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2024.05.02
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2023年軍事費ランキング、脅威への備えが顕著に
~SIPRI軍事費データ2024年4月版公表、リアリズムと純金茶碗~
石附 賢実
- 要旨
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2024年4月22日、SIPRI(ストックホルム国際平和研究所)のMilitary Expenditure Databaseの更新データが公表された。まず軍事費の世界シェアと実額の推移を把握すべくデータを取りまとめて図表で紹介する。
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次に、ソ連崩壊直前から2023年までの世界シェアの推移を概観すると、1990年には米国の34.8%、ソ連の23.5%と東西冷戦の盟主が双璧となっていた。ソ連崩壊以降、米国一強の時代が継続しているなか、中国がその経済成長と歩調を合わせて台頭した。中国が台頭したといっても現在も米国一強の趨勢に変化はない。
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2023年は1位・2位の米中のシェアが落ちているのが分かる。これは、主にロシアによるウクライナ侵略を受けて、米中以上に軍事費を伸ばしている国が散見されることによる。2023年上位15か国で対前年増加率が目立つのは3位ロシア、7位ドイツ、8位ウクライナ、10位日本、14位ポーランド、15位イスラエルである。
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筆者は従前から「国民一人ひとりが安全保障を身近に感じることが重要」であるとの考えのもと、企業の不正防止に係るFraud Triangleを援用して「備え」の重要性などを紹介してきた。東京で純金茶碗の盗難事件が発生したが、アクリルケースが無施錠だったとされ、判断を誤り後先考えずに「盗れそうだから盗った」ものである。安全保障の文脈では、備えを怠ることは、権威主義国家のリーダーの誤った判断に繋がりかねないことを示唆している。
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軍事力による備えは、外部の脅威に対応するリアリズムのアプローチとして、より一層重要な要素となりつつある。特にウクライナのブチャなどの惨劇を映像で誰しもが見せつけられる今日において、リアリズムに基づくバランシング戦略(自力あるいは同盟等により力の均衡を図る)以外の選択肢は取りづらい状況になっている。中立や宥和・バンドワゴニング(脅威となる国に気に入られるように妥協、行動する)で主権と平和を守れるのだろうか。軍事費の増加は各国の認識を示している。
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1. 2024年4月SIPRI公表軍事費データ
まず、SIPRI(ストックホルム国際平和研究所)が2024年4月22日に公表した更新データを取りまとめ、軍事費(注1)の世界シェアと実額の推移を図表で紹介する(資料1、2)。
2. 軍事費の推移と2023年実績の特徴
資料1は1990年、ソビエト連邦(ソ連)崩壊直前から2023年までの世界シェアの推移を概観している。かなり大きなグラフだが、米国一強の軍事費シェアの実態を視覚的に理解するには有用だ。1990年には米国の34.8%、ソ連の23.5%と東西冷戦の盟主が双璧となっていた。ソ連崩壊以降、米国一強の時代が継続しているなか、中国がその経済成長と歩調を合わせて台頭した。中国が台頭したといっても米国一強の趨勢に変化はない。2022年にはロシアがウクライナに侵略し、ウクライナが上位に登場するようになった。日本は1995年の6.9%を頂点に、世界2位の防衛費を誇っていた時期がある。GDP比で1.0%前後に防衛費が抑えられていたにも関わらず、経済の強さによって世界2位となっていたのである(注2)。
2023年は1位・2位の米中のシェアが落ちているのが分かる。これは、主にロシアによるウクライナ侵略を受けて、米中以上に軍事費を伸ばしている国が散見されることによる。2023年上位15か国で対前年増加率が目立つのは3位ロシア、7位ドイツ、8位ウクライナ、10位日本、14位ポーランド、15位イスラエルである(資料2)。ロシアは23.5%増、ドイツは9.0%増、ウクライナは他国からの支援分が含まれていないにも関わらず50.7%増、そしてロシアの隣国であるポーランドは74.6%増となっている。ドイツはNATO目標のGDP比2%を2024年に達成するとされるほか(注3)、日本も2027年度においてGDP比2%まで引き上げる方針を示しており(注4)、2023年は10.7%増となっている。イスラエルは2023年10月のハマスのテロ攻撃を受けたガザでの戦闘等により23.7%増となっている(注5)。
上位15か国のランク外でも38位のデンマーク(39.3%増)、46位のフィンランド(54.0%増)、バルト3国の一角、80位のエストニア(28.7%増)などロシアの脅威と近接している国の増加が際立つ。
なお増加率は実質US$ベース(2022年為替・物価固定)のため、名目US$の数値による計算とは合致しない。また、2023年4月更新のデータベースにおいては2022年に日韓が逆転して韓国が9位、日本が10位とされていた(注6)が、今般2024年の更新において過去データが遡及修正されており、2022年は日本が9位、韓国が10位と逆転はなかったこととされた。
3. 純金茶碗事件~リアリズムとしての軍事費増
軍事費の増加は、しばしば国際的な緊張の高まりと連動する。特にロシアによるウクライナ侵略のような明確な軍事的侵略はリアリズムを呼び起こし、世界中の国々に軍事力の強化が不可欠であることを再認識させた。リアリズムは、国際秩序をパワー、あるいはそのバランスを通じて理解する考え方である(注7)。今般の侵略は、特に権威主義的な国家に隣接する国の安全保障上の脅威が明確となり、多くの国々が軍事力の増強を求める理由となっている。
今回のウクライナ侵略のように、権威主義的な国家のリーダーが軍事的に誤った判断を下して侵略する可能性は常に念頭に置く必要がある。ロシアのリーダーは、ウクライナの抵抗と西側の支援を見誤ったが、ウクライナを我がものに、との身勝手な「動機」(注8)を後押しする「機会」があるようにみえたということだろう。つまり、「機会」と「動機」を封じるための軍事・外交を含めた「備え」が十分であったのかが問題となる。
筆者は従前から「国民一人ひとりが安全保障を身近に感じることが重要」であるとの考えのもと、企業の不正防止に係るFraud Triangle「機会」「動機」「正当化」を援用して「備え」の重要性などを紹介してきた(注9)。これに関連した事件として、2024年4月に東京で発生した純金茶碗の盗難に言及したい。これは、アクリルケースが無施錠だったため、判断を誤り後先考えずに「盗れそうだったから盗った」とされる(報道等より、注10)。カギがかかっていれば盗難は防げた。この事例は「機会」があれば、それを利用する犯罪者が存在することを念頭に対策をたてなければならないという警鐘である。安全保障の文脈では、備えを怠ることは、権威主義国家のリーダーの誤った判断に繋がりかねないこと、侵略の「機会」を提供することに他ならないことを示唆している。
軍事力による備えは、外部の脅威に対応するためのリアリズムのアプローチとして、より一層重要な要素となりつつある。特にウクライナのブチャなどの惨劇を映像で誰しもが見せつけられる今日において、リアリズムに基づくバランシング戦略(自力あるいは同盟等により力の均衡を図る)以外の選択肢は取りづらい状況になっている。中立や宥和・バンドワゴニング(脅威となる国に気に入られるように妥協、行動する、注11)で主権と平和を守れるだろうか。軍事費の増加は各国の認識を示している。
以 上
【注釈】
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本稿ではSIPRIの“Military Expenditure”のニュアンスに合わせて「軍事費」としている。日本のみに関わる箇所については、日本で一般的に使用されている「防衛費」を使用している。
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当時日本のGDP(名目US$ベース)も世界2位を誇っていたが、2010年に世界2位から3位に転落した(IMF “World Economic Outlook Database April 2024”)。なお、世界2位の経済大国となったのはGNP(国民総生産)で西ドイツを抜いた1968年とされる(経済企画庁(1969)年次経済報告)。
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NATOホームページ(2024年4月26日) “NATO Secretary General in Berlin: Germany makes major contributions to our shared security”
なお、NATO基準では軍事費に退役軍人への恩給費や海上保安庁予算なども含まれることから、SIPRIのGDP比とは合致しない。 -
2022年12月16日閣議決定「国家安全保障戦略」P19
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SIPRI April 2024, “TRENDS IN WORLD MILITARY EXPENDITURE, 2023” P11
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石附賢実(2023)「世界軍事費ランキング2022、ウクライナ情勢と日韓逆転」
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リアリズムのパワー、あるいはそのバランシング重視に対立する考え方として、自由で開かれた通商、国際機関を通じた協調、あるいは民主主義といった価値観等を通じて平和や繁栄を追求できるとするリベラリズムがある。
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Vladimir Putin (2021) “Article by Vladimir Putin ‘On the Historical Unity of Russians and Ukrainians’” 第4段落
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石附賢実(2023)「未来の侵略の『正当化』に繋がる悪しき前例」 資料1「Fraud Triangle」
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例えば、産経Web2024年4月15日「『とれそうだからとった』純金茶碗盗難事件、容疑者が供述」
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西田竜也(2023)に詳しい。脅威に対応する国家戦略について、「バランシング戦略」「中立」「脅威となる国とあえて協力する戦略」に分けて整理されている。
【参考文献】
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SIPRI(ストックホルム国際平和研究所)(2024) “Military Expenditure Database April 2024”
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西田竜也(2023)「新冷戦下の国家の対外行動-バランシングと同盟を中心に-」国際安全保障第51巻第3号
石附 賢実
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。