補者の差し替えが可能であることから、土壇場で様々な動きが出ることが予想された。なお、現行憲法では現職のドゥテルテ大統領は次期大統領にそもそも出馬出来ず、同氏が率いる与党PDPラバン(民衆の力によるフィリピン民主党)は8月にドゥテルテ氏を副大統領候補とする『奇策』を発表した(注1)。さらに、PDPラバンはドゥテルテ氏とタッグを組む大統領候補にドゥテルテ氏の腹心であるボン・ゴー(クリストファー・ゴー)上院議員(元大統領特別補佐官)を推したものの、ゴー氏自身は大統領選の出馬に後ろ向きの姿勢をみせていた。なお、ドゥテルテ氏が副大統領候補となった背景には、副大統領は大統領が辞任ないし死亡して失職した場合に大統領への昇格が可能であるなど、制度の『抜け穴』を狙ったとみられる。しかし、現行憲法では「大統領任期のうち4年以上を務めた者は再び大統領選に立候補及び就任することは出来ない」と規定されており、学者や議員の間からドゥテルテ氏への批判が強まり、国民の間にも反発が広がったため、ドゥテルテ氏は最終的に副大統領選への出馬を撤回し、大統領の任期満了での政界引退を発表した(注2)。この結果、PDPラバンは届け出締め切りに際して、大統領候補にドゥテルテ政権下での『麻薬戦争』を指揮した元国家警察長官のロナルド・デラロサ上院議員を、副大統領候補にボン・ゴー氏を推す決定を行った。他方、世論調査では一貫してドゥテルテ大統領の長女で同国南部のダバオ市長を務めるサラ・ドゥテルテ氏が1位となるなど『サラ待望論』が強かったものの、サラ氏自身は最後まで態度を保留するとともに、届け出締め切り前にダバオ市長選での再選を目指して出馬する決定を行った。ただし、上述のように今月15日までは候補者の差し替えが可能ななか、サラ氏は突如ダバオ市長選からの撤退を発表したほか、2018年に自身が結党した地域政党の改革党を離党するとともに、アロヨ元政権下で与党であったラカスCMD(キリスト教イスラム教民主党)に合流して同党の副大統領候補となり、大統領選に出馬しているボンボン・マルコス(フェルディナンド・マルコス・ジュニア)元上院議員(PFP:フィリピン連邦党)とタッグを組むことを明らかにした。一方、こうした動きに前後してPDPラバンの大統領候補であったデラロサ氏は出馬そのものを取り消すとともに、副大統領候補であったゴー氏はドゥテルテ政権が掲げる汚職撲滅及び麻薬撲滅などを旗印に結党された事実上の衛星政党で与党連合を形成するPDDSの大統領候補となることを明らかにした。さらに、現地報道ではドゥテルテ大統領が一転して副大統領候補に出馬することにより、副大統領選が『父娘対決』となる可能性も取り沙汰された(注3)。しかし、ドゥテルテ氏は15日に大統領任期後の政界引退を撤回するとともに、PDDSの候補として大統領選及び副大統領選と同時に実施される上院選に出馬することを明らかにするなど『父娘対決』は最終盤で回避された。なお、上院選は全国区制であるなど知名度が物を言う傾向があり、現職大統領の出馬という圧倒的な知名度を背景に当選のハードルは極めて低いと見込まれる。

届け出の差し替え期日が過ぎたことで、次期大統領選及び副大統領選の顔ぶれが固まった。直近の世論調査においてサラ氏に次ぐ大統領候補として2位に付けたマルコス氏を巡っては、長期独裁政権を敷いた故マルコス大統領の長男である一方、元々ドゥテルテ家と近い関係にあるなか、世論調査で一貫して1位となってきたサラ氏が副大統領候補としてタッグを組むなど『1位・2位連合』を構築することに成功した。さらに、マルコス家は同国北部を地盤とする一方、ドゥテルテ家は南部を地盤とするなど票を獲得する上で補完関係が成立していることも今回のタッグ形成に繋がったとみられる。また、マルコス元政権を巡っては、戒厳令の下で行われた人権弾圧や政治腐敗などを理由に未だに国民の間に拒否感が根強く残る一方、ドゥテルテ政権はいわゆる『麻薬戦争』などを通じて強権姿勢を隠さないなど共通点が多いなかで再評価する動きをみせてきたほか、マルコス元大統領を国立英雄墓地に埋葬する方針を決定する動きをみせてきた。こうしたことから、仮にマルコス氏が次期大統領選に勝利すれば『ドゥテルテ路線』の継承に動くとともに、外交戦略面でもドゥテルテ政権下で中国への依存度が強まった流れが続くと予想される。他方、与党PDPラバン内の『反ドゥテルテ派』に推される形で大統領選に出馬している元ボクシング・チャンピオンのマニー・パッキャオ上院議員は、ドゥテルテ政権の外交戦略を批判するとともに、中国への対抗姿勢を強めるなど外交戦略の転換に繋がると予想される。また、直近の世論調査でマルコス氏に次ぐ位置に付ける俳優出身で清廉な印象で評価が高い首都マニラ市長のイスコ・モレノ(フランシスコ・ドマゴソ)氏(民主行動党)は外交戦略では中国に対して宥和的な姿勢をみせる一方、内政面ではドゥテルテ政権による『麻薬戦争』など超法規的措置も辞さない強権姿勢を否定するとともに、ドゥテルテ政権下で脱退したICC(国際刑事裁判所)への再加盟を示唆する動きをみせる。そして、現職の副大統領としてドゥテルテ政権による『麻薬戦争』に反発するなど『反ドゥテルテ』の急先鋒となってきたレニー・ロブレド氏(民主党)は、外交面ではアキノ前政権が南シナ海問題を巡って勝ち取った国際仲裁裁判所による仲裁裁定を前提に中国に対峙するとともに、内政面でも麻薬取り締まりを巡る戦略変更を主張するなど、『ドゥテルテ路線』との決別を主張する。現時点における世論調査をみればマルコス氏及びサラ氏が優勢とみられるが、2016年の前回の副大統領選では国民の間に根強く残る『反マルコス』姿勢が最終版でロブレド氏が接戦で勝利する一因になったことを勘案すれば、国民の間に根強く残る『反マルコス』と『ドゥテルテ路線』への拒否感が結び付く可能性もゼロではない。今後の選挙戦を巡っては、来年2月のキャンペーン解禁までは表立った活動が出来ないなど水面下での争いが続くと予想されるものの、『ドゥテルテ路線』がその軸の中心になると予想される。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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