台湾、感染対策の「優等生」で再拡大リスクが表面化

~感染対策の成否は世界経済に影響を与える上、その行方をわが国は「教訓」として見習うべきであろう~

西濵 徹

要旨
  • 一昨年末に中国本土で確認された新型コロナウイルスは、中国本土と経済面で関係が深い台湾での感染拡大が懸念されたが、当局による早期且つ徹底した対策により封じ込めが図られてきた。感染対策の「優等生」となるなか、経済面でも完全にその影響を克服しており、年明け以降は世界経済の回復や半導体不足も追い風に外需を中心に底入れが進むなど、足下の景気は回復局面から拡大局面に一段と飛躍している。
  • 感染対策の面は「優等生」である一方、中国本土との関係も影響してワクチン確保に手間取り、足下のワクチン接種率は0.54%と大きく後れを取っている。来訪者を中心に感染が確認されたが、先月末以降は市中感染が確認されるなど再拡大リスクが高まっており、部分的に行動制限が再強化されている。台湾の行方は半導体を通じて世界経済に影響を与える上、その対応の成否はわが国も「教訓」とする必要が高いと言えよう。

台湾経済を巡っては、中国本土経済との強い結びつきもあり、昨年初め以降における中国本土での新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染拡大を受けて、台湾域内でも感染拡大の動きが広がることが懸念された。しかしながら、実際には一昨年末に中国の湖北省武漢市で感染が確認された直後に武漢と台湾との間の直行便の乗客に機内検疫を実施したほか、その後も団体旅行の往来の全面禁止のほか、中国全土からの入国も全面禁止するなど強力な対策が採られた。そして、政府のみならず企業レベルでも強力な感染封じ込めに向けた取り組みが進められるなど、2002~03年に中国本土で大流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)に際して対応で後手を踏んで当時の陳水扁政権が難しいかじ取りを迫られたことを教訓に、先手を採る形で感染対策の強化が図られた。こうしたことから、昨春には域内で感染が拡大する動きがみられたものの、デジタル技術を駆使する形で『徹底した透明性』を元に感染対策や行動変容に繋がる仕組み作りがなされたこともあり、その後は早期に感染が収束したことで経済活動の正常化が図られた。さらに、その後は中国本土での感染収束による経済活動の正常化に加え、欧米などで感染一服を受けた経済活動の再開が図られるなど、主要国を中心に景気回復の動きが進んでおり、外需を取り巻く環境も大きく改善している。また、主要国を中心に世界経済が回復の動きを強める一方で、全世界的な行動変容も影響して半導体不足が顕在化するなか、台湾は世界で有数の半導体の『生産基地』となっている特徴も追い風に、外需が大きく押し上げられる動きもみられる。そして、外需の改善や経済活動の正常化も追い風に、一時的に大きく調整した雇用は一転底入れの動きを強めるなか、財政及び金融政策を総動員した景気下支えの動きも重なり、2020年通年の経済成長率は多くの国がマイナス成長を余儀なくされたにも拘らず、台湾は+3.11%(改定値)とプラス成長を維持するとともに前年(同+2.96%)を上回るなど拡大の動きを強めている。台湾は新型コロナウイルス対策に関して『優等生』と呼ばれることが少なくないなか、経済面でも早くも新型コロナウイルスの影響を克服している 1。年明け以降も世界経済は回復の動きを強めるなど外需は一段と押し上げられているほか、上述のように世界的な半導体不足も追い風に関連セクターを中心に設備投資の動きが活発化していることもあり、1-3月の実質GDP成長率(速報値)は前期比年率+12.94%と3四半期連続のプラス成長となるなど景気は一段と底入れしている。実質GDPの水準は新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)の影響が及ぶ直前の一昨年末と比較して+7.9%も上回るなど、足下の台湾経済は『回復局面』から『拡大局面』に一段と飛躍を遂げている。そして、世界的には足下においても依然として半導体が不足する状況が続いているなか、半導体をはじめとする電子部品関連を中心に輸出受注が押し上げられる展開が続いており、こうした動きは先行きの輸出を下支えすることで景気回復を促すことが期待される。

図1
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図2
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なお、上述のように台湾は新型コロナウイルス対策の優等生となっている一方、主要国においてはワクチン接種の動きが広がるなど新型コロナウイルス対策は新たな段階に入っているにも拘らず、台湾は大きく遅れている。こうした背景には、中国本土がいわゆる『ワクチン外交』を活発化してアジア新興国などに対して中国製ワクチンを供与して中国製ワクチンの普及が進む動きがみられる一方、台湾当局は中国製ワクチンの安全性及び効果を疑問視して導入しない姿勢を維持していることも影響している。他方、足下では各国間でワクチン獲得の争奪戦の様相を呈する動きがみられる上、ワクチンの世界有数の生産拠点であるインドでの感染力の強い変異株による感染再拡大を受けて、インド政府が海外へのワクチン供給を事実上停止する動きをみせていることも、世界的なワクチン需給のひっ迫を招く動きに繋がっている。台湾では3月に英国製ワクチンに対する承認が下りるとともに接種が開始されているものの、今月12日時点におけるワクチン接種回数は累計で13万回弱に留まっている上、ワクチン接種率(完全接種率+部分接種率)は0.54%と世界平均(17.5%)を大きく下回るなど後れを取っている。なお、台湾では海外からの来訪者数の間で一時的に新規感染者数が拡大する動きがみられる一方、基本的に市中感染は抑えられる展開が続いてきたものの、先月末以降に市中感染が確認されている上、足下では新規感染者数が再び拡大傾向を強めている。こうしたことから、政府(行政院)は航空会社の全乗務員を段階的に隔離するとともに、集会に対する規制を強化したほか(屋内は100人以下、屋外は500人以下)、地方レベルでも施設の利用制限を課す動きが広がりをみせるなど早速対応が強化されている。また、政府は行動制限の再強化に伴う経済活動への悪影響を軽減すべく、すでに発表されている4200億台湾ドル(GDP比2.1%)規模の景気対策を2100億台湾ドル増額して計6300億台湾ドル(GDP比3.2%)程度に拡充する方針を示している。なお、蘇貞昌行政院長(首相)は自身のSNSで「警戒水準を引き上げる必要は当面ない」との考えを示しており、その理由について「過去の経験やリソースに基づき感染経路が判明している」ことを挙げる一方、「影響を受ける可能性がある市民及び企業を支援すべく歳出を拡大する」として、幅広く経済活動に悪影響を与える都市封鎖(ロックダウン)の実施に二の足を踏む姿勢をみせる。足下における累計の感染者数は1300人弱に留まり、その大宗が海外からの来訪者である上、死亡者も数累計で12人に留まるなど他国と比較すれば抑えられているものの、足下で市中感染が拡大するなかで感染封じ込め策が成功するか否かに注目が集まる。台湾の行方はわが国にとっても半導体を通じて製造業の行方を大きく左右する上、その感染対策の成否は同じ島国でありながら、水際対策の甘さも影響して感染が再拡大する事態に直面しているわが国が最も見習うべき対象として注視する必要があろう。

図3
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以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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