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フィリピン議会下院、サラ副大統領への弾劾訴追を再び可決

~実体経済を無視した政局は市場の信認を失墜させるリスクも~

西濵 徹

要旨
  • フィリピン下院は5月11日、サラ・ドゥテルテ副大統領に対する弾劾訴追案を賛成多数で可決した。サラ氏を巡っては2025年にも機密費の不正使用疑惑などを理由に弾劾が可決されたが、憲法の「1年ルール」違反を理由に最高裁が無効と判断し、いったん弾劾を回避していた。今回は同ルールの適用期間終了後に改めて申し立てが行われ、再び可決に至った。

  • 今後は元老院に弾劾裁判所が設置されるが、サラ氏に有罪判決が下る可能性は低いとみられる。元老院にはサラ氏への弾劾に否定的な議員が多く、さらにドゥテルテ前大統領の側近であるカエタノ氏が新たに元老院議長に就任し、弾劾裁判所の裁判長も兼ねることとなった。

  • フィリピン経済は、中東情勢を背景とした原油高によりインフレが加速し、ペソ安、利上げも重なり実体経済の悪化が懸念される局面にある。そうした状況下で政治が政局争いを優先し続ければ、金融市場の信認がさらに低下し、ペソ相場への下落圧力が強まるリスクがある。

目次

【昨年、いったん弾劾を回避したサラ副大統領に対する弾劾訴追案が再び可決】

フィリピン国会の下院(代議院)は5月11日、サラ・ドゥテルテ=カルピオ副大統領に対する弾劾訴追案を賛成多数で可決した。サラ氏に対する弾劾を巡っては2025年、副大統領府と教育省の機密費の不正使用疑惑、出所不明の蓄財疑惑を理由に市民団体により申し立てが行われるとともに、その審理結果を待たず、マルコス大統領夫妻と大統領の従兄弟であるロムアルデス前下院議長への殺害予告を理由に別の弾劾申し立てが行われた経緯がある。

代議院は2025年にこれらの申し立てを受理、弾劾に必要な3分の1を大きく上回る賛成により可決した(注1)。その後、上院(元老院)は弾劾裁判所を設置したものの、審議を経た後に弾劾訴追を求めた代議院に差し戻すことを決定するなど、裁判そのものが振り出しに戻る格好となった(注2)。さらに、弾劾裁判所での審議に際しては、裁判そのものの取り下げを求める動議が提出され、圧倒的多数で可決された。背景には、現行憲法では同一の公職者に対する弾劾手続きを1年以内に複数回行うことを禁じる「1年ルール」があり、追加で行われた弾劾申し立てが無効であると指摘された。最高裁判所はその後、弾劾手続きが違憲であることを理由に、弾劾裁判そのものも無効とする判断を行った。ただし、訴追内容そのものを免責するものではないとして、1年ルールの適用期間が終了する2026年2月以降には再度申し立てや訴追が可能とする判断を示していた。

こうした最高裁判断を踏まえ、あらためて市民団体が代議院に対してサラ氏に対する弾劾申し立てを行った。代議院の法務委員会は4月、弾劾訴追に正当な理由があると認定し、本会議において再び採決が行われることとなった。その結果、今回は賛成票が257票と前回(215票)を上回る形となり、圧倒的多数の賛成により成立した。今後は元老院に再び弾劾裁判所が設置されることとなり、マルコス家とドゥテルテ家を巡る政局争いは裁判の場に移行する。

【弾劾裁判の行方は不透明だが、実体経済を置き去りにした政局は市場信認を毀損するリスク】

フィリピンでは、2028年に次期大統領選が予定されており、サラ氏はいちはやく出馬を表明するなど意欲をみせている。現行憲法ではマルコス大統領は次期大統領選に出馬することができない。次期大統領選への出馬が取り沙汰される候補のなかでサラ氏は最も支持率が高く、最も次期大統領に近い候補者と目されている。しかし、仮にサラ氏が弾劾裁判において有罪判決を受ければ、サラ氏は副大統領職を罷免されるとともに、公職から排除されることとなり、次期大統領選に出馬するうえでのハードルは高まる。

一方、元老院にはサラ氏への弾劾に拒否感の強い議員が多いとされる。そのうえ、元老院では11日にソット前議長に対する解任動議が提出されるとともに可決され、後任にドゥテルテ前大統領の腹心のひとりであるカエタノ氏が就任している。その結果、カエタノ氏が弾劾裁判所の裁判長を務めることとなり、サラ氏にとっては裁判を有利に進められる可能性がある。その意味では、弾劾裁判を経てサラ氏が有罪判決を受ける可能性は低下していると判断できる。

同国では、中東情勢の緊迫化を受けた原油供給への懸念や原油高を理由に、マルコス大統領が「エネルギー国家非常事態」を宣言する事態に追い込まれている。足元では、需要抑制への取り組みを強化するとともに、調達先の多様化などを通じて原油や石油製品が枯渇する事態は避けられているものの、幅広い経済活動に悪影響が出ることは避けられない。さらに、原油高を理由とするエネルギー価格の上昇を受けてインフレは大きく加速しており、金融市場においては対外収支の悪化を警戒して通貨ペソ相場が下落している(図1)。中銀は物価と為替の安定を目的に利上げを余儀なくされ、物価高と金利高の共存が実体経済を下押しする悪循環に陥る懸念も高まっている。こうした経済状況にもかかわらず、政治が政局争いを優先する展開が続くことは、金融市場からの信認を一段と低下させるとともに、ペソ相場の調整が加速する可能性に注意が必要になっている。

図表1
図表1

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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