ライフデザイン白書2024 ライフデザイン白書2024

なぜ金融経済教育に前向きになれないのか

~求められる「学びに向かう力」と「学びの成功体験」~

鄭 美沙

目次

1. 4人に1人が「お金の稼ぎ方や資産形成について、学ぶ場は必要ない」

政府が資産運用立国実現プラン(2023年12月)を公表してから2年が経つ。実現プランは、個人の資産形成を促進し、国内の投資を活性化させ、「成長と分配の好循環」を実現していくことを目的とした包括的な政策である。その中の取組みの一つに、金融経済教育の充実が挙げられている。2025年11月に閣議決定された「『強い経済』を実現する総合経済対策」でも、「家計の安定的な資産形成に向け、金融経済教育の更なる充実を図る」と明記されており、金融経済教育は引き続き推進される見込みである。

金融経済教育の充実を求める声も多い。金融広報中央委員会の「金融リテラシー調査(2022年)」によると、「生活設計や家計管理等の『金融教育』は、学校で行うべき」と思う人は71.8%にのぼった。インフレの進行などもあって、金融経済教育の重要性はいっそう高まっている。今後も物価上昇が継続すれば、手元の現金や貯蓄の実質的な価値は目減りするため、インフレが家計に与える影響や自分の資産をどのように守るかなどを主体的に考える必要がある。

当研究所では「お金の稼ぎ方や資産形成について、本来どこで学ぶのが適切だと思うか」を調査した(図表1)。学ぶ場として、高校や大学・専門学校など学校教育が適していると思う人が多い一方で、「学ぶ場は必要ない」という人も25.8%と少なくない。学ぶ場は必要ないと思う人は、男性のほうが女性より多く、30代以上の男性では3割程度となっている(図表2)。「自分で学ぶから学ぶ場は不要」ということも考えられるが、学ぶ場は必要ないと回答した人の約9割が、お金の稼ぎ方や資産形成について情報を得たり、学んだ経験がなかった(図表省略)。それらについて学ぶこと自体に消極的とみられる。

金融経済教育の推進においては、こうした学びに前向きでない層の関心を高める必要がある。本稿では、「お金の稼ぎ方や資産形成について、学ぶ場は必要ない」と思う背景と求められる取組みについて考察する。  

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2. ニーズ:学ぶ場の必要性を感じていない

「お金の稼ぎ方や資産形成について、学ぶ場は必要ない」と思う背景として、1)学ぶ場の必要性を感じていない、2)お金の話や新しいことへの抵抗感がある、3)「学び」自体に消極的である、といった3点が主に考えられる。以下、順にみていく。

まず、「学ぶ場は必要ない」というのは、実際に個人がその必要性を感じていないからというニーズの問題があると考えられる。たとえば、自分はすでに知識があるから学びの場は不要と思っているケースである。これについて、図表3左では、「自分は、経済や資産形成に関する知識があるほうだ」と思う人の割合を、「お金の稼ぎ方や資産形成について、学ぶ場は必要ない」と思う人(以下、学びの場不要層)と、学ぶ場は必要だと思う人(以下、必要層)で比較している。その結果、予想と反して、学びの場不要層のほうが「知識があるほうだ」と思う割合が、10ポイント程度低かった。さらに、実際に「将来の社会環境の変化を見込んで、家計運営や資産形成が行えている」人の割合も(図表3右)、学びの場不要層のほうが低く、資産形成は行えていないが学びの場は不要と考えている傾向がみられた。

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もう1つ、特に経済的に困っていないから学びの場は不要とするケースも考えられる。現在および将来の暮らしにおける経済的な不安の有無をみたところ(図表4右)、現在・将来いずれにおいても、学びの場不要層のほうが経済的な不安を感じている人の割合は10ポイント以上低かった。

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つまり、ニーズの面では、経済的な不安を感じていないことが、学びの場は不要と考える主な要因であるようだ。一方で、自らの知識不足や資産形成を行っていないことは、学びの場の必要性を強く喚起するものではなかった。言い換えれば、不安を感じていないから、知識を得たり資産形成に取り組んだりしていない可能性がある。過度に不安を煽ることは望ましくないものの、金融経済教育においては、まずは個人の家計や経済状況を把握し、そのもとで希望する生活が実現可能かを考えるというライフデザインの視点が重要といえる。

3. 心理的障壁:お金の話や新しいことへの抵抗感がある

これまで日本で金融経済教育が十分に進まなかった要因の一つとして、お金の話をすることをタブー視する文化的な傾向が指摘されてきた。そうした心理が、お金を学ぶことへの抵抗感を生じさせる可能性が考えられる。そこで、「お金の稼ぎ方や資産形成などについて親から助言を受けたことがある」か否かを確認すると(図表5左)、学びの場不要層では、親から助言を受けたことがある割合が10ポイント程度低かった。学びの場不要層は、家庭内でお金の話をした経験が少ないとみられる。

また、「独り立ちするまでの子どものお金の稼ぎ方や資産形成について、親は助言する必要がある」と思う人の割合も、学びの場不要層は30%程度で、必要層と2倍近い差がみられた(図表5右)。こうした結果を踏まえると、お金について話す・教えるという経験や意識が乏しいことが、学びに消極的な姿勢につながることが考えられる。学校や職場での金融経済教育の普及によって、お金について、よりオープンで主体的に考える姿勢が育まれることが期待される。

図表
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加えて、お金や資産形成のように、これまでやってこなかった新しい取組みに対して抵抗感があるという心理的障壁も考えられる。「新しいことやものを積極的に暮らしに取り入れている」人の割合をみると、学びの場不要層のほうが、必要層より20ポイント近く低い(図表6左)。また、新しいことへの挑戦を妨げる要因の一つとして、「どうせやっても変わらない」といった諦めの心理があると考えられる。そこで、「自分が動くことで社会を変えることができると思う」か否かの設問を確認してみると、ここでも学びの場不要層のほうが少ないという結果がみられた(図表6右)。

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「お金の稼ぎ方や資産形成の学びの場」と「社会変革」は、直接的な関連があるとは言い難い。ただ、その背景に、新しい知識や行動によって自分や社会が変わるという自己効力感や変化への期待の低さが共通している可能性がある。日本の子どもたちの自己効力感や自己肯定感が低いことは、教育における重要な課題となっている。こうした傾向は、金融経済教育など新しい学びへの意欲にも影響しうるため、その醸成は喫緊の課題である。

4. 学習意欲:「学び」自体に消極的である

最後に、学習意欲に起因する可能性を考える。「お金の稼ぎ方や資産形成」に限らず、そもそも「学び」自体に消極的というケースである。図表7では、「時代の変化に合わせて、学び続けようと思う」「社会人になってからの学び直しは必要だ」に対する回答を比較した。その結果、学びの場不要層のほうが必要層に比べて、あてはまる人がどちらも30ポイント程度少なかった。

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本調査では、「お金の稼ぎ方や資産形成」の他「働き方や職業選択(キャリア)」「結婚や子育て」「健康的な生活」「ライフデザイン(人生設計)を考える上で必要な情報」についても、それぞれ「どこで学ぶのが適切だと思うか」を尋ねている。「お金の稼ぎ方や資産形成について、学ぶ場は必要ない」と思う人のほとんどは、上記4つの分野すべてを「学ぶ場は必要ない」と回答していた。

これらを踏まえると、「お金の稼ぎ方や資産形成」の学びの場が不要というだけではなく、そもそも「学び」自体に消極的であると考えられる。金融経済教育の必要性を喚起したり、教材やオンライン講座の提供など学びやすい環境を整備しても、根本的に学びへの抵抗感がある場合には、実際の学習行動にはなかなかつながりにくいだろう。

5. 学びに向かう力の育成

1)学ぶ場の必要性を感じていない、2)お金の話や新しいことへの抵抗感がある、3)「学び」自体に消極的である、いずれも対処すべき課題ではあるが、特に重要なのは、3)の学習意欲に起因するものと考えられる。なぜなら、学びの場不要層と必要層で、関連する設問の回答差が特に大きいことに加え(図表7)、学び続ける重要性が増している中で、分野に限らず学びに消極的であることは、急速に変化する社会への適応力や自己成長の機会を自ら狭めてしまう可能性があるからである。

学習意欲は、初等中等教育で育成される「学びに向かう力」に関連している。現行の学習指導要領では、育成すべき資質・能力として、1)学びに向かう力・人間性等、2)知識・技能、3)思考力・判断力・表現力等、の3つが柱とされている。「学びに向かう力・人間性等」には、「主体的に学習に取り組む態度」が含まれており、これが特に学習意欲につながるものとなる(注1,2)。

学校教育において、学びに向かう力の育成が進められてきたものの、その進捗は十分とはいえない。文部科学省(2025)によると、コロナ禍のように再び休校になった場合、自律的に学ぶ自信がない生徒も、他国と比較して多い(注3)。現在進められている学習指導要領の改訂作業においては、こうした状況を鑑み「学びに向かう力・人間性等」の再整理が検討されている。その要素として、「初発の思考や行動を起こす力・好奇心」「学びの主体的な調整」「他者との対話や協働」「学びを方向付ける人間性」が挙げられており、今後さらに議論が深まる予定である。これら4つの要素は、社会人になって新たな学びを始めるうえでの原動力になるだろう。

「学びに向かう力」は、金融経済教育の推進に限らず、変化の激しい社会を生きるために不可欠である。今後の学校教育において、確実に培われていくことが期待される。

6. 「学びを楽しむ」という成功体験

学校教育段階での「学びに向かう力」の育成が求められる一方で、そうした力の育成が不十分のまま社会人となった人の学習意欲を喚起する取組みも重要である。その一つとしては、学習経験に応じた支援が有用と考えられる。4節で述べた5つの分野について、情報を得たり学んだことがある数をみると、すべて学んだ人と1つも学んだことがない人に二極化されている(図表8)。

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乾(2021)によると、学び続けている人と学習を実施しない人は固定化している。学び続けている人は、学習による成功体験が次なる学習開始を支え、「学び重ね」ている。実用性や達成感などから「次もきっとおもしろいはず」と思え、学習に対し自分なりの意味づけができるということだ。一方で、実施しない人にはそうした成功体験がなく、役に立ったという実感がなかったり、授業や研修は「耐え忍ぶ時間」であったりすると指摘している。このことは、学びの成功体験の重要性を示唆するとともに、現状ではお金や資産形成の学習に前向きでない人であっても、何らかの学びを通じて成功体験を得られれば、そうした分野への学習姿勢が変化しえるとも捉えられる。

現在、官民において学び直しが推進されており、費用の助成や、時間の柔軟性を高めるための授業のオンライン化などが進められている。しかし、これらの施策の恩恵が十分に届くのは、学びのハードルが「意欲」ではなく「費用や時間」であり、すでに学び続けている人が中心であろう。金融経済教育においても、任意参加の研修やセミナーでは学習を実施しない人の参加を促すのは容易ではない。乾(2021)は、非学習実施者が学習実施を検討するには、学習後の「成功」の姿(ロールモデル)と出会える機会の提供が必要だと述べている。

従業員の学び直しを支援する企業は増えつつある。上述の状況を踏まえると、支援の効果を最大化するには、学習経験や意欲によってセグメントを分け、経験が乏しい層に対しては、ロールモデルの提供や学ぶことの具体的メリットの提示などを通じて、学びの開始まで伴走することが効果的と考えられる。職域での金融経済教育も、受講することの効果をわかりやすく伝えるなど、自分事として捉えやすくする仕組みが求められる。

さらに、学習意欲を高めるには、学び自体を楽しむことも必要である。近年の学び直しは、リスキリングとして、業務に必要なスキルや知識を学び、新しい職種や賃金上昇に結びつけることを目的として進められている。これまでは、企業において従業員の自発的な学びが十分に評価されていなかったため、こうした方向性はきわめて重要である。学んだ成果が評価されれば、学びの成功体験にもなる。一方で、仕事のための学びは、受験のための勉強のように学び自体が強制され、「やらされ感」を生む可能性も否めない。仕事に直結しない学び、例えば絵画や音楽、スポーツ等も、自分の好奇心を満たし、生活を豊かにする大事な学びである。そこで得た達成感や、学びを楽しむ経験も「学びの成功体験」の一種であり、次の学びのモチベーションになる。学びの成功体験が乏しく、学び始めるハードルが高い人は、まずは自分が楽しめそうなことや没頭できそうなことから取り組むことが、有効なアプローチの一つとなるだろう。社会全体でリスキリングが進められている今こそ、学びそのものの楽しさを見失わない視点も重要である。

以上、本稿では、資産運用立国に不可欠な金融経済教育の推進に向け、学びに前向きでない層の要因について考察した。現在、その推進策として、研修などの学習機会の拡充やお金に対する相談体制の整備などが進められているが、それに加えて「学び」自体への消極性の払拭が重要となる。その一助となる「学びに向かう力」や「学びの成功体験」は、金融経済教育にとどまらず、あらゆる学びやこれからの社会を生きる力の基盤となる。学びに苦手意識を持っている人でも、学びを楽しめるきっかけを得られ、それが生活を豊かにしていける社会になることが期待される。


【注釈】

  1. 「学びに向かう力、人間性等」は、具体的には、主体的に学習に取り組む態度も含めた学びに向かう力や、自己の感情や行動を統制する力、よりよい生活や人間関係を自主的に形成する態度等があり、自分の思考や行動を客観的に把握し認識する、いわゆる「メタ認知」に関わる力を含むものとされている。また、多様性を尊重する態度や互いのよさを生かして協働する力、持続可能な社会づくりに向けた態度、リーダーシップやチームワーク、感性、優しさや思いやりなどの人間性等に関するものも幅広く含まれる。(文部科学省「学習指導要領の趣旨の実現に向けた個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実に関する参考資料」2021年3月版)

  2. 以前の学習指導要領では、評価の観点に「関心・意欲・態度」が含まれていたが、現行学習指導要領において、「関心・意欲・態度」を改め「主体的に学習に取り組む態度」とされた。(文部科学省「平成29・30年改訂の学習指導要領下における学習評価に関するQ&A」2019年11月)

  3. 「ビデオ会議システムを使う」「自力で学校の勉強をこなす」「言われなくても学校の勉強にじっくり取り組む」等、8項目に対する自信の有無を指標化したところ、日本はOECD平均より低く、37カ国中34位であった。(文部科学省中央教育審議会教育課程企画特別部会「論点整理参考資料集」2025年9月)

【参考文献】

  • 乾喜一郎「社会人に学習を促すうえでの課題と個人の学習が社会に及ぼす効果~社会人学習者の視点から~」中央教育審議会生涯学習分科会第113回(2021年)

  • 文部科学省「教育課程企画特別部会論点整理 参考資料集」(2025年)

鄭 美沙


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。

鄭 美沙

てい みさ

ライフデザイン研究部 主任研究員
専⾨分野: ライフデザイン・ライフコース、金融リテラシー

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